7
虎次郎は廊下を歩いていた。廊下はとても賑やかだ。先週とは大違いだ。新学期が始まったんだと感じられる。
「杉村先生!」
虎次郎は振り向いた。そこにはジャージを着た生徒がいる。スポーツ刈りの男子生徒だ。
「どうした?」
「元プロサッカー選手って、本当?」
着任式で言った事が気になったようだ。もし本当なら、すごい人が来たな。こんな人が担任だったらよかったな。
「うん。ほとんど活躍できずに引退したんだけどね」
「ふーん。サッカー部の顧問?」
「うん」
やはりサッカー部の顧問のようだ。これでサッカー部は強くなるんだろうか? サッカー部のこれからが楽しみだな。
「そうなんだ。僕、野球部なんだ」
「へぇ。サッカー部に入ればいいのに」
「そ、それは・・・」
生徒は少し照れている。サッカーより野球が得意で、野球部に入ったのに。こんなすごい人が顧問になるとは。だけど、自分で決めた進路だ。その道を貫かないと。
「杉村先生!」
「おお、山口か」
それを聞いて、生徒は驚いた。山口は虎次郎の事を知っているようだ。
「知ってるの?」
「知ってるよ。サッカー部だもん」
「そっか」
生徒は照れた。そういえば、山口はサッカー部だったな。だから、すでに虎次郎に会っているはずだ。どんな人なんだろう。山口にもっと聞かねば。
「もうこの人の指導を受けたもん。けっこうわかりやすかったよ」
「俺の指導、わかりやすい、のかな?」
虎次郎は照れている。指導者歴すらないのに。大学で研究してきただけなのに。だけど、これで浮かれてはだめだ。もっと頑張らないと。
「わかりやすいよ! それに、元プロサッカー選手って事で、夢があるよ」
山口は興奮していた。こんな人に指導を受けてもらうなんて。本当に素晴らしい。
「へぇ、わかりやすいのか。楽しみだね」
「ああ」
と、そこにまた別の生徒がやって来た。おかっぱ頭の男子生徒だ。
「杉村先生!」
「どうしたんだい?」
虎次郎は生徒に目を向けた。その男子生徒は興奮している。目の前に元プロサッカー選手がいるからだ。
「元プロサッカー選手だったの?」
「ああ。いまいちだったけどな」
虎次郎は下を出した。自分はプロとしては大成しなかった。それでもすごいと言えるんだろうか? 自分よりもっとすごいプロサッカー選手なんて、何人もいるのに。
「高木先生が明日来れないから、代わりに朝活で来るって」
「ああ。来るよ」
生徒は聞いていた。明日は高木先生が来れないから、代わりに虎次郎が来ると。
「明日の朝、現役時代のユニフォームで来てよ。持ってたらだけどね」
それを聞いた虎次郎は悩んだ。どうしよう。スーツで来なければいけないのに、言われてしまった。
「うーん・・・。どうしよう・・・」
「来てよ!」
虎次郎は少し悩んだが、生徒の想いには答えないと。でも、本当にいいんだろうか? 校長は許してくれるんだろうか?
「わかった。また考えとくよ」
「ありがとう」
生徒たちは去っていった。虎次郎はその後ろ姿を見ている。元プロサッカー選手という事で、こんな事を言われるんだな。
「どうした?」
虎次郎は振り向いた。そこには高木がいる。
「明日の朝活で、現役時代のユニフォームで来てと言われたんだけど」
「いいじゃん! 来てみてよ」
高木は肩を叩いた。まさか、こんなに生徒に注目されるとは。
「わかった! 着てくるね」
「本当? 楽しみだなー」
だが、虎次郎は気になっていた。明日はユニフォームを着る許可があればいいけど。
「うん。校長の許可を得ればいいけど」
虎次郎は滝本の元に向かった。許可してくれるんだろうか? たぶん、だめだろうな。
虎次郎は校長室をノックして、滝本の場所にやって来た。どうしたんだろう。滝本は虎次郎が気になった。
「校長」
「どうした?」
「明日、2年3組の担任の代わりをするんですけど、生徒の1人がユニフォームで来てほしいと言われまして」
滝本は驚いた。まさか、生徒にこんな事を言われるとは。元プロサッカー選手と言っただけで、こんな事になるとは。
「いいじゃん! 杉村先生が元プロサッカー選手だったって事を証明したってよ!」
「ありがとうございます!」
虎次郎はほっとした。認めてくれないと思ったけど、まさか認めてもらうとは。滝本は優しいな。
「校長も明日が楽しみだよ」
虎次郎は校長室から出てきた。その前には、高木がいる。虎次郎は高木の前で、両手で丸のポーズをした。
「本当?」
「ああ」
高木は笑みを浮かべた。認めてくれたようだ。
「じゃあ、楽しみに待っててくださいね」
「ああ。楽しみにしてるよ」
虎次郎は喜んだ。まさか、現役時代のユニフォームを着て中学校に来るとは。それを見たら、みんなびっくりするだろうな。
帰ってきた虎次郎は、クローゼットの中を調べていた。どこかにユニフォームをしまっていた。だけど、もう忘れている。どこにあるんだろう。虎次郎はかれこれ10分ぐらい探していた。
「えーっと、ユニフォームは、ユニフォームは・・・」
と、一番下の棚の奥に、ユニフォームがあった。色を見て分かった。これだ。記念にと残していたが、自分の黒歴史だと思って、全く見る事がなかったユニフォームだ。
「あった! これだ!」
虎次郎はそのユニフォームを広げた。あの頃と全く変わっていない。プロサッカー選手だった頃の自分が蘇る。あの頃はケガばかりで大変だったな。もっと頑張っていれば、未来は変わっていたかもしれないのに。
「みんなびっくりするぞー」
虎次郎はニヤニヤしていた。明日、これを着た自分を見た生徒は、どんな反応をするんだろう。楽しみだな。
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