10

 翌日、虎次郎は東京駅にいた。今日は亜希子と待ち合わせる予定だ。どこに行くのはわからない。だが、高校時代の親友に誘われたのだから、断れない。きっと高校時代の思い出を巡る旅になるだろうな。どんな日程になるんだろう。楽しみだな。


 と、そこに亜希子がやって来た。横には男の子がいる。彼が亜希子の息子だろうか?


「あっ、どうも」


 虎次郎はお辞儀をした。すると、亜希子が反応した。


「お久しぶりです」


 虎次郎は、横にいる男の子が気になった。


「この子は?」

「息子の凛空(りく)。凛空、この人がお母さんの友達の虎次郎さん」


 やはり亜希子の息子のようだ。凛空というそうだ。いい名前だな。


「は、はじめまして・・・」


 凛空は照れ臭そうにお辞儀をした。初対面の虎次郎に、やや緊張しているようだ。目の前にいるのは、新任とはいえ、中学校の先生だ。何をされるかわからないと思い、おびえているようだ。悪い事をしなければ、怖くないのにな。


「それじゃあ、行きましょうか?」

「うん」


 3人は東京駅の駅舎に入った。小白はしばらく、構内を見渡した。中学校の修学旅行で、初めて東京に降り立った時の事を思い出した。それを見て、いつか東京で暮らし、プロサッカー選手として頑張りたいという夢を抱いた。だが、プロにはなったものの、プロとしては大成しなかった。憧れの東京に来ただけで満足してしまったのも、自分がプロで大成しなかった原因だろうと思った。


 3人は東海道新幹線のホームにやって来た。ホームからは何本もの新幹線が並んでいる。東海道新幹線の車両に加えて、ここから東北へ向かうE5系とE6系、E8系、上越や北陸へ向かうE7系も並んでいる。それらを見て、虎次郎は東京に来たんだと実感したものだ。ここには全国から多くの人が集まる。そして、大きな夢を抱いている。だけど、自分の夢は儚かった。自分のせいとはいえ、後悔が残る。


「新幹線に乗るのって、久しぶりだわ」


 亜希子は久しぶりに乗る新幹線に感動していた。凛空の事ばかりで、あまり遠出できなかった。新幹線に乗る機会がなかった。


「本当? 僕も久しぶりだよ」

「そっか」


 虎次郎もそうだった。プロに入ってからも、引退してからも、全く乗る機会がなかった。乗らない間に、ずいぶん発着する新幹線が変わった。時代の移り変わりは、絶え間ない物だと感じさせる。


「大学での4年間は貧しかったから、新幹線に全く乗れなかったんだ」

「そうなんだ」


 と、そこに東海道新幹線がやって来た。これで目的地に向かう。それを見て、凛空は興奮した。新幹線に乗る機会が全くなかった。図鑑でしか見た事のない新幹線を、凛空は嬉しそうに見ていた。


「来た来た!」

「わーい、新幹線新幹線!」


 凛空は声を上げて喜んだ。これから新幹線に乗れるのが、とても嬉しいようだ。


「嬉しそうだね」

「うん」


 その様子を見て、虎次郎は笑みを浮かべた。亜希子はその表情が気になった。虎次郎は子供が好きなんだろうか?


「子供が好きなの?」

「うん。喜んでいる子供、可愛くて大好きだよ」


 虎次郎は子供が大好きだ。そして、サッカーをしている子供がもっと好きだ。見ていると、教えたくなる。


「そっか。私も」

「大学生活はどうだったの?」


 亜希子は気になった。虎次郎はどんな大学生活を送っていたんだろう。きっとつらかっただろうな。


「苦しかったよ。親からの仕送りもなくって」


 亜希子は驚いた。両親から仕送りが来ないとは。何があったんだろうか?


「どうして?」

「プロで大成しなかった俺に怒って、仕送りを送らなかったんだ」


 それを聞いて、亜希子は開いた口がふさがらなかった。プロで大成できなかっただけでこんな事になるとは。とてもひどいな。自分だったら耐えられないだろう。頑張っている息子にこんな事をするなんて、親として許されない。


「そうなんだ。でも、ひどいよね。第2の人生に向かって頑張ろうとしているのに」

「だから俺、アルバイトをしながら4年間を過ごしてきたんだよ。つらかったけど、それで社会の厳しさを知ったよ」


 虎次郎はアルバイトで得た収入で生活しながら、大学に通っていた。あまりにも苦しいが、どれもこれも将来生きていくためだ。その中で、自分に足りなかったハングリー精神を養う事ができた。それと共に、あの時ハングリー精神がなかったから、戦力外になったんだと思った。


「大変だったね」

「だけど、新しい人生を歩み始めた時には少し喜んで、車をプレゼントしてくれたんだ」


 だけど、嬉しい事もあった。英語の教員として再出発する事になり、両親が軽自動車をプレゼントしてくれたのだ。第2の人生を頑張ってほしいという両親の精いっぱいの応援だ。


「そっか」

「だけど、それ以後はまた厳しい事ばっか言うんだ。俺は頑張ろうとしているのに。全然エールを送ってくれないんだよ」


 だが、それ以外はつらい事ばかり言う。もう聞きたくないのに。くどくど言われる。そのたびに、虎次郎は蹴って黙らせる。


「ひどいよね。だけど、私は虎次郎くんの第2の人生を応援してるよ」


 亜希子は虎次郎の頭を撫でた。こうして、第2の人生を頑張っている虎次郎を応援したいと思った。


「ありがとう」


 3人は東海道新幹線の車内に入った。凛空は楽しそうだ。


「凛空、楽しそうだね」

「うん」


 ふと、凛空は思った。今日は新幹線でどこに行くんだろう。今まで全く聞いていなかった。


「どこに行くの?」

「お母さんとお友達が昔行った場所よ」

「ふーん」


 だが、凛空には興味がない。お母さんと隣にいるお兄さんの思い出の場所なんて、そんなに面白くないだろうと思っていた。


「興味ない?」

「ううん。そんなわけじゃないよ」


 だが、凛空は楽しそうだ。久々に遠くに行けるからだ。離婚して以来、旅行なんてなかった。


「そっか」

「とりあえず、こうして第2の人生を始められたことを、嬉しく思わないと」

「そうだね」


 虎次郎は東京の風景を見て、思った。これからどんな人生が待っているんだろう。自分の第2の人生は始まったばかりだ。これからもっともっといろんな事をして、いろんな経験をしたいな。


「これからどんな事があるか、楽しみ」

「私は高校を卒業してすぐ、高校のサッカー部のキャプテンだった高橋くんと結婚したの。だけど、浮気していたのがわかって、離婚したの。で、家計を支えるために、マネージャーでの経験を生かして、家庭の先生で頑張ろうと思って、大学に通ったの。もうなって2年目だわ」


 亜希子はこれまでの事を話した。高校を卒業してから、こんな日々を送ってきたのか。亜希子も山あり谷ありの人生を送ってきたんだな。山あり谷ありの人生を送ってきたのは、自分だけじゃないんだな。


「そうなんだ。だから、名字が昔のままなんだね」

「うん」


 ふと、虎次郎は思った。亜希子は寂しいんだろうか? 誰かと一緒に住みたいんだろうか?


「寂しい?」

「ううん。凛空がいるから寂しくない」

「そうなんだ」


 亜希子は思っていた。寂しいと思った事なんて、一度もない。だって、凛空がいるから。凛空の笑顔を見るだけで、自分は1人じゃないと思えてくる。

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