四話 イエロー反転




 イエロー・アックスは現在十六歳。

 一年半前、装刃戦隊ブレイドレンジャーに選ばれた時は、まだ中学生だった。

 彼女が戦隊基地に所属すると決めた理由は非常に単純だ。


 力がある、困っている人がいる、ならその人たちのために使うべき。

 正義感ではなく、シンプルな善性。人が良いから悪の組織と戦う道を選んだ。


 が、イエローには現代の若者らしいドライさも持ち合わせていた。

 やるべきことはやるけれど、それでプライベートを犠牲にするのはごめんだ。

 戦隊ヒーローとしての役目は果たすし、それはそれとして学校は楽しみ、陸上部で大会優勝もするつもり。

 だからメンバーが爛れた恋愛をしていても、普通に軽蔑するだけで過度な批判も擁護もするつもりはない。

 浮気するピンクも傷付いたレッドも、「バイト先の同僚がなんか大変なことになってるなー、ピンクさいてーだなー、レッドかわいそー」くらいの他人事でしかなった。


「う……なんだろう、この感覚」


 なのに、司令官に近付くグリーンを見た時はちくりと胸が痛んだ。

 よく分からない。

 でも、何故だかグリーンと仲良さそうな司令官(※超勘違い。彼はずっと勘弁してと思っていました)を見ていられなくて逃げ出してしまった。

 

 それはきっと恋愛というよりも、仲のいい友達をとられてしまった感覚に近い。

 そう、イエローは気付いていなかった。

 ブレイドレンジャーの皆さんの下半身事情がクソ過ぎて、基地内で一番親しい相手が司令官である、という不具合が起こっていたのだ。


「なんで、私……」

「お、どうしたんだ? イエローちゃん」


 まるで機を見計らったかのように現れるチャラ男。

 そう、ゴールドである。

 一部の蛇にはピット器官と呼ばれる、赤外線受容器官があることをご存じだろうか。

 これは温度の差を視覚的に捉え、熱によって獲物を把握できる能力である。

 チャラ男にもこれに似た機能が存在している。

 彼らの股間には弱っている女性を正確に把握する受容器官があり、どう突けば墜とせるのか、本能的に理解しているのだ。

 

「泣いてるのか」

「えっ、あ、ち、違いますっ」


 イエローは目を擦り、警戒して一歩下がる。

 彼女だってもう高校生だ。なんとなく、ゴールドとグリーンの関係には察しが付いている。

 このチャラ男は、レッドの幼馴染であっても気にせず性行為に及ぶような、節操のない人なのだ。


「なんかあったんだろ、話しなら聞くぜ?」


 でも、それだけに懐に入り込む術には優れている。

 前例があるのに、まるで本気で心配をしているように錯覚してしまう。

 だけど優しい笑みの裏にあるものを知っている。ゴールドが差し伸べる手に、イエローは怯えてしまう。


「させるかぁ!?」


 しかし矢のように解き放たれた司令官が飛ぶ。

 その速度、まさしくシューティングスター司令官ビフォアクリスマス、ザッツライト。

 そう、部下を守るためならば上司はいつだって光の速度を超えるのだ。気分的には。

 



 ◆




「うぉぁ!?」


 ゴールドとイエローの間に俺は割り込んだ

 危なかった。あと一歩遅かったら、陸上部のイエローの日焼け肌がゴールドによって開発され切って淫らに喘ぐところだった。


「し、司令官っ⁉」


 驚く彼女に小さく微笑んで、俺はゴールドに向き直る。


「悪いな、ゴールド。プライベートには口出さないなんて言っておいて、アレだけど。この子だけは、手を出してもらっては困る」


 高校生だからね。

 親御さんから預かっている身として、チャラ男にドハマリとか絶対ダメです。


「えっ……? (“この子だけ”? もしかして司令官、私のこと特別扱いしてる? どうしよ、ちょっと嬉しいかも)」

「おいおい、司令官さん。そりゃねえだろ、個人の恋愛の話じゃねえか」

「ああ、だとしてもイエローを渡すわけにはいかない。体を張ってでもだ」


 だらりと腕を放り出して、無形の構えをとる俺。

 警戒心をあらわにするゴールド。

 なぜか背後でわたわたしてるイエロー。


「グリーンの時は何も言わなかったのによぉ」

「とりあえず今は、イエローを守りたいってことしか考えてないよ」

「やれやれ、面倒なおっさん。ガチで殴り合っても仕方ねえし(変身してないと絶対勝てねえし)、ここは退いてやるさ」

「ありがと、ゴールド。助かるよ」

「……(司令官は私を守るためなら平気で体を張るんだぁ)」


 去っていくゴールドを見送った俺は、イエローに向かい合う。


「大丈夫か、なにか変なことをされなかった?」

「あ、は、はい。大丈夫で、す。し、司令官の、おかげで」


 俺は安堵の息を吐く。

 これ以上の厄介ごとは勘弁してほしい。

 ぶっちゃけピンクもグリーンも十八歳以上だし、シルバーは率先してそういうことをやっている。

 イエローは違うので、親御さんに出張られたら面倒なのだ。


「(そんなに、私を心配してたんだ。なんだか、色んなことに納得しちゃった)……司令官」


 少女は、いつものはつらつとした笑顔ではなく、絹の柔らかさを思わせる微笑みを見せた。


「ありがとう、ございます……! 私、すっごく嬉しいです!」


 よくやった、俺。

 こうして、俺は基地内の厄介ごとの種を未然に防いだのである……!



 

 ◆




 その日も、悪の秘密結社グラーヴィアの襲撃があった。


「正義の刃で悪を裂く、装刃戦隊ブレイドレンジャー!」


 どう考えても性技が横行している戦隊です本当にありがとうございます。

 それでもひとまず全員が戦闘に参加してくれるようになり、俺が前線に出張ることはなくなった。

 が、ギスギス度は変わっていない。むしろ悪化している。


「レッドとピンクが修復不可能なレベルでヤバいですよね……」

「俺別に、ヒーローの相談窓口じゃないんだけどなぁ」


 俺とオペ子さんは司令室で二人きり、お互い同じタイミングで溜息を吐く。

 レッドはシルバーと肉体関係を結んだ。

 二十歳の熱血系青年と、十七歳のパパ活に慣れた女子高生くノ一。

 爛れた関係にハマったのはレッドの方だ。恋愛感情のない、カラダだけの繋がり。それでも、温もりを求めてしまったのだ。


かと言って、ピンクとブルーが上手くいっているかと思えば、そうでもない。

 レッドを浮気と糾弾した彼女だ、そのままブルーに靡くかと思ったら、意外や意外。なんと、シルバーに嫉妬をしてこちらと険悪になったのだ。


『シルバー。レッドは、私と付き合ってるんだよ?』

『ん。でも、求めたのはレッドの方。私は受け入れただけ』


 淡々と答えるシルバーにピンクは苛立ちを見せる。

 いや、お前が言えたことかーい、と思うんだけどね。

 どうも、グリーンに謝罪+シルバーとの〇ックスで落ち着いたレッドは、高校時代の彼に近い雰囲気らしい。

 つまり、ピンクが恋人として好きになった頃の姿だ。

 そのせいで思い出したんだろう。自分が、どうしてレッドを好きになったのかを。 

 

「私が彼を好きになったのは、ああいう不器用な優しさだったのに。どうして忘れていたんだろう……だってさ。どう思う、オペ子さん?」

「主に、ピンクがブルーに靡いたせいでレッド自身もそれを見失っていたように感じますが、そこのところどうなんでしょうね」


 うん、どう考えても順番が逆。

 咥えて……違った。加えて、とことんピンクがひどい。

 なんでって、ここまで来てブルーに提言した。


『ごめんなさい、やっぱり私……レッドのことが。もう、こんな関係』

『へぇ? だけど、それでピンクは耐えられるのか?』


 けれど、納得するはずもない。

 ブルーは激昂こそしなかったが、ピンクを押し倒す。


『いやっ……やめ、ってぇ』

『口でどう言おうと、もうレッドのダガーじゃお前のモーニングスターは満足しない。これからずっと、退屈な性行為で我慢するつもりか、淫乱なお前が』

『ひどい、そんな言い方……ああっ』

 

 レッドへの恋心を思い出しても取り返しがつかない。

 彼女のカラダはブルー・ランスのランスに貫かれるだけで、どうしようもなく昂ってしまう。

 とっくにピンクは肉欲に絡めとられてしまっていたのだ。


『大丈夫、俺はお前を見捨てないよ』

『ブルー……』


 落とすようなキスを受け入れるピンク。

 結局、彼女はその夜もブルーの腕の中で眠った。


「……うん、あの、詳細な報告、すごいね?」


 なお、なぜ二人だけの情事について俺達が知っているかというと。


「ん。シルバー・クナイはくノ一だから」


 いつの間にか現れたシルバーが教えてくれたからです。

 ありがとう、でも知りたくはありませんでした。


「えーと、別に、報告とか特に頼んでなかったはずなんだけど……」

「司令官なら、メンバーの状況は把握しておくべきかな、って」

「仰る通り。時間外労働に、給金を払うべき?」

「飛騨牛のしゃぶしゃぶでいい」

「君、見てたのね? そして参加したかったのね?」

「ん」


 こくりと頷くシルバー。

 なんだよ、ちょっとかわいいじゃないか。

 

「ちなみにシルバーってさ、レッドが好きなの?」

「別に。辛そうだった、抱かれて慰められるならそれでいいと思った」


 貧しい家庭で、パパ活で生計を立てていた。

 そういうタイプは得てして自尊心が肥大化するものだが、シルバーの場合は驚くほど自己評価が低い。金でやりとりされる程度のカラダに、この子は価値を感じていないのだ。

 だというのに、ああいう状態のレッドを放っておけないくらいに優しい子でもあった。


「シルバーは、いい子だなぁ」

「……褒められるとは思わなかった」

「手段はどうあれ、君の優しさの表れだとは思うよ」


 似たような慰められ方をした経験のある俺は、否定の言葉なんざ持ち合わせておりません。たぶん、オペ子さんも。

 

 昔、むかぁしのお話だ。

 とある男には恋人がいた。

 超がつく美女で、性格も良くて、ヒーローとして頑張る男を応援してくれる理想的なカノジョ。いつかは結婚するんだ、なんて当然のように思っていた。

 恋人には可愛らしい妹がいた。その妹も、男と姉が結婚するのを望んでくれていた。

 だというのに、男は恋人を守れず死なせてしまった。

 どうしてだ、死ぬべきは俺だったのに。

 自暴自棄になった無様な男を、しかし恋人の妹は抱き締める。


『あなたのせいじゃない、泣かないで。自分を傷つけないで、もう私にはあなたしかいないの』


 姉妹は天涯孤独だった。

 最愛の姉を失った妹も、耐えがたい現実に潰されそうになっていた。

 傷を舐めあうようにカラダを重ねる男と女。

 お互いがお互いに溺れる堕落した日々だった。

 二人は長らく寄り添って……違う、寄り掛かっていた。

 でも、それではいけないのだと。死んだカノジョに合わせる顔がないと、最後の口付けをして離れた。

 なんやかんやあった二人だが、恋人にはならなかったし、今ではカラダの関係もない。

 こうして無様な男と恋人の妹は、司令官とオペ子さんに落ち着いた。

 そういう俺達なもんで、そもそもシルバーを批判できるような立ち位置じゃないのだ。


「事実、レッドは救われてるしね」


 俺がそう言うと、シルバーは首を横に振った。


「でも、誤魔化しているだけ」

「誤魔化して前を向けるんなら、それはそれで健全だと思うけど。……まあ、このままじゃまずいよなぁ」


 本気で悪の秘密結社に負けるより内部崩壊の方が早そう。

 さすがに放置できないレベルになってきている。


「もう、上司が口を挟むのは、なんて言ってる場合じゃない。ちょっとピンクと面談の機会を設けてみるよ」


 ゴールドの魔の手からグリーンとイエローを助けたことで、騒動の種を未然に防げた。

 正味の話、赤青桃の三角関係が決着すれば、一応のこと事態は鎮静化する筈なのだ。

 






 おまけ・グリーンとイエローの会話


「あ、イエロー。司令官と会えた?」

「はい。ゴールドとトラブってた、ところを助けてもらいました」

「そっか。司令官、優しいよね。私も、辛いとき支えてもらったことがあるんだ。いっしょに、叫んだり」

「……へー。そう言えば、私はこの前、いっしょにしゃぶしゃぶ行きました。その後、ゲーセンにも」

「……ふぅん。私も、今度誘おうかな」

「あっ、ごめんなさい。私は、司令官の方から誘われたんです」

「…………」



 ギスギス度アップ。










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