デビューしよう!

「いやぁ〜記念すべきデビューだね〜!」

 目の前で腰に手を当てて高笑いしているのは俺の幼馴染。俺はそれにじっとりとした視線を向けた。

「・・・・俺まだVtuberになるとか言ってないんだけど」

「大丈夫!ガワも身バレ対策もばっちりだから!」

「どこがだよ」

「じゃあ前世バレ対策?」

「お前Vtuberになるの初めてだろうが」

 そもそも『前世』ってなんだよ。俺に前世の記憶はねぇよ。

 そう突っ込みたかったが、どうにもこの業界の言う『前世』とは一般人の思うそれとは異なるらしい。

 

 視線を幼馴染に向けると、ぐっ、と親指を出して俺にドヤ顔を向けてくる。何にドヤってるのか全くもって分からないが、とにかくうざい。

 今回のこいつの思いつきは、『Vtuberになろうぜ』というもの。

 ぶいちゅーばー、とやらを全くもって知らない俺だったが、この幼馴染のことだ、拒否権もクソもないだろう。

 というかこいつとの記憶を思い返せば、奴が学校をハイジャックしたことだったりとか、グラウンドを耕したことだったりとか、それはもう地獄のような思い出しか出てこない。しかも、それを後始末するのは自分っていうのが笑えない。

 黙っていれば美少女と言われかねない見た目をしているが、行動を見れば天変地異と大差ないのがこの幼馴染だ。

 

「大体、機材は用意したのか?WEBカメラとか、色々いるんだろ?」

「おっ!昨日みっちり教えた事をもう吸収してる!」

 そう。実は俺が今回の思いつきを伝えられたのはつい数日前、そして機材やら何やらについて知ったのは昨日である。

 この幼馴染の起こす厄介ごとに突然巻き込まれる経験は星の数ほどあるが、流石にあんまりである。

 うんざりとする俺をその気にさせようとしたのか、この幼馴染は何やらはやし立てる。

「流石我が相棒!よっ涼森 千隼すずもり ちはや!」

「フルネームは褒め言葉にカテゴライズされないぞ」

「知ってる」

「おい」

 さっきこいつから放たれた『涼森 千隼』というのは俺の名前だ。

 そして今更だが、コイツの名前は天野宮あまのみや 美納葉みなは。一応は幼馴染に分類される生物だ。見た目に関して言えば黒髪ロング?って髪型をしてるということぐらいだろうか。「黒髪ロング美少女の私が〜」とか自分で喋ってたから間違いではないはずだ。

 

 ・・・・さて、この美納葉。見ての通りの猪突猛進、一点集中考えなし。

 良く言えば純粋、悪く言えば馬鹿の幼馴染に胃を痛める日々だ。因みに学力的な意味では美納葉は馬鹿じゃない。むしろ天才の部類に入るだろう。

 俺は苦々しい何かを噛み締めながら美納葉に問いかける。

「ところでなんで俺の部屋?」

「千隼の部屋以外なら私の部屋になるじゃん?」

「ん?だからなんだ?」

「乙女の部屋だよ?燃えるでしょ」

 ここでの『燃える』というのは所謂炎上のことだろうか。

 俺はいまだに炎上という概念がよく分からない。はたして男女で配信するだけで燃えるものだろうか?

「黙ってればよくね?」

「私が口を滑らさないと誓えるか?」

「前言撤回」

「うわ、あっさり言ったな」

 だってコイツお喋りなんだもの。悪戯とかそういう碌でもない事をする時以外に秘密を守れたことないし。

 というか、もし男女で配信するだけで炎上する業界ならば、男の部屋でしようが女の部屋しようが大して変わらないのではなかろうか?

「それに」

「?」

 急に真剣な表情になる美納葉。どうした?告白か?

 『突拍子もなく告白なんてあるかよ』と思うかもしれないが、これがなんとあるのである。最近だと、中学卒業前に立ち入り禁止の屋上を占拠したことがバレて先生から逃げている最中にされた。・・・・名誉のために言っておくが、俺は先生と共に美納葉を追っかけた側である。

 事あるごとに告白、もとい求愛表現してくるから非常に迷惑である。因みに告白する理由は『今まで見てきた人間の中で一番強い』からだそうだ。ライオンかな?

 当たり前だが求婚は全力で振る。誰しもグラウンドで先生の大群から一人逃げ回りながら、校舎で授業を受けてる俺に向かって大声で告白してくる人間バケモノなんかに恋心は湧かないだろ?

 話は戻り、美納葉は真剣な表情から一転、にっこりと笑って俺の浮かべた疑問符に返事をした。

「相棒の部屋にそっち系のものがないことは調査済みだから安心できる!」

「いつの間に」

 どうやらコイツは勝手に人の部屋に入っていたらしい。普通に犯罪ではなかろうか?正直ドン引きである。

 確かに俺の部屋にはアレな物はないけど・・・・まずそんなノリが苦手だし。というより、高校一年になったばかりの子供がそんなものを持ってるわけがなかろうに。

「因みにお義母さんが入れてくれた」

「おっと?イントネーションがおかしいぞ・・・・っていうか何やってくれてんだあの親ァ」

 あの親、あとでしばく。そう心に誓っておこう。

「まぁまぁ!美少女が急に部屋に来たからって、そう照れないで?」

「照れ要素何処から来訪した?貴様を恋愛的目線で見たことないわ」

「嘘だぁ〜!毎日監視カメラの如く私を見てるじゃない!」

「アホか!お前が毎度毎度やらかすから目を光らせてるんだろうが!」

 こいつ・・・・昨日配信の為に安売りの中古パソコンを買った時、更に値切ろうとしたこと忘れたのか・・・・?普通の家電量販店はそんなこと出来ないんだよ!

 しかもその時の値切り方がほぼ脅迫だった。『安くするか、店がなくなるか・・・・どっちがいい?』ってセリフを聞いた時の店員さんの表情は生涯忘れないだろう。

 とまぁ、こんな風にやらかすものだから、俺は天野宮両親に監視と矯正を頼まれている。両親がまともで良かったね。俺にとっては全く良くないけれど。

 

「で、活動名なんだけど!私が延暦寺 小町えんりゃくじ こまちで、千隼が本能寺 我炎ほんのうじ がえんね!」

「何その焼き討ちされそうな名前」

「僧侶って強キャラっぽくない?」

 ごめん。全然そうは思わない。

 なんなら信長に寺燃やされて涙目のイメージしかないわ。白河天皇の時期だったら知らないけど。

「拒否権はあーりません!」

 ビシッと謎にキレのあるポーズを決める美納葉。

「解せぬ」

「もうその名前で『新人Vtuberデビューします!』ツイートしたからね」

「解せた」

 美納葉が無駄に得意げに見せてきたスマートフォンの画面には、某青い鳥のアイコンをしたSNSアプリが開かれていた。

 そこには『延暦寺 小町@新人Vtuber』『本能寺 我炎@新人Vtuber』と書かれている。

 もうその名前が世に出回っているならば仕方がない。そう思いながら、自身のアカウントを覗き込む。

 アイコンは白い背景に黒いシルエットが見えただけのもの、どうやらビジュアルの公開などは一切していないらしい。過去の投稿は少なく、デビューをする旨を伝えるためにした一つのツイートのみだ。

 おしゃべりなこいつにしては珍しい。そう思ってアカウントを見てみる。アカウント開設日の欄に視線をやると、なんと今日である。

 やっぱりな、と頷く。大方、ついさっきアカウントを開設したのだろう。この幼馴染はそんなミニマリストな口車をしていない。

 細い目をしながら俺がそう思っていた瞬間、美納葉がパソコンに向かって突撃をかます。しまった。隙をつかれた。

「ではびっくりドッキリ配信ボタン!ぽちっとな!」

 美納葉は剛を煮やしたのか、配信開始のボタンを押そうとする。しかし間一髪、なんとか防ぐことに成功した。


「うっそだろお前!?やめろって!」

「お!カバディか?」


 両手を広げて美納葉を押さえ込もうとする俺の姿が、カバディというスポーツに似ているのだろうか。美納葉は謎の発言をする。

 そして奴は俺の妨害をぬるりとすり抜けて、謎の発声(多分カバディのキャントだと思う)と反復横跳びのような動きを始めた。・・・・もうヤダ。

 カバディカバディカバディカバディ・・・・と連呼しながら縦横無尽に部屋を暴れ回る、そんな頭のおかしな幼馴染を横に俺は、大学生になったらコイツから絶対逃げようと天に誓った。

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