11
3人は、久しぶりに出身高校にやって来た。この高校は、高校サッカー選手権などで好成績を収めていて、全国的に有名だ。今でも強豪として知られていて、プロになりたい、世界で活躍したい、日本代表になりたい中学生が全国から集まってくる。
2人は懐かしい風景に感動していた。あの頃と全く変わっていない。付近の住宅も、近くの食堂も、道も、何もかも一緒だ。
「ここが一緒に過ごした場所だね」
「うん」
2人は青春を思い出しながら、歩いていた。ただ、それを知らない凛空は普通に歩いていた。2人にとっては、ここが思い出の場所なんだな。だが、凛空にはどこが感動するのか、全くわからなかった。
「懐かしいわー。また来れるなんて」
「そうだね」
3人は高校の前の道を歩いていた。何度も通学で通った道、日曜日は閑散としていた。明日になると、多くの高校生で賑わうだろう。それを考えると、青春の日々が蘇る。あの頃は本当に素晴らしかったな。プロになれる、日本代表になれると期待され、みんなから大人気だった。
「変わってないなー。この道、何度も歩いたね」
「うん」
だが、凛空は2人の様子を不思議そうに見ていた。
「ここが、お母さんの思い出の場所なの?」
「そうだよ。杉村くんと一緒に行きたいと思ってね」
「ふーん」
初めて知ったんだが、この人は杉村というんだ。どんな人なんだろう。気になるな。
「興味ないの?」
「いやいや。そんなわけないよ」
凛空は嘘をついていた。2人の思い出の場所なんて、あまりわからないよ。自分はその時、生まれていなかったんだから。
「そっか。突然行くって言ってごめんね」
「いいよ」
凛空はどこかに行けるだけで幸せだった。離婚してから、あまりどこかに行っていなかった。久しぶりにどこかに行けて、本当に嬉しい。またどこかに行きたいな。
「お母さんと杉村さんって、どんな関係なの?」
「ああ。高校時代の友達でね。先日、久々に会って、昔を懐かしみながら巡りたいなと思って」
虎次郎はあの頃を思い出しながら、凛空に語っていた。だが、凛空には全く興味がない。
「そうなんだ」
と、虎次郎はある物を見つけ、指さした。サッカー場だ。ここで何度も汗を流し、仲間と一緒に泣き笑いしたな。ここもあの時と全く変わっていない。まるで時が止まっているかのようだ。ここも明日になれば、サッカー部の歓声が響き渡るだろう。
「ここここ! ここがサッカー場だ!」
「変わってないなー。ここで汗を流したんだよね」
虎次郎はまたしても青春を思い出した。だけど、もうそんな青春は戻ってこない。
「あの頃の僕はよかったなー。日本代表に選ばれて」
「そうだね。だけど、代表に選ばれるどころか、レギュラーになれなかったんだよね」
虎次郎はまたしても大成しなかった自分を思い出してしまった。思い出すと、いつも落ち着かなくなる。忘れたいのに、忘れる事ができない黒歴史だ。
「ああ。僕は天狗になりすぎたんだ。だから大成しなかったんだ」
「継続は力なり、努力が大事だって事だね」
亜希子は笑みを浮かべた。こうして教訓を知ったのだから、いいじゃないか。それをこれから生かせばいいじゃないか?
「うん」
と、虎次郎は思った。そろそろ昼時だ。高校時代、よく通った定食屋がある。あそこは今でもやっているんだろうか? もし、やっていたら、また食べたいな。
「この近くの定食屋、やってるかな? そろそろお昼だから、久々にここで食べたいなって」
「いいね。行こうよ!」
「そうだね」
3人は定食屋に向かって歩き出した。凛空も大喜びだ。離婚して以来、母の手料理ばかりで、あまり外食に行った事がない。久々に外食できるのが嬉しかった。
少し歩くと、古びた定食屋にやって来た。定食屋『三郎(さぶろう)』だ。晩ごはんはよくここにやって来て、定食を食べたものだ。
「あっ、ここだ! やってた!」
「よかったね!」
3人は定食屋の前にやって来た。定食屋は今日もやっていた。定休日は月曜日で、今日は開いていた。
「ここに行くの?」
凛空はワクワクしていた。何を食べよう。ここに入ってから決めよう。
「うん。何食べる?」
「まだ決めていない」
だが、2人は決めていた。それは、2人が高校時代に大好きだった定食だ。
「じゃあ、行こうか?」
「うん」
3人は定食屋に入った。古びた店内も、そのままだ。壁には、ここを巣立った有名人のサインがある。卒業してなお、時々顔を出しているようだ。
「いらっしゃいませー、って、村山さん、杉山くん!」
「久しぶりに来ました」
2人はお辞儀をした。店主の上野は2人の事を知っているようだ。風貌は少し変わったが、見ただけで2人だとわかった。
「まさか来てくれるとは。あれからどうしたんだろうと思ってたんだよ」
「やっと仕事が落ち着いたので、戻ってきました」
虎次郎は照れている。亜希子は笑っている。凛空は無表情だ。
「2人とも、何をしてるの?」
「教員。僕は今年からね」
上野は驚いた。亜希子だけでなく、虎次郎も教員になったとは。戦力外になってから、どうなったんだろうと心配したが、教員になったとは。
「そうなんだ。戦力外になってから、どうしたんだろうと思ったけど」
3人はテーブル席に座り、メニューを見た。だが、2人の注文は決まっている。
「あっ、注文だけど、生姜焼き定食で」
「私は肉野菜炒め定食で。凛空は何にする?」
「オムライスで!」
「わかりました」
上野は厨房に向かった。凛空は辺りを見渡している。ここも2人の思い出の場所のようだ。色紙が多く飾ってあるので、そこそこ有名な店のようだ。
「ここがそうなの?」
「うん。いいとこでしょ?」
「うーん・・・」
だが、凛空には全くわからなかった。だけど、2人が楽しんでいるようだから、いい所なんだろう。
「わからなくてもいいのよ」
しばらく待っていると、上野はオムライスを持ってやって来た。
「お待たせしました。オムライスです」
「ありがとうございます」
上野は凛空の前にオムライスを置いた。凛空は喜んでいる。
「先に食べていいよ」
「いただきまーす」
凛空はオムライスを食べ始めた。その後も、2人は店内を見渡している。懐かしいと、どうして見入ってしまうんだろう。あの頃を思い出してしまうからだろうか?
「戦力外になってから、苦しい日々を送ってたんだね」
「だけど、それでハングリー精神を養う事ができた。そして、何が自分に足りなかったのか、わかったんだ。だけど、もう過去は戻ってこない」
虎次郎はまたしても後悔していた。あの頃、戦力外になっていなくて、プロで活躍していたら、どんな人生を歩んでいたんだろう。誰からも期待され、子供たちがあこがれるプロになっていただろうな。
「おいしい!」
凛空はおいしそうに食べている。そこに、上野がやって来た。2人のメニューを持ってきたようだ。
「お待たせしました。生姜焼き定食と、肉野菜炒め定食です」
「ありがとうございます」
上野は2人の前に注文したメニューを置いた。
「それじゃあ、いただきます」
「いただきます」
2人は定食を食べ始めた。味もあの頃と変わらない。とてもおいしい。
「やっぱこの味はおいしいな!」
「そうね! 昔と変わってないわ」
虎次郎が食べている生姜焼き定食は、ごはんが並盛だ。高校の頃はいつも大盛で、おかわりしているぐらいだったのに、並盛になってしまった。食べ盛りの時期はもう過ぎたんだな。
「杉山くん、いつも大盛だったのに。今はそうじゃないんだね」
「ああ。もう食べ盛りを過ぎたし、もうスポーツをやってないからね」
確かにそうだ。もう4年前にスポーツはやめた。これからはスポーツを指導する立場になるだろう。だから、そんなに食べてはいけない。
「そうだったね」
「ハハハ・・・」
2人は楽しそうに食べている。その様子を、凛空は不思議そうに見ている。
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