19

 その夜、虎次郎は居酒屋の前にいた。ここで待ち合わせをしていた。まさか小畑と再会するとは。そして、飲む事になるとは。夜、この辺りは静まり返っていた。昼間の賑わいがまるで嘘のようだ。


「えーっと、ここだったな」


 と、そこに小畑がやって来た。虎次郎は小畑を見て、反応した。


「あっ、来た来た!」


 虎次郎の声に気づくと、小畑は手を振った。


「虎次郎!」

「小畑くん!」


 2人は笑みを浮かべた。再会すると、なぜか嬉しくなる。どうしてだろう。


「久しぶりに会えたからいいじゃん!」

「そうだね」


 2人は店内に入り、適当な席に座った。今日は比較的すいているようで、席の案内はなかった。


 それを確認して、店員がこちらにやって来た。注文を聞くようだ。


「いらっしゃいませ、ご注文は?」

「生中で」

「俺も」

「かしこまりました」


 店員は厨房に入った。注文の品を言いにいくようだ。


 ふと、小畑は思った。戦力外になってから、どんな人生を歩んできたんだろう。今は何をやっているんだろう。


「戦力外になってから、何やってんのかな?」

「今年の4月から英語の先生をやってるんだ」


 小畑は驚いた。体育の先生じゃなくて、英語の先生なのか。ちょっと意外だな。


「そうなんだ。部活は?」

「サッカー部の顧問をしてるんだ」


 やっぱりサッカー部の顧問しているんだ。今でのサッカーへの情熱を忘れていないんだな。きっと、自分の教訓や経験を、子供たちに伝えていきたくて、頑張っているんだろうな。


 小畑は思った。元プロサッカー選手だったと知って、生徒は驚いたんだろうか? みんなに注目されたんだろうか? 知りたいな。


「ふーん・・・。プロだったという事で注目してた?」

「もちろんだよ。その経験が活かせたらなと思ってるんだけど」


 やっぱり注目されたんだ。こんな人の担任になれたら、幸せだろうな。


「きっと活かせると思うよ」

「ありがとう」


 と、そこに店員がやって来た。生中を2本持っている。2人の注文した生中のようだ。


「お待たせしました、生中です」

「ありがとうございます」


 店員は2人のテーブルの上に生中を置いた。2人は生中を手に取り、乾杯の準備をした。


「カンパーイ!」

「カンパーイ!」


 2人は乾杯をして、生中を飲んだ。やっぱりビールはおいしい。今日1日の疲れが取れる。


 ふと、虎次郎は思った。小畑は今、何をしているんだろう。


「小畑くんはあれからどうなったの?」

「俺も中学校の教員をやってるよ。体育の」


 体育の教員になったとは。まだ一緒の学校になった事はないけれど、いつか同じ中学校で働きたいな。


「そうなんだ」

「サッカー部の顧問をしてるよ」


 虎次郎は驚いた。まさか、小畑もサッカー部の顧問をしているとは。小畑もいまだにサッカーに対する情熱を忘れていないんだな。


「そうなんだ。うちの中学校と対戦できたら嬉しいね」

「そうだね」


 突然、虎次郎は下を向いた。小畑は気になった。何か、悩みごとがあるんだろうか? あったら、話してほしいな。


「どうした?」

「両親に愚痴を言われてつらいんだよ」


 小畑は驚いた。戦力外になった事が原因だろうか? もう過ぎ去った事なのに、まだ言っているとは。なんという両親だろう。


「そうなんだ。どうしたの?」

「いまだに戦力外になった事を言ってるんだよ」


 虎次郎はとても気にしていた。もう聞きたくないのに、いまだに言ってくる。いつまでこんなのを聞かなければならないんだろう。これを聞くたびに落ち込んでしまう。俺は第2の人生を頑張っているのに、全然評価してくれない。


「そんな・・・。もう過去の事なのに・・・。ひどいね」


 小畑もひどいと思った。もう終わった事なのに、虎次郎はすでに第2の人生を頑張っているのに。どうして頑張っている子供の味方になれないんだろうか?


「でしょ?」

「うん」


 小畑は考えた。何とかできないんだろうか?


「何とかできないのかね」

「うーん・・・」


 虎次郎は考えていた。どうすれば両親から愚痴を言われなくなるんだろう。その答えが全く見つからない。そして、いつかかってくるのかという恐怖にさいなまれている。


「どうにもならないのか・・・」


 虎次郎は残念がった。小畑にもどうにもできないとは。この先、どうしよう。


「力になれなくて、ごめんね」

「いいよ・・・」


 だが、虎次郎には何かもう1つ、悩んでいる事があるような表情をしている。


「どうしたんだ?」

「高校のサッカー部の頃のマネージャーと結婚しようかなと思ってるんだけど、いいのかなって」


 虎次郎も恋愛をしているとは。この恋が結婚につながってほしいな。そうすれば、両親は喜んでくれるかもしれないな。そして、戦力外の事を許してくれるかもしれないな。だけど、そんな両親が結婚を許してくれるんだろうか? これも心配だ。


「いいじゃない。どうして悪いの?」

「いや、両親に言われそうで」

「大丈夫大丈夫。心配すんなよ」


 小畑は肩を叩いた。虎次郎は少し勇気が出てきた。これからは胸を張って、亜希子と付き合おう。きっといつか、両親も認めてくれるだろう。

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