第11話 小鳥遊花梨について 後編①


「さて、問題は服装です!」


 喫茶店でパフェを食べ終わり、体重を重くする代わりに財布を軽くした俺たちは(財布を軽くしたのは俺だけだが)、とある服屋の前に到着した。

 花梨ちゃんは俺の手を握りながら、もう片方の腕を高くあげてびしりと服屋の看板を指さした。すらりと長い白魚のような指が艶めかしかった。指を彩るマニキュアがキラリと陽光に煌めいていた。


「別に新しい服はいらないんだけどな……」

「何言ってんですか!   こちとらここまでずっと恥ずかしい思いをしてたんですよ!」

「なんで?」

「お兄さんがそんなクソダサファッションで恐れ多くも私と手を繋いでいたからですよ!   ホント、顔から火が出るほど恥ずかしかったんですから!」

「それが人生の経験値になるんだぜ、花梨ちゃん」

「な、なんですかその台詞……格好いいですね!」

「……………………あ、そう」


 抜けてるところも可愛い花梨ちゃんであった。


 このままベラベラと服屋の前で話し込んでいても良かったのだが、店員の視線と通行人の視線が痛いということで花梨ちゃんは逃げるように店内へと入っていった。当然、手を繋いでいる俺も引きずられるように店内へ。

 店内に入ると、新品の服の匂いが微かに漂ってくる。

 目をあげると、そこには広大な服の海。正直全部同じに見える。


「さ、お兄さんはどんな服が着たいんですか?」

「なんでもいいよ。あれとかで」

「あれはレディースです。ちゃんと目付いてますか?」

「ちゃんと付いてます。あ、じゃああの服は?」

「あれもレディースです。ちゃんと玉付いてますか?」

「いやだからちゃんと──玉!?」


 どうやら花梨ちゃんにも梨乃の遺伝子が受け継がれているようだった。

 いや、というよりも梨乃と花梨ちゃんが両親からその才能を受け継いでいるのだろうか。

 だとするならば、その遺伝子の出処は…………。


 いや、よそう。俺は他人の家庭事情に口を挟むような野暮な男ではないさ。

 例え梨乃のお父さんが奥さんに少々尻に敷かれているからと言って、深く考えすぎるのは早計である。

 いやほんと、変な想像はよそう。


「お兄さん?   聞いてますか?」

「え、あ、ごめん。聞いてなかった」


 どうやら俺が様々な想像をふくらませている間にも花梨ちゃんは健気に話しかけてくれていたらしく、俯いていた俺を見上げるようにこちらを見ていた。その瞳には心配の色が滲んでいる。可愛い。

 その余りの可愛らしい姿に俺の妄想力は瞬間的に爆発し、僅か数秒にも満たない短い時間のうちに見事に花嫁姿の花梨ちゃんを脳内に描き上げた。

 花嫁姿(俺の脳内のみ)の花梨ちゃんは、俺の言葉を聞くや否や頬を膨らませ半眼でこちらを睨んできた。


「ちゃんと聞いてくださいよ!   大切な話なんですから!!」

「ちゃんと聞いてるって、ケーキ入刀はせーので入刀にしよう」

「……何言ってるんですか?」

「……なんでもない。忘れて」

「いや、忘れられません。録音したので後で一緒にお姉ちゃんと聞きますね」

「三万で勘弁してください」

「ちょっ、冗談ですよ!   冗談ですから店内で土下座しながらお金を差し出さないでください!   周りの目がヤバいですから!」


 命の危機に面し土下座を遂行する俺を、慌てて引き止める花梨ちゃん。甘いな、俺は命のためならなんだってする男なんだ。財布に忍ばせてある諭吉さんもあと1枚までなら渡せるぞ。

 花梨ちゃんは羞恥で顔を真っ赤にしながら(可愛い)、俺の腕を掴んでぐいと引っ張った。


「とにかく、各々店内を巡り歩いて、いいなと思った服を持って集合ってことで!   いいですね!」

「はいはーい」


 そんなに恥ずかしがることないじゃないと言いたいところだったが、肩を怒りで震わす彼女の姿を見ていたら冗談も言えなくなってしまった。耳を澄ますと、何やらブツブツと呟いている。


「……友達とかともよく来るお店だったのに、もう来れないじゃん……」


 なるほど、これは怒って然るべきである。デートもどきのために連れてきた彼氏役の案山子がプライベートまで侵略し始めたら、それは気分もよろしくなくなるだろう。反省反省。

 どすどすと服を求めて歩いていく花梨ちゃんの後ろ姿に小さく謝罪をすると、俺も自分の服を探すべく足を踏み出した。



 ▼



「それで、見つかりましたか?」


 数十分後、服をどっさりと持った花梨ちゃんと合流。その服の量にうんざりしながらもとにかく試着室へと歩みを進める。

 花梨ちゃんは俺の方を胡乱げに見つめると、吐き捨てるように言った。


「お兄さん、全然服選んでないじゃないですか。何やってたんですかさっきまでの時間」

「俺は少数精鋭派だからね」

「はいはい、そうですか。それで、何選んだんですか?」

「このジャージとかオシャレじゃない?」

「なんで生きてるんですか?」

「ほほほ、なかなか心を抉りよる」


 花梨ちゃんの心無い言葉に少なからず傷つきながら(ジャージは試着もせずにバイバイした)、試着室に到着する。


 花梨ちゃんは手に持っていた服をこちらに寄越すと、面倒くさそうに言った。


「はい、じゃあこれ着て見せてくださいね!   似合ってるのあるかどうかチェックするんで!」

「はいよ、ちょっとまっててね」


 試着室のカーテンを閉め、閉鎖的な空間に身を委ねながらため息を吐く。目の前にはどっさりと積み上げられた服の山。男にはこれほどの量の服は要らないのだが、どうしたものか。


 とりあえずまずは試着しなければならない。俺はげんなりしながらも、服の山に手をかけた。



 ▼


(描写がめんどうくさいのでファッションチェックシーンはカット)



 ▼



「よし!   完璧ですよお兄さん!   さっきのクソダサファッションが嘘のようです!」

「さっきとそんな変わらんだろ」

「こっちの方が百万倍いいですよ」


 カーテンを開け新たな服をまとった俺を見て、花梨ちゃんが目を輝かせる。

 ちなみに花梨ちゃんが選んだ服は黒のジーンズに白のスウェットという簡単なファッションである。正直先程と何が違うのか分からない。


「ていうかちょっと暑いんだけど」

「我慢してください」


 冷たすぎて泣きそうだ。


「それでお兄さん、その服買うんですか?」

「買おうかな、なんだかんだ服が多いのに越したことはないし。花梨ちゃんはなんか買わないの?」

「うーん……買いたいんですけど、あんまり持ち合わせが」

「そりゃ残念だ。さっき花梨ちゃんに似合いそうな服あったのにな」

「どうせ童貞趣味丸出しの服でしょう」

「そういう事ってね、人が傷つくから言っちゃいけないんだよ?」

「じゃ、私外で待っときますね」


 俺の嘆きの言葉を無視して歩き始める花梨ちゃん。俺は元々着ていた服に着替えるために、再び試着室のカーテンを閉めた。

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