第2話 好きな人の手作り弁当……だと!?

 翌日の昼休み。


 僕は八坂さんに声をかけられ、昼食の総菜パンを片手に中庭へと同行した。

 僕らが向かったのは花壇を見渡せるベンチ。

 そこへ、八坂さんは腰かける。


「……森野くん、何してるの?」

「え? あ、えっと、」


 僕はどうしていいか分からずに、直立していた。


「もー。遠慮しないで」


 八坂さんはそんな僕を見かねて、ベンチの空いたスペースをぽんぽん叩き、着席をうながした。


「じゃあ……お言葉に甘えて」


 ベンチに座ると、当然ではあるが八坂さんの肩と僕の肩が触れるほどの至近距離となった。

 心臓が高鳴り過ぎてやばい。落ち着け、僕。八坂さんは僕の話を聞きたいだけだ――


「……森野くん?」

「ひゃいっ!?」


 しまった、緊張のあまり変な声が出てしまった。


「あはは! もう、なに緊張してるわけー?? 教室でいつも隣同士だし、いつもと一緒じゃん」

「あ、あはは。そうだね」

「……そんなに緊張されると、私まで意識しちゃうし」

「え?」


 八坂さんの言葉と、それに対する僕の反応で、しばし沈黙が降りた。


「あー、こほん……っていうか森野くん、お昼ご飯それだけでしょ?」


 八坂さんはあからさまに話題を逸らし、僕の手に握られた総菜パンを見つめる。


「いっつもパン一個とかだよね」

「まあね。少しでも早く食べて、昼休みを読書に費やしたいんだ」

「なんか森野くんらしいね。でも、育ち盛りの高校生がそんなんじゃいけません」


 そう言って彼女は、「はい」とお弁当箱を差し出した。


「こ、これは?」

「お弁当。多めに作っちゃったから、良かったら……どうかな?」


 信じられない展開に思考が追いつかない。

 どうやら僕は、憧れの女の子から手作り弁当を受け取ったらしい。

 いや、これはあれだ、彼女の言葉通り余っただけで他意はない。きっとそうに違いないのだ。


「ありがとう。いただきます」


 されどいただかない理由などない。さっそく包みを開け、お弁当を開く。

 そこにはバランスよく彩り豊かな料理が並べられていた。

 明らかに余り物のクオリティではないのが見てとれる。


「……」


 僕はそれを、しばし無言で味わった。


「……どうかな?」

「……」

「……?」

「……うぅっ」


 気付けば、頬に涙が伝っていた。


「森野くん!? ご、ごめんなさい。美味しくなかった?」

「違うんだ。美味し過ぎて……」


 味もさることながら、好きな人からの手作り弁当ということで感動を禁じ得なかった。


「も、もう。びっくりしたじゃん! ……でも、美味しいって言ってくれて、ありがと」


 八坂さんは綺麗な黒髪をいじりながら、照れくさそうに言った。

 この反応、もしかして八坂さんって僕のことが……って、ないないない。

 勘違いしそうな思考を振り払うように、お弁当を味わう。


「ところで、森野くんっていつから虫が好きなの?」


 そうだ、そういえばそうだった。僕の話が聞きたくて、八坂さんは僕をお昼に誘ったのだった。


「かれこれ幼稚園の頃くらいからかな。家に沢山図鑑があって、物心ついたころには読んでたんだよ」

「へえー、そんな小さい頃から図鑑とか読んでたんだ」

「そうなんだよ。五十音も虫の名前で覚えた」

「あはは。それは、虫の名前も覚えるよね」

「そうそう。それで言うと、『あ』はね、『アレクサンドラトリバネアゲハ』で覚えた」

「え? アレク……?」

「アレクサンドラトリバネアゲハ。南国に生息する世界最大の蝶の名前さ。あまりにも大きいから、鳥と間違えて鉄砲で撃たれたことがあるって話まであるよ。すごいよね」

「……」


 話し終えた僕は、ぽかーんと口を開けた八坂さんを見て激しく後悔した。


 しまった、しゃべり過ぎたあああ!!


 これ絶対ドン引きされるパターンだわ……と焦燥に駆られつつも、アフターフォローを試みる。


「ごめん、急にめっちゃしゃべって。引いた……よな」

「ふ、ふふふ……ううん、そんなことないから、安心して?」


 八坂さんは思いのほか、楽しそうに笑ってくれていた。しかし僕の今の話、そんなに面白いとこあったか?


「私ね、好きなものを追いかけてる人って好きなの」


 あー、なるほど。そういう感じか。


「だからね、森野くんが好きなものについて話しているの見て、いいなって思ったんだ」


 彼女の言葉で、僕は顔が熱くなってくるのを感じた。

 仕返し、というわけでもないが、僕も少しでも想いを伝えるべく口を開く。


「八坂さんも、好きなものあるよね? 花とか」

「うん、好きだよ。すごく好き」

「だよな。花壇を眺めているときの八坂さんの顔、めっちゃ良かったもん」


 僕がそう言うと、八坂さんは顔をほんのりと薄桃色に染めた。


「……よく見てるじゃん。さすが、博士だね」

「ま、まあね。観察力にはちょっと自信があります」

「ふーん。ま、私の方が博士くんのこと、ちゃんと見てるよ?」


 八坂さんは可愛らしく小首をかしげ、僕を見る。

 ……っていうか、今、さりげなく下の名前で呼ばれなかった!?


「へ、へえ。たとえば、どんなところを見てるんだ?」

「私、読書してる時の博士くんの顔とか、よく見てるよ」


 そういえばチラチラと視線を感じることがあった。

 あれは気のせいでは無かったのだな。


「なんでまた、僕の顔なんて?」

「読書してる時の博士くんの顔がね、その……好き、なの」


 彼女はそう言うと、顔を近づけてきた。

 近い。近すぎて僕の精神がどうにかなりそうだ。


「や、八坂さん、」

「……愛奈美」

「えっ?」

「愛奈美って、呼んでよ」


 八坂さんはどこか熱っぽい視線を向けてきた。

 ……これ、夢じゃないよな!?

 けれど、夢じゃなくて現実だった場合、憧れの人と距離を詰めるまたとないチャンスでもある。


「愛奈美、さん」


 僕は目の前の出来事が夢ではないことを信じ、意を決して八坂さん……いや、愛奈美さんの名前を呼んだ。


「博士くん……」


 すると彼女も僕の名前を呼び、とろんとした目で僕を見つめた。

 そのまま僕らは、しばらく見つめ合っていた。


 が、ふと辺りを見れば、いつの間にか複数人の生徒にじろじろと見つめられており、それに気づいた僕らはあわててたたずまいを正した。


「あー、もうこんな時間だ! 急いでご飯を食べないとー!」

「そ、そそそうね。早くしないと、お昼休み終わっちゃうねー!」


 僕と愛奈美さんはわざとらしく大きな声で話すと、何事もなかったかのように、お弁当を口に運んでいった。「あ~、青春~」「うふふ、初々しい~!」などと口々にしながら、外野の生徒たちはその場を去って行った。


 ——ちっ、気に入らねえ


 苛立たしげな声が聞こえて見回したけれど、敵意ある視線を向けて来る生徒の影は見つからない。


「博士くん、どうかした?」

「いや、何でもない」


 僕は気のせいだと思うことにして、その後は緊張しつつも愛奈美さんとのランチタイムを楽しんだ。



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