第3話 許さない……!!

 愛奈美さんとお昼を共にしてから数週間。

 僕は夢のような日々を送っていた。


「はー、今日も愛奈美さん、可愛かったなあ……」


 あれから毎日のように、僕は愛奈美さんとお昼ご飯を食べた。

 休み時間や登下校の際に話すことも増え、以前からすると明らかに距離が縮まっている。


「っていうか今度の日曜日、何着ていこう?」


 それというのも愛奈美さんとの約束で、週末に植物園に行くことになったのだ。


「前日までに準備しておくとしよう」


 思わず口に出しながら、僕はるんるん気分で帰宅の途に就こうとしたのだが。


 ——帰り際に花壇の様子でも見ておくか


 と、本来は通る必要のない花壇へと向かう。


 ……べ、別に、園芸部として活動中の愛奈美さんに会えるかもとか、そういう魂胆はない。


 あくまでも経過観察がしたいだけだ。


「ん、あれは――」


 人影に気付きそっと物陰に隠れる。

 花壇の前に、愛奈美さんと日野、そして日野の取り巻きの姿があった。


「何の用?」

「いやあ、今日はお花の世話でもさせてもらおうかと思ってねえ。な、お前ら?」


 日野が言うと、取り巻きたちがへらへらと笑った。


「……花壇の世話は園芸部の仕事。けっこうよ」

「そう言うなって。つーか八坂、お前最近、好きなやつでもいんの?」


 言うや日野は、愛奈美さんに詰め寄った。


「なんかやたらとあの陰キャ虫オタクに絡んでるしさ。なに、好きなの? ハカセのこと」

「は? なんで博士くんが出てくるわけ?」

「あるえええ? 下の名前で呼んでる~?」

「っ……」


 愛奈美さんはとっさに口元を塞いだが、出ていった言葉はもう戻らない。


「なんか赤くなっちゃって可愛いんですけど~」

「うるさい。からかいに来ただけなら帰ってくれる?」


 そう言って愛奈美さんが花の世話に戻ろうとすると――

 日野が愛奈美さんの手首をつかんだ。


「……ちょっと、離して」


 愛奈美さんは日野の手を振り払う。


「いいじゃん別に。ハカセのことは好きでも何でもないんだろ~?」


 日野はしつこく愛奈美さんに詰め寄った。


「だから、なんで博士くんのこと聞いてくんの? あんたたちには関係ないでしょ!」

「おまえさ、俺の女になれよー。あんな陰キャとつるんでると、せっかくの美人が台無しだぜ~?」


 そう言って日野は愛奈美さんの肩をつかんだ。


「ちょっと……いい加減にしてっ!!」

「ッ……」


 愛奈美さんは日野を突き飛ばし、鋭い目つきでにらみつけた。


「博士くんは好きなことに一生懸命な素敵な人よ。それをいつもいつも見下して馬鹿にして……そんなやつになんて、触られたくない。彼女になるだなんて、死んでもお断りよ!」


「調子に乗りやがって……!」


 日野は起き上がると、愛奈美さんを野蛮な目で見た。


「おい、お前ら。こいつ抑えとけ」

「きゃっ、何するわけ!?」

「へへ。何かって? 言っただろ、花の世話だよ」


 そう言って日野は腕をまくる。


「まあ、ちょ~っと手元がくるって、花が折れちゃったりするかもしれないけどなぁ?」

「いや……放して! やめて!!」

「アッハッハッハ!! お前はそこでおとなしく、大切な花壇が踏み荒らされるのを見とくんだなあ!!」

「やめろよ」

「あん?」


 気づけば、僕は奴らの前に跳び出していた。


「博士くん!?」

「お前ら……愛奈美さんにひどいことしやがって……!」

「はは~ん? 大切な女の子のピンチにヒーロー気取りで登場ってか? ひゅー、かっこいい」


 日野と取り巻きたちは、げらげらと笑った。


「愛奈美さんが大切にしている花壇を荒らそうとしたよな?」

「それがどうかしたのか? たかが花だろ」


 日野の発言を受け、僕の中で何かが切れた。


「どれだけ愛奈美さんがこの花たちの世話をしているか知ってるか?」

「ああん? 知るか、んなもん」

「雨の日も風の日も、花の状態から土の具合まで、毎日毎日……大切に世話していることくらい、このキレイな花壇を見ればわかるだろ!」


 僕は我を忘れて、日野に向かって叫んだ。


「けっ、花を折るくらいで大げさな。お前らの青春ごっこ、見てて気持ち悪りいんだよ! おいお前ら、あの陰キャにお灸を据えてやれ!」


 日野はそう言うと、取り巻きたちに目くばせした。

 しかし彼らに動きはない。


「おい、どうした? 早くしろ!」

「ひ、日野さん……」


 取り巻きのひとりが僕の方を指さし、がたがたと震え出した。


「ん? ……げっ!?」


 日野も僕を見て、目を見開く。

 やつらの目に映ったのは――


「スズメバチの巣!?」

「ご名答。まだ寝てるけど、そろそろ起きると思う」


 僕は手に持ったそれを見せつけながらニタアと笑い、できるだけ不気味に見えるように装った。


「お前らが悪いんだぞ。お前らが、愛奈美さんの笑顔を奪おうとしたから……!!」

「ひぃ……! や、やめろ……!!」

「お前らなんか……ハチの巣にしてやる!!」


 僕は思いっきりスズメバチの巣を投げつけようと、振りかぶる。

 すると、ハチたちがどこからともなく現れ、やつらに襲い掛かった。


「ハ、ハチの大群……!? お前ら、撤退、撤退だ!!」

「ひいいいいいい!!」


 日野と取り巻きたちは愛奈美さんを置いて全速力で逃げ去った。

 やつらの背中を無数のハチたちが追いかけていった。


「愛奈美さん、大丈夫!?」

「博士くんっ! 私は平気。けど、それは?」


 愛奈美さんはスズメバチの巣を見て言った。

 振りかぶっただけで、実際には僕の手元に残ったままの、それ。


「ああ。これ、実は空っぽなんだ」


 僕が巣を叩くと、空洞であることを示すように音が鳴る。


「護身用に補助カバンの中にいつも入れてるんだよ。これを見せれば、大概の相手は逃げ出すからね」

「護身用にスズメバチの巣を持ってる人、初めて見たわ……。でも、さっきのハチたちは?」

「あれはミツバチさ。いつも花壇を飛び交っている、あのミツバチ」


 それを日野たちは、僕の仕草も相まって凶暴なハチだと見誤っていたみたいだけれど。


「でも、なんで急に湧いて出たんだろう? 巣が襲われでもしない限り、ミツバチが人を襲うことはめったにないはずなのに」


 いつも花壇を世話してくれる愛奈美さんを守るために、ミツバチたちも協力してくれた……なんて、そんな都合の良いことは無いと思うけれど。


「ふふふ。びっくりしちゃった。博士くんが虫たちを操ったのかと思った」

「ははは……さすがにそんな力は僕には無いよ」


 僕と愛奈美さんの間に、さっきまでのことがウソみたいに、弛緩した空気が流れる。

 そしてしばらく沈黙した後、


「「あ、あの!」」


 口を開いたタイミングが重なって、微笑み合う。


「……愛奈美さん、良かったら一緒に帰らない?」

「……うんっ!」



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