004:全ては夢の中②
夢の中だと理解できる夢がある。だからといって、夢の中身を自由自在に操れるというわけではない。
多くの場合、決まった終幕を迎える。それはVHSビデオを眺めるようなものだ。不鮮明で、粗雑で、便利じゃない。だが、抗えぬ魅力がある。
その夢は、つい数時間前の出来事の揺り戻しだった。
私はHAPPYの心地よいコクピットの中で、一つになっている。眼前には片足がいかれたNAWが一台。倒れ込み、廃墟の壁に身を任せている。機種はM90。胴体には、菱形六面体のエンブレムが鈍く光っている。
僥倖だと思った。それが行き倒れにせよ、何にせよ。状態のいいパーツが剥ぎ取れることには違いが無い。ほぼ無意識に右手の丸鋸切りを稼働させた。身に沁みついた習慣だった。
しかし、それを阻むようにM90の右腕が稼働し、その手に握られた80mmクラスター散弾銃の銃口を此方へ向けた。
そして、無線が入る。
「私の機体は古いが、安くはないぞ?」
力強い女声が響く。夢から叩き起こされそうなほどの気迫。微塵も絶望や諦念を感じさせない。本当に、初めて聞く類の声だった。
遠くの居住地へスクラップを売り払いに行ったとしても、彼女の様な女性と話すことはまずない。誰しもが、諦念と失望の海に浸っている。その日暮らしという言葉がこれ程までに似合う様も無い。
過去の文明の遺物を食い潰しながら、どうにか生きているのだ。いつか均衡が崩れるのは、どんな向う見ずにも理解できることだ。剃刀ほどに神経を尖らせても、放射能と化学物質を多分に含んだ風は瞬く間に鈍らに変えてしまう。
誰も鋭敏ではいられない。目を逸らす以外に出来る事は何もない。そう考えていた。
だが、彼女は、スペンサーは違う。
私は無線を返した。打算も何もなく、心のままに話した。
「あー、此方HA-88のパイロット。救援は入り用ですか?」
私の声を聞き、スペンサーは若干面食らった様だった。無理もない話だ。最大級の汚染地帯のど真ん中で無骨な工業用NAWに少女の声で返答された訳だから。おまけに銃口と丸鋸を突きつけ合っていると有れば、尚更だろう。
それでもスペンサーは持ち前の胆力で切り返した。
「今、それ以外に欲するものは無い。だが、先に聞かせてくれ。君は流れのスカベンジャーか?それとも何処かの組織に属しているのか?」
「端的に言って、私は私に属していますとも。私とこの機体以外に味方はいません」
「随分と捻くれた話し方をするんだな。貴様の名は?」
「ピースです。この子の名前はHAPPY。ゴミを漁って細々とやっています」
まるで、此方が尋問を受けているかの様な受け答えの仕方だった。
「そうか、此方は八方塞がりの兵隊だ。名はスペンサー・クローヴィス。階級は中佐。訳あって行き倒れた惨めなスペンサー少佐だよ」
「そこまで自信に満ちた自虐も初めてですよ、少佐殿。それで貴女が今一番欲しているのが私の助けだとして、私は具体的に何をすれば良い?それによって、私は何を得られる、何を失わずに済む?」
スペンサーは高らかに苦笑した。分かりにくい言い方だが、そう形容するほかない笑い方だ。
「聞き違えるほどに、いきなり端的になったな。嫌いじゃ無い。答えは単純だ。お前が第六複合体の前哨基地に私を送り届ければ、相応の物的報酬と精神的満足を得られ、おまけにこのうらぶれた浮浪者じみた世界で道義を失わずに済む。私が確約する」
冗談混じりにせよ、その声には確かな説得力があった。彼女が然るべき時代に産まれていれば、選挙当選間違いなしといった感じだ。
「確かに悪く無い話に聞こえます。が、生憎この機体は一人乗りです。多少、荒っぽい運び方になるのですが、宜しいですか?」
そう言って、私は右手の丸鋸を再びフルスロットルにした。
「一見、殺しにかかっているようにしか見えないが、救出方法を具体的に聞いても?」
「見れば分かります」
そう言って、丸鋸をM90へ押し当てた。散弾銃は火を噴かなかった。それもそのはず、撃鉄が上がっていない。残弾が無いのか、はなから撃つ気がないのか知らないが、弾が出ないのには違いない。
そうして、無抵抗のM90のコクピットに沿って、刃を走らせていく。
「まさか、コクピットごと運搬するつもりか?」
「勿論。機体背部の装甲コンテナに放り込む予定です。そうしないと、貴女が汚染で死ぬ事になりますから」
確かこんな喜劇的やり取りの末、今に至った気がする。どうしてこの時、彼女の置かれている厄介な状況を聞き出さず、要求の応じたのかは分からない。リスクヘッジも糞も無い事は分かりきっている。
とはいえ、後悔している訳じゃ無い。それが答えだ。無関心を装った向こう見ずだったのだろう。
しかし、此処は唐突で胸糞な結末が突如としてやってくる。そこに意味なんて無い。
現に遠くで圧倒的な閃光が走った。最早、それが核爆弾の炸裂なのか、高出力のレーザー兵器の一閃なのか認知する術もない。ただ理不尽な光が私とスペンサーを包み込み、先程までの寸劇じみた出来事を無に帰すのである。
いつだってそうだ。私の夢はこうやって終わる。全ては白に沈み、無力感だけが残る。
ただ、今日は少しだけ違った。今まで感じた事の無い温もりが、身を寄せてくれていた。
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