8

 翌朝、2年3組は騒然となっていた。今日は高木が離任式で来れないので、代わりに虎次郎が来るそうだ。どんな先生かは、昨日の着任式で知った。元プロサッカー選手だったというから、驚きだ。


「今日は杉村先生が来るらしいよ」

「本当? あの元プロサッカー選手の?」


 サッカー部の生徒は驚いていた。生徒は知っていた。指導してもらったことがあるが、まさか代役で朝活に来るとは。どんな朝活になるんだろう。


「うん。ユニフォームできてって言われて、いいよって答えたんだよ。だから今日は、ユニフォームで来ると思うよ」

「楽しみだなー」


 生徒は驚いた。まさか、現役時代のユニフォームで来るとは。ぜひとも見てみたいな。


 と、青い服を着た男がやって来た。スーツばかりの先生の中で、やけに目立つ。あれがきっと虎次郎だ。生徒はみんな、ワクワクしていた。


「あっ、来た来た!」


 虎次郎が教室に入ってきた。すると、みんなは盛り上がった。まさか、本当にユニフォームで来てくれるとは。普通ならできないそうだが、今日は校長が許可してくれたようだ。


「起立! 礼!」

「おはようございます」


 生徒は席に座った。虎次郎は朝礼を始めようとした。だが、言わないうちに、生徒が声を上げた。ユニフォームが気になったようだ。


「杉村先生! これがユニフォーム?」

「ああ。かっこいいだろう」


 虎次郎は笑みを浮かべた。こんなに注目されるとは。特別な日に着てみようかな?


「すっげー! 本当だったんだ」

「えーっと、今日は離任式で高木先生が来れないので、代わりに来ました」


 そして、虎次郎は朝礼を始めた。その頃になると、生徒は静かになった。ここは真剣に聞いていないといけない。元プロサッカー選手だから、きっとお仕置きが痛いだろう。




 虎次郎は職員室に戻ってきた。担任のクラスを持っていないし、今日は英語の授業がないので、帰りの会までは職員室だ。


「はぁ・・・」


 虎次郎はため息をついた。終わった頃に、再び生徒に囲まれたからだ。こんなに注目を浴びるなんて、プロに入団した直後以来だ。


 と、そこにベテランの先生がやって来た。大山(おおやま)だ。


「初めての朝活、どうだった?」

「まぁまぁかな?」


 虎次郎は照れくさそうな表情を見せた。まだまだこれからだ。もっと実践を積んでいかないと。大山は虎次郎が来ているユニフォームが気になるようで、ユニフォームをじっと見ている。


「今日はユニフォームで来てるんだね」

「生徒がユニフォームで来てくれって言うから」


 大山は驚いた。噂や着任式で聞いたが、本当にプロサッカー選手だったとは。どんな成績だったのか気になるな。


「本当はいけないんだけど、まぁ、いいか。可愛いから」


 大山は笑みを浮かべた。なかなかいい教員じゃないか。これからもっと頑張ってほしいな。




 帰りの会から帰って来た虎次郎は、職員室に入った。すでに何人かの担任の先生が職員室に戻っている。彼らの中には、これから帰宅する人もいれば、これから部活を見に行く先生もいる。虎次郎はサッカー部を見に行く予定だ。


 虎次郎は席に戻ってくると、すぐにサッカー部の練習場に行く準備を始めた。


「さて、サッカー部の指導に行くか」


 虎次郎はすぐに職員室を出て、サッカー部の練習しているグラウンドに向かった。その後ろ姿を、滝本と大山が見ている。


「頑張ってるみたいで嬉しいね」

「ああ」


 2人とも嬉しそうだ。虎次郎に期待しているようだ。


「これからどうなる事やら」

「これからに期待しようよ」

「そうだね」


 虎次郎はグラウンドにやって来た。すでに一部の生徒は練習をしている。


 虎次郎がやって来たのに気づくと、一部の部員がやって来た。虎次郎が着ているユニフォームが気になったようだ。


「あっ、杉村先生!」

「どうだ、頑張ってるか?」


 と、一部の部員が練習を止めて、ユニフォームを見ている。


「これがユニフォーム? かっこいい!」

「ありがとう! 全然活躍できなかったんだけどな」


 虎次郎は照れ臭そうだ。プロとしては大成しなかった。黒歴史の頃のユニフォームだけど、それでも魅力的だと思うのかな?


「それでもかっこいい!」

「えへへ・・・」


 と、1人の部員がやって来た。何かをやってほしいようだ。


「先生、リフティングやって!」

「いいぞ!」


 虎次郎はリフティングを始めた。リフティングは引退してからも時々やっているが、誰かの前でやるのは久しぶりだ。まさか、また誰かに見てもらうとは。


「すっげー!」

「まぁ、レギュラーはもっとできるんだけどな」


 レギュラーになれなかったし、ケガばかりだった。そんな自分でも、すごいと思っているんだろうか?


「僕もこれぐらいうまくなりたいな」

「そっか。じゃあ、俺についてこい!」

「よーし!」


 と、大山と滝本がやって来た。虎次郎の様子をここまで見に来たようだ。


「頑張ってるようで何より」

「ここで第二の人生を見つけられたようで、何より」


 2人とも、プロサッカーを戦力外になった虎次郎が、本当にやっていけるのか、心配だった。だが、ふたを開けてみたら、なかなかできるじゃないか? これはいい第2の人生を見つける事ができたようだな。


「ほんとほんと。戦力外になった時はどうなるんだろうと思ったけど」

「きっと、人生はこれからなんだな」


 虎次郎はまだ20代だ。人生はまだまだ長い。これからもっと頑張ればいい未来が待っているに違いないだろう。


「確かに、杉村先生の人生かこれから始まったんだと思うよ」

「杉村先生のこれからに期待しましょう」


 2人は校舎に戻っていった。きっと虎次郎は未来は明るい。必ずいい教員になるだろうな。




 その夜、虎次郎はいつものようにくつろいでいた。もう何年もここに住んでいる。そろそろ恋人がほしい。そして結婚して、子供をもうけて、マイホームを建てたい。だが、それはいつになるんだろう。全くわからない。


「はぁ、今週も色々あったな」


 その時、電話が鳴った。誰からだろう。虎次郎は受話器を取った。


「もしもし」

「虎次郎、元気にしてる?」


 母だ。また嫌味を言ってくるんだろうか?


「ああ」

「あんたったら、鳴り物入りでプロになったのに、戦力外になって」


 いつもその話だ。もう終わってしまった過去なのに、もう俺は就職して、新しい人生を歩み始めたのに、まだそんな事を言っているのか。くどいな。


「もうその話はいいから!」


 もう聞きたくない。虎次郎は強い口調だ。だが、母はやめようとしない。


「聞きなさい!」

「うるせぇ!」


 虎次郎は強制的に電話を切った。いつもこんな電話だ。もうかけないでくれ。だが、こんな電話が週に1回かかってくる。もう聞きたくないのに。


「いっつもこんな電話だよ」


 虎次郎は腹が立っていた。そしてまた酒を飲む。こんな状況が続いている。いつになったら終わるんだろう。先が見えない。

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