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 その夜、中学校に着任した教員を祝うための歓迎会が行われた。虎次郎はもちろん、ここに着任した何人かの教員も参加する。


 虎次郎は店の前で教員たちを待っていた。みんなと飲むなんて、何年ぶりだろう。とても楽しみだな。


 しばらく待っていると、彼らがやって来た。みんな、楽しそうだ。歓迎会を楽しみに待っていたようだ。


「お待たせ!」


 彼らは店の中に入った。すでに席は校長が予約してあって、彼らは指定の席に座った。ここは広いお座敷で、貸し切り向けに使っているようだ。


「こちらでございます」


 彼らはお座敷に座った。お座敷はとても広い。そして、落ち着いている。


「先にお飲み物をお伺いします」

「それじゃあ、ビールで」


 虎次郎はもっぱら最初は生中から行くのが定番だ。初めて居酒屋に誘われた時からそれが普通だ。


 しばらくして、お飲み物が運ばれてきた。すでに乾杯の用意はできている。彼らはグラスを掲げた。


「今日からここにやって来た教員、そして、教員としてここに帰ってきた虎次郎に、カンパーイ!」

「カンパーイ!」


 彼らは一斉に乾杯をし、酒を飲み始めた。


「サッカー選手ではパッとしなかったけど、ここで花を咲かせればいいじゃないか!」

「そ、そうだね」


 横にいた高木はあっという間に飲み干した虎次郎にビールを注いだ。教員としてやってきた虎次郎を、高木は歓迎しているようだ。


「親は元気にしてるか?」

「全くわからないよ。戦力外になって以来、不仲が続いていて、全く実家に帰ってないんだもん」


 高木は驚いた。戦力外になって、こんな事が起こるなんて。許してくれないなんて、ひどいな。戦力外になるだけで、こんなに信頼を失うとは。相当ひどい人生を歩んできたんだな。


「そうなんだ。大変なんだね」

「うん。だけど、こうやって教員をして頑張れば、両親も振り向いてくれるんじゃないかなって」


 だが、虎次郎は信じていた。こうして教員として頑張っていれば、再び両親との仲もよくなって、地元に帰れるのでは?


「ふーん」

「まぁ、色々あったけど、今日は飲もうや!」

「うん!」


 虎次郎は再びビールを飲んだ。色々つらい事があったけど、飲んで忘れよう。今日は新しい人生への第一歩だ。飲んで、これからの生活に期待しよう。


「実家に帰れなくて、つらいと思ってる?」

「うん。でも、安定した生活を送れるようになったら、また帰れるかなと思ってる」

「きっと帰れると信じてるよ!」


 高木は虎次郎の肩を叩いた。きっとまた、故郷に帰れる日々が来るだろう。そして、結婚したら、みんなから祝ってもらえるだろう。


「ありがとう」

「虎さん、あんなに将来を期待されてたのにな」


 高木は虎次郎の現役時代を思い出した。将来の日本代表候補として期待されながらも、ケガばかりで全く出場機会に恵まれずに引退した。プロって、こんなに厳しい世界なのかな? それを知って、高木は絶句した。


「うん。努力が足りなかったんだろうなと反省している」


 虎次郎はわかっている。自分は努力嫌いだから、こんな結果になったのだろう。だけどそれで、プロの厳しさを知る事ができた。だけど、過去はもう戻ってこない。


「だけど、この経験を教員で生かしていけばいいじゃないか」

「うん。そうだね」


 だが、虎次郎はしくじった経験を、これから教員で生かしていきたいと思っている。努力することの大切さを知る事ができたから、それを生徒に伝えていきたいな。


「俺、世界で活躍する時の糧になると思って、英語を勉強して、得意になったんだけど、まさか、教員として英語の腕が生かされるとは、思ってなかったよ」

「そうだね」


 高木は知っている。虎次郎は英語が得意だった。だがそれは、通訳や英語の先生ではなく、サッカー選手として世界で活躍し出した時のためになると思って、頑張っていたからだ。だが、ここで生かされるようになるとは、誰も予想だにしなかっただろう。


「虎さん、あの時と変わってないな」

「うん」


 だが、現役時代と変わっていない所もある。ハンサムな顔だ。そのハンサムな顔で、高校では一番人気で、女子からは絶大な人気だった。


「サッカーに対する情熱も変わってないようだね」

「うん。これからは俺がプレーするんじゃなくて、教えていくんだなと思うと、これからもっと頑張らないと」


 だが、現役時代と同じく、サッカーに対する情熱も変わっていない。それを中学校のサッカー部でも生かしていけたらいいなと思っている。


「確かに。第2のサッカー人生、頑張ってね!」

「うん」


 滝本からも期待された。ますます頑張らないとと思ってしまう。


「後輩だけど、教員としては先輩だから、わからないことがあったら、じゃんじゃん聞いていいんだよ」

「ありがとう」


 虎次郎は笑みを浮かべた。地元ではあんなに冷たい目で見られたけど、ここにいると問っても安心できそうだ。いい職場に恵まれたな。


「まぁ、堅苦しい事は考えずに、今日は飲もうよ!」

「うん」


 色々あったけど、今日から新しい人生のスタートだ。これまでの苦しい日々を考えずに、今日は思う存分飲もうではないか。




 そして、2時間に及ぶ飲み会が終わった。彼らは店の前にいて、しばらく余韻に浸っている。だけど、明日もまた仕事だ。早く帰って寝ないと。


「今日は俺のためにありがとう」

「どういたしまして、虎さん、これから頑張ろうね」


 虎次郎はほろ酔いでいい気分だ。こんなに酔ったのは、数年ぶりだ。


「ああ」

「じゃあ、おやすみー」

「おやすみー」


 虎次郎はみんなと別れた。そして、最寄りの駅に向かった。飲む事を考えて、今日は車で来ていない。


「はぁ、今日は楽しかったな」


 と、虎次郎は誰かの気配を感じた。だが、誰もいない。幽霊だろうか? 虎次郎は少しゾクッとした。


「あれっ!? まぁ、気のせいか」


 虎次郎はポケットからある物を取り出した。それは家族との写真だ。中学校を卒業し、サッカー留学する時に撮った。あれ以来、実家には帰っていない。実家はどうなっているんだろう。両親は元気だろうか? 会いたいけど、会えない。


「いつになったら帰れるんだろうな」


 帰れる日がなかなか来ない。いつになったら帰れるんだろう。

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