005:強襲


 次の日の朝。目覚ましは強烈な破砕音だった。そして、ほぼ同時に響き渡るのは、拡声器をまたいだピースの叫び声だ。


「早く起きて下さい。死にますよ!」


 ソファに昨夜と変わらず横たわっていたスペンサーは飛び起きる。どれだけ熟睡していようと訓練された軍人である彼女は、突発的な行動に合理性があった。


 予め位置を確認していた防護メットへ手を伸ばし、手際よく装着する。窓際へと飛び込み、外の様子を伺う。


 肌身に感じる緊迫感。


 白煙を噴き上げるHA-88。


 外へとつながるシャッターの接合部から飛び散る火花。

 恐らくは外部からレーザーカッターか何かでこじ開けられている。


 まだ猶予はある。本当に少しだけ。


 スペンサーはプレハブから飛び出す。HA-88がそれに反応し、腕部を彼女の駆けつける先へ伸ばす。


 上がってこい。暗にそう言っている。


 スペンサーはその引き締まった肉体に遜色ない身体能力で、飛ぶようにHA-88の腕を駆けあがる。


 そして、ピースが昨晩そうしたように装甲コンテナのトラップドアを引き上げ、剥き出しのコクピットの中へ乗り込む。


 コクピットはピースの手によって装甲コンテナに固定されていた。

 予備電源に至ってはHA-88の主電源へ接続され、正面モニターにはHA-88のメインカメラの映像が映し出されている。 


 スペンサーが昨晩つけた難癖を、ピースは一晩のうちに全て解消して見せていた。


「どうです?問題はありませんか?ご要望には全てお答えしてるはずです。ですから、どうか無問題といって下さい」


「どう考えても、無問題ではないだろう。状況を説明してくれ」


「見た通りですよ。筋肉質な女兵士の抱擁を抜け出して、機体整備をしていたら、いつの間にか押し込み強盗がやってきた。それだけです」


「コーザ=アストラの奴等か?部隊章は分からないか?」


「連中に紀章はありません。外部カメラは既にぶち壊されてます。かろうじて分かっているのは連中の機体構成だけです。TOD77が五台、扉を包囲するように陣形を組んでいました。ですが、それ以外に何の情報が要ります。今すべき事は目の間に聳える鉄屑の山を打ち崩すことだけでしょう」


 数瞬の沈黙。そして、スペンサーが意を決したように言う。


「こっちから、シャッターを蹴破ってやろう。奇襲の機会を捨てる手はない」


 ピースの含み笑いが聞こえる。


「丁度、そう考えていました」


「飛び出したら、エンジンを空噴かせろ」


「了解」


 既に、火花はシャッターの9割を焼き切っている。HA-88の馬力と重量があれば容易く貫徹できる。既に油圧は溜まり切っている。それを開放するだけ。


 スペンサーの無線が響いた。


「穿て」


 HA-88の巨体が吹っ飛ぶ。地面の鉄筋コンクリートが砕け散る。ガレージの破損など微塵も気にしない、


 全ての運動エネルギーを破れかけのシャッターに叩き込む。


 HA-88の笑顔がシャッターをアルミ箔の如く拉げさせ、突き破る。


 切断していた最中のNAWをシャッターごと巻き込み、HA-88は空き地へと飛び出す。


 ピースは急ブレーキを掛ける。前脚とシャッターの断片が、柔らかい地面を抉り、機体は急停止する。自身の前方を覆う無惨に拉げたNAWを右腕の丸鋸で振り払う。


 視界が一気に開け、五台の敵影が映る。即座に敵の配置を確認する。


 三台が包囲するように扇状に展開している。機種はTOD77。

 警備会社に配備されているモデル。ずんぐりしたシルエットの二脚型。装備は防盾とスタンバトン。


 その奥には90mmリボルバーライフルを構えるTOD77が更に二台。

 射線は巧みに調整され、此方を向いている。最低限の腕前と火力が見て取れる。


「噴かせ!」


 スペンサーの無線が響く。

 合図に合わせ、ピースはエンジンをフルスロットルに空噴かせ、一斉に排気口を開放する。


 鎧戸が開け放たれ、爆発的に白煙が噴き上がる。リバシンと水蒸気の煙幕。


 辺り一面が白色に染まる。当然、光学カメラは意味を成さず、熱探知カメラも高温の蒸気の前には赤一色に染まる。

 

「右三時。10メートル先」


 スペンサーは無線の発信位置を特定し、ピースへ伝える。


 打合せなしにピースはそれに応えて見せる。白一色の視界の中で、躊躇なく踏み込んで見せる。


 10mという距離を完璧に目測し、踏み込み、丸鋸を振るう。


 確かな感触。丸鋸が装甲を食い破る感覚。飛び散る火花。


 恐らく、防盾に阻まれている。更には、スタンバトンの発光も見える。


 追撃とばかりに鉄筋を打ち込みながら、更に接近し、密着する。


 スタンバトンがHA-88に向けて振るわれるが、関節部に突き立った鉄筋の所為で可動域が足りず、空を切る。


 それでも、TOD77は気圧されず、押し返そうと防盾に力を込めてくる。


 ピースは丸鋸切りを急停止させた。

 刃は防盾に深々と食い込み、固定される。それを防盾ごと引き込む。相手の防盾を毟り取りに掛かる。


 純粋な馬力勝負。TOD77に勝ち目は無い。


 防盾はその左腕ごと引き千切られ、堂と後ろへ倒れ込む。

 そして、さらけ出した脚部と胴体の接合部へと振り下ろされる防盾の側面。


 ギロチンの如く、上半身と下半身が両断される。完全な行動不能。


 銃声が響く。90mm弾がHA-88の側面装甲に弾かれる音が鳴る。

 

 恐らく、味方ごとぶち抜こうと飛び散る火花へ向けて発砲したのだろう。非情だが、合理的。油断はできない。


 牽制目的に鉄筋を打ち出し、身体を次の獲物へ向け、転換する。防盾を構え、前進する。


「突っ込んでくるぞ」


 スペンサーの言葉通り、残りの二台が走り込んできた。スタンバトンを叩きつけてきた。


 HA-88は防盾でそれを受け止める。

 軽量化の為に張られた強化プラスティックの裏張りは電気を通さない。


 連中は良いものを使っている。嬉しくなって、ピースはほくそ笑んだ。対して、連中は味方の握っていたはずの防盾でふせがれた事実に困惑している。


 ピースは防盾の陰から鉄筋パンチャーの射出口を覗かせ、容赦なく発砲する。


 電光が閃き、最大出力のレールから鉄筋が射出される。特殊工法用の炭素鋼鉄筋はTOD77の防盾を溶けたアイスクリームのように貫通し、その胴体に深々と突き刺さる。


「もう一台」


 ピースはそう囁き、丸鋸切を逆回転させる。防盾への食い込みは瞬く間に解消され、刃が爆速でその表面を走り抜け、勢いそのままに抜き放たれる。


 支えを失った防盾は自由落下を始める。それまで二機を渡っていた壁が消失する。


 その向こうに現れるのは、袈裟に振りかぶられたHA-88の丸鋸切り。そして、下手に構えられたTOD77のスタンバトン。その一対。


 位置エネルギーを全て載せ、HA-88は丸鋸切りを振り下ろす。


 下から振り上げられるスタンバトンに先んじた一撃。NAWの質量は須く圧倒的だ。挙げるより、振り下ろす方が遥かに優位だ。


 間に合わないと悟ったTOD77は自身の防盾で受けようとした。攻めを止め、守衛に廻ろうとした。


 だが、全てが裏目に出る。

 何一つとして間に合わない。全てが中途半端に終わる。盾も警棒も機能しない。体勢も不全だ。


 そこに容赦なく丸鋸切りが突き立つ。肩口に喰らい付き、装甲を食い破りながら激進する鋸刃。


 やがてコクピットを抉り、哀れな操縦手を挽肉に変える。


 丸鋸切りはTOD77の動きが止まったことが確認するなり、再び停止した。食い込んだ丸鋸切りはTOD77を噛んで離さない。残骸はHA-88の眼前で宙吊りとなった。


 白煙が晴れつつある。


 白煙の外に取り残された二台のTOD77は無残な残骸と化した合計四機の僚機を目にする。


 一機はまだ立っていると言えるかもしれない。敵機に寄り掛かる様に辛うじて姿勢を保っている。その裏には、不気味なHA-88の落書きが笑っているのが垣間見えた。

 

 二機のTOD77は引き金を引こうとした。

 

 だが、両機を黒い影が覆う。それは全力で投擲されたTOD77の残骸だった。


 鋸の回転による加速も合わせ、恐ろしい勢いで飛来する残骸は砲弾以上に危険に思えた。


 二機は一も二もなく回避行動を選択する。


 その最中、視界の端に鉄筋パンチャーの狙いを定めるHA-88の微笑みが写った。

 そして、踏み出した右足が地面を踏みしめたその瞬間、雷光が奔り、コクピットが吹き飛んだ。

 

 信じ難い威力と精度。

 

 幸運にも鉄筋の一撃を逃れた最後の一機は、地面に伏せながらも銃口を向けた。


 後世にも残るような素晴らしい姿勢制御と銃の扱いであったが、HA-88の動きを予測しきれてはいなかった。


 地に伏すTOD77へ、向う見ずの突進を緩行するHA-88。


 その強靭な四脚が交互に駆動し、轢殺せんと迫る。


 TOD77は関節を撃ち抜こうと狙いを定めた。だが、高速で脚を繰り出す四脚の関節は、狙い撃つには余りにも不規則に動き過ぎた。


 一か八かで引き金を引くも、無残に脚部装甲にはじかれる弾丸。


 その瞬間に、操縦手の心は完全に折れた。運命を受け入れた。振り下ろされる数百トンの圧力によって押しつぶされるその運命を。

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