18

 ある日、隅田川の川べりで虎次郎は悩んでいた。両親はなかなか態度を改めない。自分は第2の人生を頑張っているのに、なかなか認めてくれない。いつになったら、頑張ってるのを認めてくれるんだろう。そして、亜希子との結婚を認めてくれるんだろう。


 隅田川では、子供たちが遊んでいる。彼らはサッカーが好きなんだろうか? プロになりたいと思っているんだろうか? 杉山虎次郎の事を知っているんだろうか? プロに入っても、努力しなければレギュラーになれずに、すぐに戦力外になるという事を、みんなに伝えたいな。


「うーん・・・」


 考えるたびに、両親の顔が目に浮かんでくる。本当は忘れたいのに。


「このまま結婚していいんだろうか? 両親は喜んでくれるのかな?」

「どうしたんだ?」


 虎次郎は横を向いた。そこにはプロ時代の友人の小畑(おばた)がいる。小畑は1つ年上で、いい先輩だった。戦力外になった虎次郎に、第2の人生を考えてくれたのも小畑だ。だが、虎次郎の翌年に戦力外になって、それから実家の飲食店で働いているという。


「えっ!? 小畑先輩?」

「そうだけど」


 小畑は笑みを浮かべた。久しぶりに会うのが嬉しいようだ。


「元気にしてたか?」

「うん」


 小畑はほっとした。今年の4月から教員になったと聞いたが、あれから元気にしているのか心配だった。中学校に聞いた所、よく頑張っていると知って、小畑はほっとした。これから素晴らしい第2の人生を頑張っていくと思っている。


「それはよかった。戦力外になってつらかった?」

「つらかったよ。だけど、絶えないと。それで僕、今年から中学校の教員をやっているんだよ」

「そうらしいけど、教科は? 体育?」

「英語」


 小畑は驚いた。何の教科かなと思えば、英語か。元アスリートだから、体育かなと思ったが、英語だとは意外だ。虎次郎って、英語が得意だったのか。どうして英語を選んだんだろう。英語とサッカーって、関係がないように見えるが。


「そうなんだ。意外だね」

「うん。英語ができれば、サッカーで役立つかなと思ってるんだ。いろんな国の選手と話せるし、チームワークのために大切かなと思って」


 言われてみればそうだ。Jリーグの助っ人とのコミュニケーションに使えるし、海外で活躍するようになったら、英語はとても重要だ。だから英語は重要になってくるんだな。関係ないと思っていたが、こんな所で関係があるとは。


「そんな人生でもいいじゃないか?」

「そうだね」


 小畑はほっとした。ようやく安定した人生を送れそうだ。これからの虎次郎の人生に期待しよう。


「とりあえず、虎次郎が新しい人生を歩み始めて、ほっとしてるよ」

「ありがとう」


 ふと、小畑は思った。あれから故郷に帰っているのか。家族は戦力外になった事をどう思っているだろうか?


「それから、故郷に帰ってるのか?」

「ううん」


 小畑は驚いた。どうして実家に帰らないんだろうか? 何か理由があるんだろうか?


「どうしたの?」

「両親は戦力外になった俺を、嫌な目で見てるんだよ。嫌みを言ってばかりだよ」


 小畑は絶句した。戦力外になるだけでこんなに言われるなんて。戦力外の影響って、こんな所にも出るんだな。自分がもし戦力外になったら、こうなるのかなと思うと、自分では耐えられないなと思った。


「そうなんだ。大丈夫?」

「今の生活は順調だけど、嫌みを言われて大変だよ」


 虎次郎は下を向いた。いまだに嫌味を言われて、嫌な思いをしている。もう過ぎ去った事なのに。今は第2の人生を頑張っているのに。それを全く聞いてくれないし、わかってくれない。どうすればわかるんだろう。答えが全く見つからない。


「その気持ち、わかるよ」

「ありがとう。もう言われたくないよ」


 小畑は肩を叩いた。虎次郎は上を向いた。まるで父のような温もりだ。


「大丈夫大丈夫。努力すればいつか言われなくなるさ」

「本当?」


 虎次郎は疑問に思った。あれだけ言われているのに、本当に言わなくなるんだろうか? 全く想像がつかないんだが。


「本当。大丈夫」

「ありがとう」


 と、虎次郎は思った。かつてのマネージャーとの恋を許してくれるんだろうか? 自分はうまく付き合っているのに、認めてくれるんだろうか?


「俺、高校時代のサッカー部のマネージャーと付き合ってるんだけど、いいのかな?」

「いいと思うよ。愛する事に罪はないと思ってるから」


 虎次郎はほっとした。じゃあ、これからの付き合っていけばいいな。そしていつの日か、結婚できるといいな。


「本当?」

「うん」

「ありがとう」


 小畑は思った。久しぶりに会ったのだから、どこかで飲もうよ。いいじゃないか。


「そうだ、久しぶりに会ったんだから、今夜飲もうよ」

「いいけど」


 虎次郎は少し戸惑ったが、行こうと思った。明日も休みなんだから、のんびりと飲める。小畑はその店の地図を出した。


「じゃあ、ここで待ってるね」

「うん」

「じゃあね」


 そして、小畑は去っていった。まさか、小畑とも再会するとは。色々と悩んでいるけど、飲めばすっきりするかな?

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