学年一の美少女クラスメイトが、カースト底辺の虫オタクな僕のことを好きって嘘ですよね?

こばなし

第1話 もしかして……?

 僕は森野博士もりのはかせ

 虫が大好きな僕は、騒がしい休み時間の教室で、今日も今日とて昆虫に関しての参考書を読んでいる。


「おいハカセ。今日も虫みたいな顔してんなー」


 ニタニタとした笑い声に顔を上げると、クラスメイトの日野ひのたけると、その取り巻きが絡んできた。


「そんなに虫の本ばっか読んでると、虫になっちまうぞ?」

「たまには俺らの遊び相手になってよ~」

「そうだ、虫ごっことかどう? 俺たちが害虫駆除業者で、ハカセが害虫役」


 彼らはひと通りしゃべると、何がおかしいのか「ぎゃははは!」と教室中に響く声で笑った。

 僕は無視を続けるつもりだったが、周囲のクラスメイトからの迷惑そうな視線にいたたまれなくなり、口を開く。


「……ごめん。もうすこし、静かにしてくれないかな?」

「なにぃ? 陰キャの分際で調子のんじゃねえぞ、このクソ虫が!」


 僕の言葉に逆上した日野は、僕の胸倉をつかんできた。

 そこへ少し離れた場所から鈴の鳴るような声が飛んでくる。


「ちょっと日野くん。何してるの?」


 声のした方を見れば、学級委員長の八坂やさか愛奈美まなみさんが仁王立ちしていた。


「さっきから見てたけど、そんなに騒がしいとみんなに迷惑でしょ」


 八坂さんが毅然とした態度で言うと、日野は周囲を一瞥し、舌打ちした。


「んだよ、ちょっとからかっただけだっつーの」


 日野は捨て台詞を吐くと「行こうぜ」と言って、取り巻きを連れて自分の席に戻っていった。


「や、八坂さん。助かったよ」

「ううん、私は何もしてないよ。自分の席の周りがうるさくて嫌だっただけ」


 そう言って八坂さんは僕に優しく微笑みかけると、彼女の席である僕の隣に着席した。

 こんなふうに堂々としていて、それでいて誰にでも優しい彼女は、クラスだけでなく学年の中でも人望を集める人格者。

 そんな彼女に、僕は憧れを抱いていた。


 もっと簡単に言うと――彼女のことが好きなのだ。


「……八坂さんって、やさしいよね」


 僕は思わず、そんな言葉をぽつりと漏らした。

 すると八坂さんは顔を紅潮させて、慌ただしく手を振った。


「え!? い、いや、そんなことないから。ほら、読書中だったんでしょ? いいから本読んでて!」


 言われた通り、僕は読書に戻った。

 読書中、となりからチラチラと視線を感じたが、必死で気にしないようにしていた。







「さーて、今日は何の虫のことを調べようかな~……ん、あれは……?」


 帰宅後の予定を考えながら歩いていた、ある日の放課後。

 ちらほらとミツバチの飛び交う花壇の前で、うずくまっている八坂さんを見つけた。


「はー、どうしよう」


 彼女はため息をつきながら、花壇に植えられた花を見つめている。

 どうやら困っている様子だ。


「どうしたの? 八坂さん」

「あ、森野くん。実はね……」


 そう言って彼女は目の前の植物を見る。

 僕は彼女の視線の先にあるそれを見て、あることに気付いた。


「もしかして、アブラムシで困ってる?」

「そうなの」


 アブラムシは植物の茎や葉にくっつき、植物の汁を吸う。

 それが原因で植物を枯らしてしまうこともある害虫だ。

 園芸部として花壇の世話をしている八坂さんにとって、悩みの種になっているようだ。


「農薬を使うっていう手もあるけれど、なるべくそういうのに頼らないで育てたいと思ってて」

「なるほど……」


 どうやら、ここは僕の出番らしい。


「八坂さん。僕にちょっと提案があるんだけど、聞いてくれるかな?」

「え、森野くん、なにか策があるの?」

「ああ。伊達にハカセって呼ばれてないからね」


 その後僕は八坂さんとある約束をし、その日は帰宅した。







 翌日の朝、僕はあるものを持って約束通り八坂さんと花壇で待ち合わせた。


「森野くん、それが例の……?」


 八坂さんが大きな瞳で見つめるのは、僕が手にした虫かご。

 その中に無数にうごめくのは――


「そう。ナナホシテントウの幼虫さ」


 テントウムシは肉食で、アブラムシを餌として捕食する。

 益虫として意図的に花壇や畑に放たれることも多い。


「す、すごい数だね。一日で集めたの?」

「うん。家の近くに畑があってね。沢山いたからすぐに集められたよ」


 実際は採集にかなりの時間を要したが、八坂さんに気を使わせるわけにはいかないので伏せておく。


「じゃあ、さっそく放つね」

「お、お願いします!」


 僕はナナホシテントウの幼虫を、花壇に放った。

 幼虫たちはすごい勢いでアブラムシを捕食しだした。

 ギャ〇曽根も真っ青になるほどの早食いだ。


「わあ、いきなり食べてる……!」


 八坂さんはその様子を目を丸くして眺めていた。

 僕は八坂さんが興味津々になってくれたことに嬉しくなり、思わずほくそ笑んだ。


「森野くん、すごいね。ここまで劇的だとは思わなかった」

「ううん、すごいのはテントウムシさ。あと、念のために虫よけ効果のあるローズマリーのスプレーも持ってきたよ」

「ここまでしてくれるなんて……本当にありがとう」

「そ、そんな。いつも八坂さんにはお世話になってるから、これじゃ恩返しにもならないよ」

「そ、そう? それじゃあさ……」


 そこで八坂さんはいったん言葉を区切ると、言いにくそうに下を向き、頬を朱に染めた。


「もっと森野くんにいろいろ教えて欲しいな……?」


 八坂さんはそう言って、上目づかいで僕をまじまじと見つめた。

 いつもの堂々とした態度とのギャップに、僕の心臓はとくんと跳ねた。


 ちくしょう、可愛い!


「も、もちろん、いつでも、何でも聞いてよ」

「やった! じゃあさ、明日のお昼休みとか時間あるかな?」

「大丈夫」

「ありがとう。私が声かけるから、予定空けといてね」

「う、うん」


 八坂さんはそう言うと、「じゃ、また教室で!」と足早に去って行った。

 僕の頭は憧れの女子との急激な接近により、オーバーヒート寸前だった。



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