第12話 小鳥遊花梨について 後編②





「随分と遅かったですね」

「まあ色々ね。じゃあ次どこに行く?」

「公園に行きましょう」

「公園ね、おっけー。ポケ〇ンGOか?」

「デート中にポケ〇ンGOするヤバいやつなんていませんよ」

「君の姉だぞ」

「情けない姉でホントにごめんなさい」


 大きなため息を吐く花梨ちゃん。長い睫毛が憂いを帯びた色に染る。


「とにかく、公園でゲームはしないんでその携帯はしまっててください」

「え、じゃあ何すんの。遊具?」

「いい年こいてなんで遊具で遊び呆けなきゃいけないんですか」

「意外と楽しいぞ」

「聞いてないです。……お弁当ですよ、お弁当!   公園デートでお弁当は定番なんですから!」


 頬をふくらませながら繋いだ手をぎゅっと強く握りしめる花梨ちゃん。その怒りの表現の仕方の可愛さにクラクラしながらも、疑問に思ったことを口に出す。


「花梨ちゃんって料理作れたっけ?」

「作れませんよ?」

「なんで自信満々なの……ていうか手ぶらじゃん。その弁当とやらはどこに?」

「今から買いに行くんですよ」

「まさかの市販。ていうか今もうお昼って時間じゃないし」


 現在午後の三時。


「デートに時間は関係ないんですよお兄さん。そこに愛があればね」

「え、ああ、うん」

「まさかのヒキ気味。いつもみたいにノッてきてくださいよ。私がヤバいやつみたいじゃないですか」

「お弁当ってスーパーで買うの?」

「…………もういいです」


 拗ねたのか、ぷいとそっぽを向くギャル風美少女。なんだこの破壊力。天使か? 


「そんな怒んないでよ、可愛い顔が台無しだよ?」

「なんでそんな歯の浮くような謝罪の仕方なんですか。絶対ふざけてますよね、許しません」

「参ったなぁ、今のが精一杯の謝罪なんだけど」

「そうですか、ならお姉ちゃんにお兄さんがセクハラしてきたと言っておきますね」

「マジで許してホントにお願い一生の」

「見事なくらいに無様になりましたね」


 そんなくだらない会話を繰り返しながら、スーパーへと向かっていく。

 繋いだ手の違和感は既にどこかへ行っており、まるで昔からこうしていたかのようだった。



 ▼



「はい、あーん」

「あーん……。うわ、めっちゃ美味い」

「そうですか?   なら嬉しいです」

「生産者であるスーパーのおばさんの顔が目に浮かぶよ」

「三回ほどビンタさせてください」


 時刻は四時を回ったあたり。俺たちは無事スーパーで弁当を買って、公園でそれを食べていた。チンしたばかりなので程よい温かさの弁当が体内を駆け巡り、歩き回ったせいで疲労困憊の体に力を与えてくれる。

 既に写真は撮られている。デートという設定も忘れてはいないようだ。


「そういえば、お兄さんに質問があるんですけど」


 唐突に、花梨ちゃんがそんなことを尋ねてきた。

 俺は弁当を食いながら、適当に答える。


「答えれる範囲の質問なら答えるけど」

「いつお姉ちゃんとくっつくつもりなんですか?」


 ぶひゅー。


 弁当を吹き出す音が小さな公園に響く。俺の目の前で可愛く小首を傾げていた花梨ちゃんの顔は、瞬く間に米だらけになった。


「うわ、汚っ!   何するんですかお兄さん!!」

「これはマジでごめん!   ちょっと待って、はいティッシュ」


 ふきふきと顔を拭く花梨ちゃん。意外なことに、あまり怒っていないようだった。


「いや、まあ質問が質問だったので不問にしますけど……それより、返答を求めます」

「……黙秘権を行使します」

「バーリアッ!   はいその黙秘権無効ー!」

「子供か!   ていうか黙秘権は自分に使うタイプの技だから!」

「いてつくはどうです。その黙秘権の効果は消えました。さっさと答えてください」

「なんだお前暴君か?」


 なんとか回答から逃げようと言葉巧みに逃げ回ろうとするが、意味を成さない。花梨ちゃんの目がマジである。

 腹を括り口を開く。


「別に、梨乃とそういう関係になりたい訳じゃないしさ、どう答えていいかわかんないな」

「まだそんなこと言ってるんですか。傍から見ればバレバレですよ」

「……そんなもん?」

「そんなもんです。まず毒舌を振りまくお姉ちゃんに好意的な人間はお兄さんの他肉親しかいませんから」

「アイツぼっちだったのか」

「ええ、ぼっちもぼっち、ドボッチです。たまごっちの新キャラのドボッチです」

「謎かけが得意そうな名前だな」

「お姉ちゃんとかけまして、一寸法師と解きます」

「その心は」

「どちらも友(共)がいないでしょう。ドボッチです! ……って何やらせてんですか!」

「わりかし上手いね」

「話を変えないでください!   お姉ちゃんといつくっつくんですか!」


 目を三角にした花梨ちゃんが問い詰める。だが、そんなこと言われたって本当にくっつく気なんてないのだからしょうがない。


「本当に、そんな急いで関係を深めたいわけじゃないからね。ゆっくりやってくよ」

「そんなこと言って、取られても知りませんよ?」

「俺が?」

「金的かケツバット、選んでください」

「許して」


 ため息を吐く花梨ちゃん。落ちてきた太陽と寂れた公園、その中心で微かに目を伏せる憂いを帯びた表情の美少女。退廃的な世界が広がっていた。


「まあともかく、梨乃とはこれからも仲良くしてくよ」

「まあ、それは普通にありがたいことですけど……あーあ、なんだかもどかしいですねー」

「人生なんてそんなもんさ。あ、ご馳走様」

「お粗末さまでした。じゃ、帰りましょうか」


 立ち上がる花梨ちゃん。俺は彼女が歩き始める前に、手に持っていた紙袋を彼女の目の前に差し出した。


「その前に、はいこれ」

「……なんですかこれ?」

「プレゼント。どーぞ」


 おずおずと、花梨ちゃんは紙袋を手に取った。中身は先程の服屋で俺が見つけた、花梨ちゃんに似合いそうな服である(花梨ちゃん曰く童貞くさい服らしい)。


 紙袋の中身を確認した花梨ちゃんはしばしの間呆然としていたが、すぐに我に返ってぺこりとお辞儀をした。


「あ、ありがとうございます。サプライズ過ぎて結構驚いてます……あ、お代は後で渡しますね」

「いやいや、プレゼントだから金はいいって。今日のデート代」

「そう、ですか……ならありがたく貰いますね」


 そっと紙袋の中にある服を取り出す花梨ちゃん。そのまま服をじっと見て、色々と確認したあと、こちらを向いてニヤリと笑った。


「やっぱ童貞感丸出しじゃないですかお兄さん」

「…………うっせ」


 それでも、やはり俺が選んだ服は花梨ちゃんに似合っていた。



 ▼


 帰宅した花梨は、リビングのソファに寝転がりながら漫画を読む姉、小鳥遊梨乃を見てため息を吐いた。


「ただいま」

「おかえり。随分遅かったのね」

「ちょっとねー。お姉ちゃんはお兄さんの家にいたの?」

「それがあの有袋類、留守だったのよ。腹立たしい」

「いつからお兄さんは有袋類になったの……?」


 起き上がる梨乃。その視線は吸い込まれるように花梨の持っている紙袋に行った。


「服買ったの?   見せて」

「へへー、これ!」

「……うわー、なんていうか……その……」

「童貞くさい、でしょ?」

「そういう言葉は使っちゃダメよ、花梨」

「はいはーい。ま、これは大切なプレゼントだからね、部屋着にでもするよ」

「なに、今日はデートだったの?」

「んー、まあそんな感じかな」


 その言葉に、梨乃がにやりと笑う。彼女が時折見せる、意地の悪い笑みであった。

 再びソファに仰向けになって寝転がった梨乃は両手を上に伸びして漫画を読み始め、意地悪い声音で言う。


「あらあら、大人になったのね、花梨も」

「お姉ちゃんが子供過ぎるだけだよ。いつ有袋類さんとくっつくのさ」


 がつん。


 読んでいた漫画を落とし額にぶつけた音が響く。


「な、何を言ってるのかしら」


 額を押え、涙目になりながら梨乃が花梨を睨む。しかし花梨はどこ吹く風。そっぽを向いている。


「べっつにー、早くしないと取られちゃうかもよーって話」

「取られるって、私が?」

「…………はぁ」


 再び大きなため息を吐く花梨。多分、彼女の中には一抹の幸せすら残っていないだろう。

 そして、ちらりと手に持っている服を見てから、満面の笑みをうかべ答えた。


「ううん、お兄さん!」


 そしてそのままリビングを出て、自室へと帰っていく。

 残された梨乃はぽかんと口を開いて、その後ろ姿を見ていた。


「…………変な子」


 そして再びソファに寝転がり──今度は横向きに漫画を読み始めたが、何かが気になるのかすぐに起き上がって、携帯を取りだした。


 そして数少ない連絡帳に載っている一人の男の名前を押して、電話をかける。

 その横顔は、なんだか幸せそうなものだった。


「……もしもし。…………いや、特に用事はないけれど……っていうか、今日なんで家にいなかったのよこの有袋類。…………え?   デート?    ちょっと待ってなさい、今すぐそっち行くから。拒否権?    バリアよバリア、そんなの無効だわ」



 幸せそうだった…………。





 おまけ



『ケーキ入刀はせーので入刀にしよう』


「…………ふふっ」

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