006:襲撃者の正体

「結局、コイツらは何だったんだ?どうして、此処が分かった?」


 スペンサーは踏み潰されたTOD77の残骸を睥睨しながら、独り言の様に呟いた。


「こういう時は、本人達に聞いてみるのが一番ですよ」


 ピースは独り言に対して律儀に返答し、踏み潰したTOD77のコクピットへ丸鋸を押し当てる。


 ヌードル缶の蓋でも開ける様に鋼鉄のハッチを切り取る。


 中には、放心状態の男が一人座っていた。

 防護服に身を包んでおり、外傷もないが、その精神状態はまるで穏やかでは無い。意識があるかどうかも定かじゃ無い。


 ピースは丸鋸の刃を男の眼前に近づけ、すれすれで空回りさせてやる。


 耳を劈く金切音とエンジンの唸りに、男は悲鳴を上げて跳び上がる。危うく刃に顔を擦らせかける。


「止めてくれ!これ以上抵抗しない!」


 これ以上なく、典型的なセリフを吐き散らす男。確かに、まるで抵抗の意志は見受けられない。


「抵抗?仕掛けて来たのは其方じゃ無いですか?被害者面はですよ」


 ピースは呆れた様にそう宣い、丸鋸の回転を上げる。男の口から漏れ出す悲鳴は更にピッチアップしたが、それも掻き消されてしまう。


「止めてやれ、ピース。やるにしても、頭だけは残しておけ」


 淡々と口を挟むスペンサー。その声色に色はなく、何処までも事務的だ。


「質問に答えてくれさえすれば、それで良い。何処から来て、何が目的だ?」


「俺たちはだ。撒き餌の信号を辿って此処に来た!」


「レザボア・ジャッカス?」


 ピースが頭を捻る。


「辺りで最大規模のスカベンジャー集団。強盗も兼ねた碌でなしの集まりだ」


 スペンサーが補足する。


「とはいえ、余りにも装備が良すぎる。それに、撒き餌だと?」


「め、目ぼしいスクラップの中に発信機を残しておくんだ。そうすれば、それを拾った何処かの阿保から更に沢山のスクラップが奪える」


「阿保だと?」


 ピースが露骨に怒りを剥き出しにし、丸鋸の回転を上げる。


「や、止めてくれ。錆がナイフみたいに飛んで来てる」


 その言葉通り回転で剥がれ落ちた錆が男の真横に突き刺さっている。


「それなら、余計な口を挟まず答えろ。信号の発信コードは何だ?」


「さ..3057」


「ピース、回転を緩めろ。私が発信機の所在を確かめる。もし、此奴のコードが違っていたら、左腕を胴体と永遠にお別れさせてやれ」


 スペンサーはそう言い残し、無線を切った。少しの翔潤の後、ピースは鋸の回転を扇風機の弱風程度に緩めた。


「だ、そうだよ。その間、私たちは何を話すべきかな。私の家を壊しやがった謝罪でも求めるべき?」


 ピースのその言葉に啜り泣く様に、男は言い返した。


「お前もスカベンジャーなら分かるだろう?スクラップが大量に詰まった宝物庫が見つかったら、そっくり中身を頂いてやりたくなる。この抗えない欲望をよ…」


 ピースは間髪入れず、聞き返す。


「貴方だって、分かるでしょう。人様が汗水垂らして稼いだスクラップを、何処ぞのクズに掻っ攫われる怒りがね。おまけに玄関口まで粉々ですよ?」


「シャッターはお前の所為だろ!?」


「よく口が回るなぁ、全く。私が楽しくゴミを漁っている時に、いつもちょっかい掛けてくる連中は皆んな貴方のお仲間ですか?ほら、その、レバニラなんとか見たいなやつのですよ」


「レザボア・ジャッカスだ!それに、此処らは元々俺たちの縄張りだ!」


 愉快な男だ。


「ははぁ、おたくら確かにあの連中のお仲間ですね。縄張りがどうとか、アイツらも言ってましたよ。五月蝿いので、アイツらの資材集積場ごと消し飛ばしてやりましたが」


「お前、本気で言ってるのか!?あの基地をぶち壊したのはお前がやったってのか?」


「だから、そう言ったでしょう。1667番地の集積場を、おたくの安物NAWを片っ端からオーバーロードさせて、辺り一帯諸共、消し飛ばしたのは私とこの機体です」


 男は頭を抱える。俯き、囀る。


「ふざけてる、全くもふざけた餓鬼だ。ははは…」


 乾ききった笑い声。やすりを引く様な音。まるで生気が感じられない。


 それを見兼ねたピースは愉しげに語りかけた。


「正直に言えば、貴方の言ったコードが嘘か真か如何に関係なく、貴方の首はとぶでしょう…」


 何でも無いことの様にピースは唐突にそう言った。


 男は全てを悟っている様に頷くばかりだ。


「とはいえ、貴方がTOD77や武装の出所について納得出来る説明が出来るなら、一考の余地はあるかもしれない」


 間髪を入れず、男は虚ろに答える。


「拾ったんだ」


「新品同然の第五世代警備用NAWを?面白味もない冗談ですね。そんなに自分の頭がお嫌いですか?」


「どうせ、首はとぶんだろ?」


「そう悲嘆にくれないでくださいよ。なんなら、助命に加えて、あのガレージ丸ごとオマケしてあげても良いですよ?おめでとうエースのフォー・カード!此処でオール・インしないのは最早、常人じゃないでしょう?」


 突拍子もない事を言い出すピース。


 脈絡は無いが、声の抑揚は怖ろしい程に深くつけられている。


 男の頭によぎるのは、リバシン中毒に沈んだ仲間の顔だった。敵の胸部を撃つように味方の背中を撃ちかねない奴だ。


 目の前の丸鋸切りを操作しているのは間違いなく、あのイカレポンチと同種の輩だ。

 

「分かった。分かったから、話す。だから、尋問相手をもう一人のハスキーな女の方に替えてくれ。お願いだ」


 眼前の鋸より、遥かにピースと会話することに男は恐怖した。


 リバシン中毒者と話すのは、出口の無い回廊へ踏み込むのと同義だ。出口は無く、それでいて所々に深い落とし穴が点在している。嵌まり込めば、抜け出せない。


 会話を止め、逃げ出すほかない。


 だが、この状況ではそれも叶わない。


「なんだ、私を呼んだか?」


 まるで劇場の舞台装置の如くご都合主義的にスペンサーが割り込んでくる。


 間違いなく、裏で話を聞いていた。


「おめでとう、捕虜君。君のコードは嘘じゃなかったようだ。ガレージの方から信号が出ていたよ。生存時間が伸びたな。それで、交渉事があるらしいが、どうなんだ?」


 男は露骨に安堵の息を吐く。そして、慎重に言葉を発した。


「俺達の武器の出所を教える。だから、見逃してくれ。アンタらのことについて言いふらすことは絶対にしない。一生だ。鉄屑の神に誓う」


「交渉なんて立場じゃ無いだろうが…兎に角、話を聞こう。それが文明人という者だ」


 恐ろしく淡白なその言い草に、男は唾を飲み込み、焦りながら話を切り出した。


「まずは、前提の話だ。俺は実行部隊。つまりは、下っ端だ。知ってることなんてたかが知れてる」


 スペンサーは何も語らず、その無線には静かな吐息だけが響く。


「だけど、このNAWが急に配備されたのは、間違いなくコーザ=アストラの連中の動きが活発になり始めてからだった。第五空白地帯に出ばり始めたんだ。だが、不思議と俺らの縄張りには足を踏み入れてこない。もしかすると、踏み入れてるのかもしれないが、俺らの巡回があいつらに出くわすなんてことは無いんだ」


 スペンサーが矛盾を指摘する。


「出会わないのに、どうして活発だと分かる?」


「第六複合体の連中とやり合ってるからだ。NAWが壊し合ってりゃ、嫌でも聞こえる。俺らは馬鹿だが阿呆じゃない。軍用機で固めてる連中に手は出さない。確実に勝てる状況でなけりゃな」


 落ち着いて、男は一つずつ言葉を組み立てていく。地頭の良さが垣間見える。


「でだ、此処からは推測だ。俺達の頭領、ジョン・ブローニングはコーザ=アストラと密約を結んでる。具体的な内容は知らないが、状況証拠が物語ってる。コーザ=アストラの前身はPMCだ。警備事業もやってたって話だ。型落ち品が倉庫に眠っていたとしても不思議はない。それを俺達に流したんだ。お近づきの印にな」


「スカベンジャー風情のお前たちが、コーザ=アストラに差し出せるのはなんだ?その取引が成り立つ所以は?」


「土地勘と、マンパワーだ。最近じゃ、どっちも一朝一夕で手に入るもんじゃない」


 スペンサーは押し黙る。コツコツとコクピットの壁面を叩く音が聞こえる。


「御前は納得できたか、ピース?」


「矛盾は無い。と、思いますよ。リバシン漬けの脳味噌でもそれぐらいは分かります。多分、恐らく…」


 男はその言葉に『お前は口を挟むな』と叫びそうになるが、必死に堪えた。


 ただ、ハスキーな女に祈った。鉄屑の神に祈った。


 そして、男の人生において最も長い十数秒が流れる。


 静寂を破るその声は、耳元で響く銃声以上の恐ろしさを伴っていた。


「最後に一つだけ教えてくれ。どうして、お前は闘った?」


 スペンサーは真摯にそう問うた。敵意も何もなく、ただ必要に駆られているだけという風に。


 それに対し、男は迷わず答えた。答えは既に分かり切っていた。


「生きるためだ。誰だって、そうだ」


 その言葉に何の返答も寄越さずスペンサーは、ピースに別のチャンネルで無線を繋ぐ。男に声は聞こえない。


「解放してやれ。前哨基地へ急ぐ必要がある。それに、発信器を破壊しなければ、増援が来る可能性がある」


「勿論です。ですが、少しだけ待ってください。前哨基地へ急ぐことも出来るし、発信器を探す手間を削る妙案があります」


 スペンサーはその妙案について詳しく聞こうとしたが、ピースは既に男へ無線を繋げていた。


「さっき言った妄言通り、あそこのガレージの中身をそっくり全て差し上げましょう。おまけに、コンテナの電子ロックの暗証番号も教えて差し上げます。ただし、私たちが目的地に辿り着いてから、無線を使ってね。それまでの道中、レザボア・ジャッカスの構成員に攻撃されたら、容赦なくガレージの発電機をオーバーロードさせます。辺り一面、吹っ飛ぶこと間違いなしです」


 ピースは楽し気に笑う。そして、付け足す様に言い含める。


「スマイリーマークのHA-88に手を出さない。それだけで高額スクラップの山とご対面。我々も貴方がたも揃ってHAPPY。悪くない話でしょう?」


 しかし、男はピースと交渉する気はまるでないようで、コクピットから飛び出すと、とんでもない逃げ足で廃墟の谷間へと走り去っていった。


 スペンサーはその様を眺めながら、ピースに聞いた。


「本当に良かったのか?お前がこれまで積み上げてきたものだろう?」


「どうせ位置が割れてしまった時点で、あそこに安寧はありませんよ。結局、別のどこかを探す事になります。それなら連中に譲った方がいい。大した信頼性も無い保険ですが、無いよりはマシでしょう」


「正直に言うが、あれだけの設備が整った拠点なんて、私を前哨基地へ送り届けた報酬だけで賄えるもんじゃない」


 ピースはどうでも良さそうに鼻で笑う。


「今は悩む時じゃあないでしょう?前に進む時ですよ」


「生きる為か?」


「それだけじゃない。と、私は思いますよ。少佐殿。それが何であるかと具体的に言えるわけでもないですが」


 そう言って、HA-88は空き地の出口へ身体を向けた。そして、一度たりとも振り返ることなく、隘路の中へと消えて行った。

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