16

 虎次郎は食い入るようにその話を聞いていた。それを聞いて虎次郎は思った。どうして人は浮気をするんだろうか? 残された亜希子と凛空がかわいそうに思えた。


「そうだったんだ」

「あの人、もう会いたくわいわ」


 亜希子は拳を握り締めた。虎次郎には亜希子の気持ちがわかった。思い出したくないのに、思い出してしまう。


「もう忘れようよ」

「そうね」


 虎次郎は亜希子の頭を撫でた。もう忘れてほしいと思っているようだ。


「それにしても、久々に会えて嬉しいわ」

「そうだね」


 亜希子は缶ビールを飲んだ。気持ちを落ち着かせようとしているみたいだ。すると、虎次郎も缶ビールを飲んだ。2人で飲むビールは、とてもおいしいな。居酒屋とは違い、2人で小規模で飲むのもいいもんだな。


「まさか大人になって、こうして一緒に飲むなんて」

「思わなかったでしょ?」


 誰かと飲む事ができて、2人は嬉しいようだ。凛空はもうすでに寝ているだろう。今夜は2人だけの時間だ。何を話してもいいだろう。


「うん。誰かと飲む酒ってのもおいしいな」

「そうね」


 ふと、虎次郎は思った。2人でまたどこかに行きたいな。凛空もきっと喜ぶだろうし。


「いつか、一緒にどこかに行きたいと思わない?」

「そうだね。ディズニーリゾートとか、長野とか」


 ディズニーリゾートは何年も行った事がない。いつか、友達と行きたいと思っていた。だが、そんな機会が全くなかった。虎次郎は長野に行った事がない。有名になって、軽井沢に別荘を買いたいと思った日は、いつだろう。戦力外になった今では、かなわない夢になってしまった。


「どっちもいいね。また考えておこうよ」

「うん! いつか行こうよ」


 亜希子は嬉しそうだ。また虎次郎とどこかに行けるからだ。


「決まりー。凛空にも話しとくね」

「ありがとう。凛空もきっと喜ぶよ」

「そうね」


 その後、缶ビールを飲み切った虎次郎は帰っていった。亜希子はそんな虎次郎の後姿を、明るい表情で見ていた。いつか夫婦になって、こんな風に見送りたいな。




 翌朝、いつものように亜希子は凛空と朝食を食べていた。もう何年もこんな朝だ。凛空はそんな朝に慣れていて、父の事は全く考えていない。だが、亜希子は今でも忘れられない。離婚してから、凛空を旅行に行かせられなくなってしまった。早く虎次郎と一緒になれば、そうでなくなるのに。


「おはよう」

「おはよう」


 凛空は椅子に座り、朝食を食べ始めた。凛空はテレビを見つつ、ごはんとみそ汁を食べている。ふと、亜希子は思った。昨日、家に来た虎次郎の事を、凛空はどう思っているんだろうか? いつか、自分のお父さんになってほしいと思っているんだろうか?


「昨日の夜に家に来た、杉村さん、どう思う?」

「いい人だと思うよ」


 凛空はいい人だと思っているようだ。いつか、この人の息子になりたいと思っているようだ。


「そう。じゃあ、いつか杉村さんと3人で、東京ディズニーリゾートに行こうか?」


 それを聞いて、凛空は驚いた。まさか、東京ディズニーリゾートに行けるとは。父がいた時に連れて行ってもらった事はあるけど、まさかまた行けるとは。


「いいよ。でも、どうして?」

「たまにはいいかなと思って」


 凛空は嬉しくなった。東京ディズニーリゾートに行けるとは。もっと宿題を頑張らないといけないな。


「ディズニーリゾート、行きたいなー」

「行きたいでしょ? そのためには、勉強を頑張ろうね」

「うん」


 凛空は元気に答えている。東京ディズニーリゾートに行けるだけで、こんなに嬉しいとは。ディズニーは世代を越えた人気者だな。


「あと、今日、杉村さんと東京に行こうかなと思って」


 凛空はまたもや驚いた。今日、虎次郎と東京に行くとは。ぜひ僕も行きたいな。そして、スカイツリーに行きたいな。


「ふーん。僕は行こうかな?」

「いいよ」

「ありがとう」


 と、インターホンが鳴った。虎次郎が来たんだろうか? 亜希子は嬉しそうだ。


「はーい」


 亜希子は玄関を開けた。その先には虎次郎がいる。


「あっ、虎次郎さん」

「ああ」


 凛空も玄関にやって来た。今日も来るとは。よほど亜希子の事が好きなんだろうな。


「今日は約束だね」

「うん」


 凛空は玄関を離れ、洗面台に向かった。歯を磨いてから出発するようだ。


 しばらくリビングで待っていると、凛空がやって来た。


「じゃあ、行こうか?」

「うん」


 3人は部屋を離れ、マンションの通路を歩いていた。通路を歩く人はあまりいない。


「今日は東京を歩くの?」


 凛空は戸惑っている。急にどうしたんだろう。どうして歩こうと思ったんだろう。


「うん。そんな日もいいでしょ?」

「うん」


 凛空は素直だ。どこかに出かけられるのが、純粋に嬉しいようだ。


「嬉しいでしょ?」

「嬉しいけど・・・」


 亜希子は喜んでいた。虎次郎と付き合い始めてから、外出する回数が増えた。虎次郎がいるだけで、こんなに楽しいなんて。いつもいてほしいな。


「こうして、外に自由に出られる日が増えてきて、嬉しいね」

「ああ」


 2人は一緒にいる事で、幸せでいられる喜びを肌で感じていた。いつか夫婦になって、毎日2人がいる喜びを味わいたいな。

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