新・Vtuber-幼馴染暴走-レッツゴー!初配信

 配信が始まる前———、待機時間のコメント欄を覗いてみると、物珍しさからかそこそこの人数がいた。

 彼ら彼女らはそれぞれ自由に会話に興じている。

 

『今度の新人はコンビらしい』

『おっ百合か!?』

『いやBLの可能性も・・・・』

『↑早くも腐属性の香りがしてはなはだ不安だなぁ・・・・』

『まぁ、SNSでも公表してたの名前とコンビなことぐらいだしな。』

『あぁ〜!百合の音ォ〜!』

『水素のやつ混ざってて草』

『なんか白昼夢を見てる人多くね?』

神凪かんなぎ ハマ『新人漁りタイムだァァァァ!!!』

『↑ハマちゃんおる!』

『相変わらず新人漁りしてるの草』

『個人勢の方にも来るのかよあんた』

『↑個人勢どころか企業勢まで、ところ構わず出没するぞハマちゃんは』

『大手の企業勢が来てやがるw』

『プレッシャーで固まらないかな?』

『↑大丈夫だろ』

『初手で限界オタク状態だったら笑う』

神凪 ハマ『わくわく』

『期待値上昇中』

『頑張れ新人(純然たる善意)』

『↑全くもって善意がなさそう』


「なんか変なのいる・・・・」

 俺はそう呟く。『変なの』と形容したのはコメント欄に存在する『神凪 ハマ』というユーザー名をしたアイコンのことだ。

 おそらく同業者?なのだろう。キラキラネームだし。

 コメント欄の会話から見る限り、この同業者は企業に属する存在、所謂企業勢Vtuberなのだろう。

 まぁともかく、一見するとそこそこ好印象のようで何よりだ。

 

 それはそうと、ここからどうやって俺のデビューを有耶無耶にしようか。

 正直、Vtuberとやらには全く興味がない。というか、何故Vtuberとやらは好き好んでキラキラネームを名乗って、自分を黒歴史で着飾っているだろうかとすら思う。

 どうしようか。と再び考えるが、うん。無理だなコレ。

 俺が逃げようとしても隣にいる美納葉が、絶対捕まえてくるだろうし。

 なんなら実はさっき一度逃走を試みた。けれど動こうとした瞬間に美納葉が部屋の扉にスタンバイしていた。つまり逃げられない。

 コンビの片方、つまり俺が何もしなければいいのか?そんでどこかの誰かさんが都合よく『不仲』とか言ってくれないかな?・・・・うーん。無理があるなぁ。


「ぽちー」

「え、ちょっ!?あああああァァァァ!!!!!?」

 そう思っていたら、突然美納葉が待機画面を終了させる。待機画面のアニメーションは徐々にフェードアウトに近づく。

 ああ!?押しやがった!コイツとうとう押しやがった!

 くっそう、ここから入れる保険はありませんか?・・・・ってふざけている場合じゃねぇ!

「はいマイクつけて!」

「ぐはっ」

 美納葉によって無理矢理ヘッドセットを頭につけられた。痛え。

 美納葉の方を見やると、奴はすでにマイクやら何やらの準備を全て終え、パソコンの前に向かっている。

 俺はせめてもの抵抗にと画面に映らないポジションに逃げるが、それも虚しく画面の前に引きずり込まれる。

「はよ座れや」

「やりたくねぇ。まだ、許可してねぇ・・・・」

「まぁまぁそう言わずに!先っぽだけ!先っぽだけだから!」

「じゃあ髪の毛の先だけ映って、そして喋らないことにするぞ」

 苦し紛れにマウスを動かして、俺のVtuberとしてのアバターの毛先だけが画面に映るようにする。

 しかし、無念なり。

「先っぽじゃなくてしっかりいこっか♪」

 美納葉は俺の腕ごとマウスをむんずと掴み、ルロイ修道士ばりの力で強引に操作、俺のアバターを画面左側に配置した。くそっ!化け物め・・・・。なんて力だ。万力かよ。

「あっコイツ反論する言葉持ってなかったな?」

「ほら!待機時間終わるよ〜」

「スルーしやがった」


        ◆◇◆◇◆

 

「初めまして〜新人Vtuberの延暦寺 小町です〜」

「こんにちは。無理矢理連れてこられた本能寺 我炎です」


 始 ま っ て し ま っ た 。

 グッバイ俺の平穏。・・・・でもよく考えたら平穏なんて今までなかったな。そう思い直す。

 配信画面では中央部にコメントが流れる長方形があって、それを挟む形で延暦寺 小町美納葉本能寺 我炎が配置されている。

 

『男・・・・だと!?』

『男』

『男は帰れ』

『洗礼の時間だ。氏ね』

『このリア充が』

神凪 ハマ『初手燃えとるw』

『別に男女ぐらい・・・・やっぱり爆ぜろ』

『そして禿げろ』

『無理矢理とか宣ってますよこの男』

『よく見たら男の方が目に光なくて草』


 コメント欄を見ると、お怒りのお言葉がずらーりずらりと並んでいた。

 なんか知らんが、めちゃくちゃ叩かれていることだけは分かる。酷い。


「・・・・なんか燃えてない?俺、要らなくない?」

「あれ〜おかしいわね〜・・・・コンビは話題性があると思ったのだけど・・・・」

 首を傾げるアホ幼馴染。

「いや知らねぇよ・・・・こちとらVtuberとやらの存在知ったの昨日だからな?」

「あらあら!そうでしたわね!」

「何だこいつ」


『理不尽で草』

『まさかの無知シチュ』

『逆に昨日知ったばかりでよく順応できたな』

『女子に選ばれるとか、氏ね』

『↑コメントの方が理不尽かもしんねぇ・・・・』


「ところで・・・・その口調は何?お嬢様か?」

「私は昔からこんなのですわよ」

「絶対嘘だ。本当のこと言ってみ?」

「正直このキャラ付けめんどくさい」

「ほーらな」

「・・・・そんなことより早く設定の解説しろや!」

「化けの皮はがれたな」


『早くもキャラ崩壊してるw』

神凪 ハマ『本能寺くん超冷静で草』

『ハマちゃんからは好印象』

『キャラ付けに口出すなよダボが』

『↓予言する。今からコメント欄が荒れるぜ?』

『だいぶ前から荒れているんですがそれは・・・・』

『↑ここじゃ洗礼みたいなものだしヘーキヘーキ』

『よーし、戦争だ』

『ろくでなし!』

『しね』

『くたばれ』

『↑わお本当にコメ欄が荒れた』


 俺は流れていく文字達を見つめながら、はたと気付く。この業界地獄なのでは?と。

『そこまで扱いがひどいなら、いっそこっちも雑に扱ってやろう』。そんな思いを胸に宿すと、俺は半目になりつつコメントを読み上げていく。


「あーありがとうございます。コメント欄のみなさん。『よーし、戦争だ』『ろくでなし!』『しね』『くたばれ』上から読んだら『よろしく』ですね」


『その解釈は無かった』

『うーん声に生気が入ってない』

『そうはならんやろ』

『↑なっとるやろがい!』

『メンタル強靭かよ』


「舐めんな。コイツの奇行を四六時中止めてるんだ、こんくらいなんてことはない」

「ちょっと!私そんなに奇行してないよ!」

「昨日大安売りのパソコン値切ろうとしたの誰だったっけ?しかも店員の頭を鷲掴みにしながら」

「それって何か変?」

「うっそだろお前」


『うっそだろお前』

『悲報 延暦寺、まさかのバイオレンス』

『頭を鷲掴みとか、どこの戦闘漫画ですか?』

『まじかよガワとキャラ合ってないやんけ』

『黒髪ロングの大和撫子を期待して来たのに・・・・』

『いや案外合ってると思うぞ?バイオレンスキャラ』

『↑確かにビジュアルはスポーツウェアだけども!』

『↑スポーツウェア=活発キャラ=バイオレンスってことね!成程!とりあえず男氏ね』

『↑脈絡isどこ?』

『理不尽ェ』

『草』


 よく見たら俺に対してだけコメントの当たりが強い。しかし美納葉にはそれほど叩かれた様子はない。・・・・何で?女尊男卑なのこの世界?早くも闇を知ってしまった気分なのだが・・・・。

 コメント欄に書き込まれていたガワという言葉はVtuberの皮、つまりキャラ画像のことらしい。俺はこれをさっき教えられた。

 因みに本能寺 我炎のガワは、黒髪に赤色のメッシュが入る短髪。黒いウィンドブレーカー風の服といった黒ずくめのスタイルだ。・・・・てか誰だこのイケメン。

 美納葉延暦寺 小町のガワは、黒髪ロングに青色のメッシュが入っていて、白いウィンドブレーカー風の服、俺と対比された形となっている。・・・・延暦寺の方はどことなく美納葉の面影がある気がする。事前に写真を送ったのか、文字や電話のやり取りだけなのかは分からないが、もし後者ならイラストレーターさん恐るべしだ。

 プロの底力に軽く戦慄していると、一つのコメントが流れ込んできた。


ソハル『事情を知らずに描いてごめんやで・・・・本能寺くん』

 

「ママぁ!!!!!」

 それを見るや否や、美納葉は歓喜混じりの大声を出す。

「え、誰!?」

 美納葉が突拍子もなく『ママ』などと宣ったためか、俺は一瞬困惑する。

「超人気イラストレーターのソハルさんだよ!私たちの立ち絵を描いてくれたの!あとモデリングも!」

 それを聞き、この界隈では立ち絵を描いたイラストレーターをママ、モデル作成をした人のことをパパという風習があるということを思い出す。因みにこの『立ち絵』は『ガワ』の別の言い方だ。

 成程。つまりこの人は、この『延暦寺 小町』『本能寺 我炎』の生みの親というわけか。・・・・え?

「・・・・なにそれ。教えてもらってないんだけど?」

 美納葉の方を見ると「あ、忘れてた」と悪びれもせずに舌を出してきた。こいつは本当に・・・・。

 ・・・・よし。こいつは後で簀巻きにしよう。そして軒下で吊るしてやる。風鈴みたいに。まだ夏ではないし、季節外れではあるが、これもまた風流だろう。

 とりあえずそれは置いておこう。

 俺はソハルという人物に向けて口を開いた。

「挨拶が遅くなりました。素晴らしい画力を自分達に割いていただいて本当にありがとうございます!・・・・それと貴方は謝る必要は全くないですよ!?」


『ソハルさんが描いてたのか!?』

『情報公開全然されてなかったから気付かんかった』

『まじかよ神絵師じゃん!?』

『それを知らない本能寺・・・・』

『爆発しろ』

『くたばれ』

神凪 ハマ『え、マジで知らされてなかった感じ!?』

『そしてソハルさんに謝らせた・・・・それが指し示すことはつまり・・・・』

『さっさと消えろ!』

『もう辞めちまえ!』

『女子の方だけでいい』

『↑ほーら来たよ暴言の雨霰あめあられ


 コメント欄の荒ぶりようからして、ソハルさんはかなり有名なイラストレーターみたいだ。

 俺はコメント欄で一際目立っている『神凪 ハマ』の問い掛けに対して声をかけた。恐らくこの人もVtuberだろう。理由は摩訶不思議な名前と、矢鱈カラフルなアイコンだ。

 

「あの〜、かんなぎ?ハマさんですよね。貴方がどなたかは存じ上げないんですが、はい。本当に知らされてなかった感じです。・・・・マジで無理矢理引っ張られてきて、今ここにいます」

 いやもう。本当に何も知らない。俺が昨日教えられたのはVtuberとはなんなのかとか、機材の使い方とかそんなものだったからな。炎上についての話は・・・・一応聞いたがそれでも『炎上に気をつけてね!』程度のふんわりしたものだった。

「この業界って男女で配信するだけで燃えるんだ!初めて知った!」

 悪びれもせずににそう言った美納葉に、俺は目をひん剥く。

「うっそだろ延暦寺ィ!?お前!?どの口で"Vtuberになろう!"とかほざけたの!?ねぇなんで!?」

 久しぶりにコイツの行動で動揺してしまった。画面内の俺のアバターが超高速で首を振る。あ、ライブ2Dって基本首から上しか動かないのか〜ってそこじゃない!


『神凪 ハマを知らないとか・・・・燃えたな』

『初配信なのにこの炎よ』

『ハマ推しを敵に回したな』

神凪 ハマ『本能寺は苦労人だったのか・・・・』

『まぁ、これくらいの叩きに耐えられないとこの先、ねぇ?』

『とりあえず第一段階では大丈夫そうだな』

『↑第一段階にしては叩かれすぎでは?』

『↑まぁ、嫉妬してる視聴者とかも一定数混ざってるしね・・・・』

『お二人はどんな関係性ですか?』


「えーとね!幼馴染!」

 無防備にもコメントに対して返答する美納葉。

「馬鹿ァ!?炎上の種ェ!?そこはスルーしろよ!?」

 男女で配信するだけで燃える世界だというのに、『幼馴染そんな燃料』ぶち込んだらどうなるか分かるだろ!?というかそれ以前にプライバシーの問題があるのでは・・・・。


神凪 ハマ『なんか可哀想・・・・頑張れ』

『何やら苦労人の匂いが・・・・』

『幼馴染だししょうがない!燃やそっか!』

『↑お主鬼畜か?』

『↑目的は終わってるのにさらに燃やそうとする悪魔の鏡』

『今日は祭りだ!』

『燃やせー!』

『爆破しろー!』


 しきりに燃やそうとしてくる視聴者を見て俺は焦った。

 炎上=社会的な死だ。非常にまずい。

 どうにかして事態を収めないと・・・・。

 俺は頭をフル回転させて、やがて結論に至る。

 

 よし。素直に謝ろう、と。

 しかしながら、燃えに燃えてる今謝罪したとしても火に油を注ぐだけだろう。だから一先ずここは退散して、後で謝罪の場を設けよう。

「本当にコイツが失礼致しました!謝罪文書かせますんで!改めて挨拶は行うつもりです!それでは!」

 アバターには特に影響が無いと知りつつも、咄嗟に美納葉の頭を無理矢理下げさせる。

 しかしコイツは事の恐ろしさをまだ分かっていないようで、

「え〜!まだ始まったばかりじゃん!」

と、配信を続けようとする。

 このままでは不味い。俺は急いで配信終了ボタンを押し込む。

「馬鹿!始まったのは炎上だよ!」

 

   <配信は終了しました>


 翌日、何故か俺だけプチ炎上した。

 解せぬ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

あとがき

この世界で男性Vtuberがやたら嫌われているのにはちょっとした訳があります。

いずれ分かるのでしばしお待ちを。

 

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