何もない消えない。簡単に。それで。喫茶。純なる。

感覚派図書館



 僕が道を歩く時には綺麗な人が隣にいた。僕自身は決して見た目がいいというわけでなく、服装見た目にいつも気を使うようにしている。でも僕の容姿は彼や彼女たちからすれば、見劣りするような大きなものだった。にも関わらず、僕の隣を歩く人はそういうことはまったく気にしないかのように振舞う。彼らはそれについて口に出すことや態度に出すようなことをまったくしなかったけど、僕自身はそのように感じた。そんなわけで僕としては結構気が楽になるもので、余計彼らに好感を持った。



  *



 これは、少し昔の話。それは僕がまだ高校一年の話。ある一人の女の子が軽トラックに轢かれ死んだ。その女の子とは別に付き合っていなかったけど、彼女もまた彼らと同じように僕の隣を歩く人だった。彼女が亡くなってしまったことで、僕は強く痛めた。決して泣くようなことはしなかったけど、僕の気持ちは沈み、日を追うごとに引きこもりのような生活を送るようになっていた。その当時僕は空想の世界に身を委ねることをよくしていた。もし彼女が生きていればということを何度も思いその度に僕はあの子が死んだということの事実を片時ではあれ、忘れることが出来た。そのことを知った当時僕はその行為に浸り、深いプールにより深く沈んでいくみたいに同じ行為を繰り返していた。だけどそれが終わってしまえば、空想の世界に浸る以前よりも僕はより一層重く苦しい気持ちに叩き落とされた。僕は自分の体を叩きのめされるのを防ぐように暴れ、もがいた。

 それからしばらくして僕は音楽を聴き始めた。イヤフォンで両耳を塞ぎ、声と演奏に浸りつくした。女性のアーティストはあまり聴けなかったけど、音楽を聴くことで僕はいくらかは幸せな気持ちになることが出来た。永遠に彼女のことを考え続けるわけにはいかなかったし、僕が想像していた彼女の像は、現実のあの子とかけ離れ過ぎるようになっていた。僕も現実の彼女の『死』を受け入れつつあったのだ。やがて僕は再び高校に通うようになった。以前よりも必死に勉強にはげんだし、部活も一生懸命に打ち込んだ。許可をもらってアルバイトも始めた。やがて僕は高校を卒業し、たくさんの恋をした。そしてそれはいつも綺麗な人だった。そういうことを僕は付き合っている女の子に話している最中だった。彼女は控えめにではあるけど、熱心に話を聞いているように見えた。

「どうして僕はこうも恰好よくないんだろうね。君とはあまりにも釣り合わなさすぎる気がするよ」

 僕がそう反省するように話すと、ナナカは右手に持った白いコーヒーカップを見つめながら口を開いた。

「でもそんな簡単に釣り合うようなことが世の中に多かったら面白くなくなるかもしれないじゃない、逆に。そうは思わない?」

「僕にはそうは思えないんだ。ナナカは僕がもっと格好いい男だったらとか思わないの?」

「あなたはいますぐにでもそんな恰好いい男になりたいわけ? そう考えるあなたのことは少し変えてやりたくなるわね」

「……ごめん。すまん」

「いいわよ、別に。それよりあなたはどうしてその子と付き合わなかったの?」

「うーん、どうしてだろうね。僕はまだその時バカだったから。自分の気持ちを上手く掴めなかったんだと思う。いまでもバカだけどさ」

「別に掴めなくても少しでも長く一緒にいようとする努力ぐらいは出来たでしょ? そうじゃない?」

「うん、確かにそうだ」

 僕は手元のコーヒーカップの中で静かにたたずんでいるコーヒーの波を見つめていた。

「思い出した?」

「うん、まあ。そうだね」

 気が付けば僕の目は涙でにじんでいた。あの時の光景、部屋。それを僕は思い出す。そこでは太陽がいつもより眩しく感じる。

「まあしばらくそうしていろよ。時間はまだあるから」

「僕はこれまでにたくさんの人を傷付けた気がする」

「まあ、そうかもね」

 彼女はそう言って微笑むと、コーヒーを一口飲んだ。僕は次に話す言葉を探そうとゆっくりと息を吐いた。確かに時間はまだあるのだった。




(了)

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