排水口

谷口みのり

本編

「あんたのこと好きにならないから。」

 電話越し、泣いていることを悟られないように、嘘を吐いた二十六時。苦しかった。彼が私を愛していて、私が彼を愛しているからこそつかなければいけない嘘だった。


 彼との共通点は、同じ学校の同学年ってことくらい。部活もクラスも違うし、ほとんど接点はないのに、なぜか彼は私に懐いている。いつ手懐けたのか覚えていないけれど、何かあれば頼りにされる。例えば、失恋したときとか。別に大したアドバイスもできないし、私は適当に相槌を打つだけなのだけど、事あるごとに彼から着信がある。多分、私は人より少しだけ人の話を聞くのが上手い。聞き上手ってやつ。こんなに簡単に信頼してくれるなら、悩める若者を集めて、いっそのこと教祖にでもなろうか、なんて考えていたときだった。彼からの着信。少し胸が高鳴るも、いつも通り布団にもぐり電話に出る。


「急にごめん。今、大丈夫?」

 優しくてずるい声。

「まぁ、大丈夫だけど、また何かあったの?」

「また別れちゃった。」

この台詞何回目だよ、なんて思いながら、私は頼れるあの子に変身する。

「あらま。今度はなにがあったの?」

「俺、もう誰も愛せないのかも。彼女の望みを通りに生きているはずなのに、空回りしてばっかりなんだ。」

こういうメンヘラチックなところも嫌いじゃない。

「望み通りって?」

「彼女、俺のこと大好きみたいで、かなり束縛が激しいんだ。女と話すなとか、何よりも私を優先しろとか。」

「なるほど。」

「だからさ、女友達の連絡先は全部消したし、無理してでも会いに行くし。それでも俺の愛は足りないらしくて。俺はどうしたらいいんだよ。」

とんでもない女だと思った。私ならそんな思いさせないのに、なんてヤリサーのあいつみたいな胡散臭いセリフがこぼれそうになった。

「それさ、彼女が病む前にあんたが死んじゃうんじゃない?」

「彼女のために死ねるなら、本望だよ。」

「いや、あんた既に病んでるから。一旦、離れて正解だと思うよ。」

頼れる私は模範解答を唱えた。私がもう少し悪くて、もう少しめんどくさかったら、私の望み通りになっていたのかもしれないのに。

「やっぱりそうだよね。君はいつも欲しい言葉をくれるね。」

「誰だと思ってんのよ。そのやばい女のことは忘れて幸せになりなよ、若者よ。」

彼から教えてもらった音楽が流れる生ぬるい部屋で、彼の幸せを願った。願うことしかできなかった。

「ありがとう。でもさ、また寂しくなったら電話かけてもいいかな。」

あぁ、本当に悪い男だ。人の気持ちも知らないで。それでも、彼の声が聞きたくて私はこう答えるしかなかった。

「もちろん。」

「ありがとう。それじゃあ、明日は朝から部活だから寝るね。」

彼が、おやすみと言う0.1秒前。私の方が早く、こう呟いた。


「私のこと愛の捌け口にしてよ。あんたのこと好きにならないからさ。」


あぁ今夜も、君の汚水と一緒に本音を呑み込む。

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排水口 谷口みのり @necoz

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