12

 昼食を食べ終わった3人は、高校の近くを歩いていた。辺りは閑静な住宅街だ。その中に生徒たちの声がこだまする。高校時代の土曜日の昼下がりの練習はこんな感じだったな。


「あの頃は楽しかったよね。好きなサッカーができて、みんなから注目されて」


 亜希子は虎次郎の高校時代を思い出していた。多くの生徒に注目され、プロからも注目された。だけど、そんな日々はもう戻ってこない。


「そうだったね。だけど、今になってはこのありさまさ」


 だが、虎次郎は下を向いた。もうそれは過去の事なのだ。今はただの新任の教師だ。


「その気持ち、よくわかるよ」

「ありがとう」


 亜希子はため息をついた。何か悪い事を思い出してしまったようだ。虎次郎はそのしぐさが気になった。何か悪い事を考えたんだろうか? 何を考えていたのか、話してほしいな。


「私、虎次郎くんの方が好きだったのに、高橋くんと結婚してしまった。離婚した今思うと、この人と結婚して後悔したと思ってるわ」


 高橋は虎次郎の高校時代の2つ上の先輩だった。3年の時にはキャプテンだった。卒業後は会社員になったという。だが、それ以外は全く知らない。


「そっか。僕はあの時、もっと努力していれば、戦力外にならなかったのではと思ってるけどね」

「そうだね。でも、あの時はもう戻ってこないんだね」

「ああ」


 虎次郎は練習をしているサッカー部の部員を見て、何かを考えた。亜希子もつられるように、彼らの練習を見ている。


「青春も、もう戻ってこないんだね」


 ふと、虎次郎は思った。高校時代の部員は今、何をしているんだろう。とっても気になるな。


「同級生は今頃、何をしてるのかな? 気になる」

「確かに!」


 それを聞いて、明子も気になった。だが、高橋は全く気にならない。なぜならば、もう離婚したのだから。離婚していなければ、凛空に苦労をかけずに済んだのに。だけど、自分で決めた事だ。後戻りできない。


 だが、それを思い出して、虎次郎は下を向いた。戦力外になった時の事を思い出したようだ。


「戦力外になって、ボロボロになった自分を、みんな非難の目で見るんだろうなって」


 虎次郎は思った。戦力外になった事で、みんなから非難の目で見られた。今でも見られているんだろうか? 


「そうじゃないと思うよ!」


 だが、亜希子は励ました。みんな非難の目で見ているわけじゃない。そうじゃない人もいるはずだ。そんな人に会ってみたらどうだろう。


「そうかな? うーん・・・」

「人生はこれから! これから頑張ろうよ!」


 亜希子は虎次郎の肩を叩いた。すると、虎次郎の背筋が立った。気合が入ったようだ。


「そう、だね・・・」

「これから教員として頑張ればいいじゃないの!」


 そうだ。人生はこれからなのだ。これから指導者として頑張って行けば、今までの人生が無駄ではなかったと思えるだろう。


「うん。そうすれば、また振り向いてくれるかな?」

「きっと振り向いてくれるよ」

「ありがとう」


 虎次郎はまた、やる気が出てきた。来週からまた頑張ろう。そして、戦力外になった借りを返するんだ。




 夕方、今日1日を満喫した3人は、新幹線に乗っていた。凛空は窓側の席で、車窓を見ている。凛空は相変わらず楽しそうだ。


「今日は楽しかったね」

「うん。久しぶりに高校生活を思い出したよ」


 今日はいい1日だった。久しぶりに誰かと出かける事ができた。


「そう。私も思い出しちゃった」

「また行きたいね」

「うん」


 2人は思った。また2人で行きたいな。できれば、高校時代の仲間と一緒に歩きたいな。そして、なじみの定食屋で食事をしたいな。


「また行くの?」


 凛空はその言葉に反応した。凛空もまた行きたいと思っているようだ。


「まだわからないよ」

「行きたい!」


 2人は笑みを浮かべた。そう言われたら、また行くしかないな。だけど、いつになるだろうか?


「そう。行けたらいいね」

「ああ」


 2人は決意した。凛空がこんなに言っているのだから、また行かないと。




 あっという間に東京に戻ってきた。虎次郎はここで2人と別れる。寂しいけれど、また3人で旅行したいな。亜希子は思った。こうしてどこかに出かけるの、離婚してから全くなかった。この人といれば、きっともっといい事が起こりそうだ。


「今日はありがとうね」

「どういたしまして」


 亜希子はお辞儀をした。虎次郎はそんな亜希子を温かい目で見ている。


「じゃあね、また明日。バイバイ」

「バイバイ」


 2人は東京を後にして、地下鉄の大手町駅に向かった。


「はぁ・・・、明日からまた仕事なのか・・・。頑張らないとな」


 虎次郎は1人で歩き出した。虎次郎は肩を落としていた。今さっきまで楽しかったのに。1人になって急に肩が重くなった。亜希子といると、どうしてこんなに肩が軽くなるんだろう。全くわからない。


 しばらく歩くと、スマホが鳴った。誰からだろう。虎次郎は電話に出た。


「はい」

「亜希子です」


 虎次郎はほっとした。母だと思ったからだ。電話が来ると、また母から嫌味を言われると思ってしょうがない。


「はぁ・・・」

「どうしたの?」

「お母さんかと思って」


 亜希子は思った。よほど両親が怖いのだな。早く許してほしいな。新しい人生を歩んでいるのに。


「どうしたの? 怖いの?」

「また嫌味を言われそうな気がして」


 虎次郎はおびえている。電話だけでこんなにおびえるとは。よほど怖いんだな。


「大丈夫大丈夫。凛空も喜んでいたわ。また3人で行きたいな」

「そっか。また考えとかないとな」


 虎次郎は笑みを浮かべている。とても嬉しそうだ。


「また行けたら嬉しいね。じゃあね」

「じゃあね」


 電話が切れた。虎次郎は決意した。両親に納得してもらえるように、これからの人生を頑張っていかないと。

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