9
それから3週間が経った。虎次郎は徐々に仕事が慣れてきて、生徒からの信頼も厚くなってきた。だが、まだまだ始まったばかりだ。これで怠けていたら、プロに入った時のようにすぐに合わなくなってしまうかもしれない。油断大敵だ。
「はぁ・・・」
虎次郎はため息をついた。今日の授業の担当は終わった。部活が始まるまで少し時間がある。それまで作業を進めないと。
「あ、あのー」
突然、誰かが話しかけてきた。虎次郎は右を向いた。そこには1人の女性がいる。どうしたんだろう。
「どうしました?」
「私、覚えてるかなって」
「えっ!?」
虎次郎は首をかしげた。全く見覚えがない。誰だろう。
「村山亜希子(むらやまあきこ)です」
「うーん、わからないなー」
だが、虎次郎は覚えていない。だが、名前を言うからには、虎次郎の事を知っていると思われる。だが、虎次郎は思い出す事ができない。
「ほら、高校の頃、サッカー部のマネージャーだった、村山」
それを聞いて、虎次郎は思い出した。高校時代、サッカー部のマネージャーの1人だった亜希子だ。2つ年上で、1年しか一緒にいた事がない。まさか、ここでも高校時代の友達と再会するとは。
「あー、思い出した。あの子?」
「うん」
やっとわかってくれた。亜希子はほっとした。知らないと言われたらどうしようと思ったが、やっと思い出してくれた。
「またもや再会する人がいたとは」
「飲み会、行けなくてごめんね。子供が帰宅する時間になったら、帰らなければならないの」
亜希子には子供がいる。そのため、早く帰らなければならないし、飲み会にも行けていない。息子が寝てから1人酒するぐらいだ。
「いいよ。子供がいるんでしょ?」
「うん」
虎次郎は笑みを浮かべた。サッカー部のマネージャーとも再会できて、嬉しいようだ。
「とりあえず、ここで再会できて嬉しいよ」
「私も。私はサッカー部のマネージャーだったことを生かして、そして生計を立てるために家庭の先生になったの」
亜希子はサッカー部のマネージャーとして、様々な事を学んだ。それを生かして、家庭の教員になった。今では、この学校の家庭の授業を全て請け負っている。そして、担任のクラスも持っている。
「そっか。俺は海外で活躍したくって頑張った英語を生かして、英語の先生として再出発したんだ」
虎次郎は、どうして英語の教員になったのかを明かした。それを聞いて、亜希子は納得した。
「ふーん。戦力外になった時、やっぱりなって思ったよ。全く活躍できなかったもん」
亜希子は思っていた。虎次郎は何年たってもレギュラーはもちろん、サブとして登場する事はなかった。そろそろ戦力外になりそうだなと思っていた時に、戦力外の知らせが入った。あの時は驚いたが、ここまでのプロ生活を見たら、そりゃそうだよなというような成績だった。
「プロの世界って、厳しいんだなと痛感した。もっと努力しなければいけなかったんだな」
「気にしないの。杉村くんがこうして新しい人生を始めただけでも、いいと思わないと」
亜希子は虎次郎の第2の人生を応援しているようだ。虎次郎は嬉しくなった。もっと頑張らねばと思えてくる。
「そうだね。だけど、海外で活躍したかったなって」
「後悔後先立たずだよ。ここでまた頑張ろうよ」
亜希子は虎次郎の肩を叩いた。虎次郎は前を向いた。
「そうだね」
と、亜希子は腕時計を見た。そろそろ息子が帰る時間だ。家に帰らないと。
「じゃあ、私は子供の事があるから、もう帰るね」
「お疲れ様です」
「お疲れ様ですー」
亜希子は職員室を出ていった。虎次郎は後姿をじっと見ている。
「どうしたんだい?」
虎次郎は左を向いた。高木だ。
「村山先生、僕の高校の頃のサッカー部のマネージャーだったんだって。まだ再会する人がいたとは」
どうやら高木はその話を聞いていたようだ。こんなにも再会する人がいるとは。
「僕も驚いたよ」
虎次郎は腕時計を見た。そろそろサッカー部の指導に行かなければ。
「さて、サッカー部の指導に行ってくるか」
「行ってらっしゃい」
虎次郎は職員室を出て、グラウンドに向かった。高木は虎次郎の後姿を見ている。
「どうしたんですか?」
高木は右を見た。そこには滝本がいる。
「杉村先生、また再会した人がいたんでね」
「そっか。久しぶりに再会すると、なぜか嬉しくなるよね。どうしてだろう」
しばらく考えたが、高木にはその理由がわからない。久しぶりに会うと、どうして人はこんなに嬉しくなれるんだろう。懐かしい日々を思い出したいからだろうか?
午後7時過ぎ、虎次郎は帰ってきた。今週も色々あって、疲れた。だけど、今日もためになった。そして、毎日の頑張りが、次につながっていく。そして、自分が成長する糧となるだろう。
「あー疲れた・・・」
虎次郎はベッドに仰向けになり、ぐったりした。とても疲れた。明日は休みだ。しっかりと体を休めよう。
「そっか、この子なのか。まさかここで再会するとはなぁ・・・」
虎次郎は亜希子の事を思い出した。まさかここでも再会があるとは。こんなについているなんて。
「さてと、明日は休みだから、飲むか」
虎次郎は立ち上がり、冷蔵庫を開けた。冷蔵庫には、コンビニで買ってきた缶ビールがある。明日は休みなんだから、今夜は飲もう。そして、1週間の疲れを癒そう。
虎次郎は机で缶ビールを開け、飲み始めた。その横には一緒に買ってきた柿の種がある。今夜はこれを片手にビールを飲もう。
「あの頃はよかったな。夢があって、みんなと楽しめて。だけど、もう戻ってこない」
虎次郎は高校時代を思い出いした。あの頃はよかったな。みんなから注目されて、大人気で。あの頃が懐かしい。あの頃に戻りたい。だけど、もう戻ってこない。
と、突然電話が鳴った。誰からだろう。また母からだろうか? 虎次郎は受話器を取った。
「もしもし」
「杉村くん? 私、亜希子」
虎次郎はほっとした。亜希子だ。
「どうした?」
「明日、高校の頃によく食べた定食屋、行かない?」
虎次郎は驚いた。まさか、あの定食屋に行くとは。もう行かないと思っていたが、まさか卒業後にまた行くとは。誘われたのなら、行かなければ。
「いいけど、どうしたの?」
「行きたいなと思って。いいでしょ?」
深い理由はないけど、行ってみよう。きっと、それで何かを感じるかもしれないから。
「いいよ」
「ありがとう。午前9時に東京駅に来てね」
「うん」
「じゃあね」
電話が切れた。虎次郎は戸惑っている。突然の出来事だが、せっかく誘われたのだから、行かなければ。
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