三話 勘違ってすれ違い

 ごめんなさい、前・中・後編でまとまり切りませんでした。





 銀スーツでくノ一風のシルバーの中身は、十七歳の女子高生だ。

 無表情で、なにを考えているか分からない物静かな女の子だった。

 そんな彼女が、なぜにレッドとキスをしていたのか。

 というか、グリーンの間が悪すぎる。なにもドンピシャそのタイミングでかち合わなくてもいいだろうに。


「大丈夫だ、落ち着いて。俺の部屋……はマズいな。指令室にはオペ子さんがいるし。そうだ、トレーニングルームに行こう。今なら誰もいないはずだから」


 戦隊基地はわりと規模が大きく、食堂やらジムやら大浴場やら設備も充実している。

 トレーニングルームはジムとは違い、運動ができるスペースがある予約制の多目的ルームみたいな感じだ。

 部屋に連れ込むのはゴールドを思い起こさせるかもしれないので、そちらに移動する。

 中に入って鍵を閉めれば、グリーンは更にぼろぼろと涙を零した。

 

「グリーン、なにがあった?」

「レッドに、今までのこと、謝ろうと思ったんです。それで、部屋を訪ねたら、いなくて。食堂の方かなって思って。そしたら途中の廊下で、シルバーと、キスしてるところに……」


 それは、辛かったろう。

 まあ若干、ゴールドと〇ックスしてる君がなんでショック受けるの? 的なことを思わなくもないんだけど。

 言っちゃ駄目なんだろうなぁ。

 本音と建て前は正義の味方にも必要なのです。


「わ、私には。私が、どれだけ……。そんなこと、一度も……」


 幼馴染みで、レッドがずっと好きだったなら、たぶん学生時代にはちょっとした誘惑じみたことをしていたのだと思う。

 だけど彼が、性的な目でグリーンを見ることはなかった。

 それが興味のなさか、大切な幼馴染を傷つけたくない気持ちの表れなのかは、俺には分からない。

 でも女の子として求められていないと、彼女は感じていたのだろう。


「あぁ、あぁ……! 司令官、私、そんなに…魅力ないですか……? 辛い時でも、抱こうって思わないくらい。会って数カ月の、女の子に、負けるくらい……!?」


 混乱するグリーンの頬を両手で挟み、ほっぺをぐにぃっ引っ張る。

 ぴしゃんっ、って叩いたら暴力とか言われるかもしれないけど、これくらいならセーフな気がする。

 いや、触った時点でアウトか? くそう、最近のコンプラは難しすぎる。


「ひ、ひれいはん?」

「ここは、トレーニングルームです。防音もしっかり行き届いてます。なので、大声で叫びましょう。おああああああああああああああああばひょぉおおおおおおおおおおおおおお!」


 なんの意味もない叫びをあげれば、グリーンがびっくりした顔になる。

 だけど気にせず司令官ボイスを響かせる。なお十回使用すると最終決戦に参加できなくなる模様。


「おっきなエビとアナゴの天丼食べたああああああああああああああい! さあ、グリーンも叫ぶんだ!」

「え? あ、わ、わあああ…・・・・?」

「そうだ! 心の中にあるものを叫びと共に出せ! そろそろ俺が生身で戦ってる状況におかしいって思えよ防衛省ぉぉぉぉぉぉぉ!? 給料上げろぉおぉぉぉ!」


 わりと私怨ですが。

 声を出すのはシンプルなストレス発散法なのだ。


「レッドのばあああああああああああああか! こんないい子泣かせてんじゃねえよおおおおおお!」

「し、司令官……」

「ほら、ご一緒に。レッドのばあああああああか!」

「うう、レッドの、馬鹿ぁぁぁ! 舐めてんのかー!」

「そうだ! グリーンはお前にゃ勿体ないくらいの良いメガネっ娘なんだぞぉぉぉぉぉ! 戦隊リーダーに罵倒の叫びとか誰かに録音されてたら絶対に俺クビなんだけどフハハどうしよぉぉぉぉぉぉぉ!」

「内緒にするから大丈夫でぇえす! レッドの鈍感、唐変木! ピーマン嫌い! うあわあああああああ!」


 しばらく俺達は意味の分からない叫び倒しを続けた。

 肩で息するくらい疲れた頃、ようやくグリーンも精神的には落ち着いたようだ。

 すとん、と無造作に床に座る彼女の顔は、涙で潤んでもどこかすっきりしているようだ。


「あ、はは。すみません、司令官。変なところ見せてしまって」

「安心してくれ。奇行の度合いなら、俺の方が上だ」

「……うん、それは間違いないです。いきなり何事かと思いました」


 グリーン、辛辣ぅ。


「ま、レッドとシルバーの関係は、よく分からん。こっちからプライベートを探るような真似もよろしくないしね。惚れた腫れたの根本的な解決は、結局当人に預けるしかない。だけど上司としては、かわいい部下の愚痴くらいにゃ付き合うよ。お酒はナシだけど」

「お酒、ダメなんですか?」

「飲めるけど部下の女性と二人きりで飲むシチュが致命的にダメなんです」


 コンプラ的なアレコレで。

 あれなんだよね、あんまり首を突っ込み過ぎると、今度はグリーンを贔屓したみたいに形になる。

 あちらもこちらも立てなきゃならないのが管理職の辛いところだ。


「そっかぁ。司令官は、上司なんですよね。少し忘れていました」

「ひどくない?」


 俺、わりとブレイドレンジャーのために頭も使って体も張ってると思うんだけど。

 まあでも、ちょっと微笑んでくれたから良しとしておこう。




 ◆




「ひゃっほー、しゃぶしゃぶ! お肉、とろけるお肉! 司令官、ありがとうございますっ!」


 後日、約束通りイエローを基地外のしゃぶしゃぶのお店に連れてきた。

 飛騨牛を使っているので中々のお値段だけど、これだけ喜んでくれるなら嬉しい限りだ。

 二人きりは気まずいので、何人か基地スタッフにも声をかけている。

 ただし、ブレイドレンジャーの面々ではイエローだけ。これはあくまで問題起こさずに戦場で戦い続けてくれている彼女のご褒美なのだ。


「司令官、肉追加いいっすかー?」

「おうおう、どんどん食べんしゃい」


 スタッフたちも「仕事終わりに上司と飯」というシチュを嫌がらない子達を選んでいる。

 高級牛肉を奢りだから、みんな和やかなもんだ。


「私も私も! おかわり!」

「イエローは気持ちよく食べてくれるなぁ」

「へへ、普段は陸上部ですからね。お肉はパワー!」


 運動部だから食事制限をせず、がっつり食べてがっつり運動が彼女の基本姿勢らしい。


「……あと、地味に今の戦隊メンバーだと、食堂のご飯が美味しくないというか。もう、ずっと司令官とお外でご飯がいいです……」

「ほんとすいません」


 基地食堂、クッソほど空気悪いからね。

 レッドは暗い顔で一人飯。ピンクは時間をずらして、そのタイミングでブルーがやってくる。

 グリーンもレッドと距離があるし、シルバーはそもそも一人行動が多い。

 ゴールドが女性スタッフと明るく食事、くらいか?

 タチの悪いゴールドが一番雰囲気を良くしてくれている不思議な状況だった。

 なのでイエローは大体俺かオペ子さんのところに逃げてくる。

 

「イエローは、辞めたい? それでもかまわないよ」

「いえ。市民のために戦うー、は全然おっけーです。ただ、ブレイドレンジャーの皆さんとは仕事以上の付き合いはしたくないかなぁと。あ、司令官は別ですよ?」

「お、嬉しいこと言ってくれるね」

「私、ローストビーフも大好きです」


 もしかして俺、財布と思われてる? いいけどさ、別に。

 すげードライだけどイエローみたい振る舞いが正しいような気がする。 

 

「ご飯終わったらゲーセン行きません? 私、ダンスのやつ、すっごい得意なんです」

「いいね。偶には息抜きも必要だ」


 イエローのお誘いに俺もスタッフもノリノリ。

 久しぶりの楽しい時間を過ごした。







 ……のだけど、すぐに追加ダメージを負うことになった。


「なあ、司令官。俺達……もう、ダメなのかな……」

 

 今日のお客様はレッドです。

 指令室でオペ子さんと二人で仕事してたら、ブレイドレンジャーのリーダー、燃え盛る剣のレッド・ソードが俺に相談を持ち掛けてきたのだ。


「これ、私も聞いてていいんですかね?」

「もちろんだよ、オペ子さん。というか俺を一人にしないで。君がいないと、心がきっと耐えられない」

「司令官……トゥクン」

「それを口で言っちゃう君が大好きさ」


 ちなみにオペ子さんはオペレーターだけど立ち上げからのお突き合いで、実質俺の補佐役みたいな子なので、正確には副官兼オペ子さんなのだ。

 レッドによって知らされる、もう正義を名乗っちゃいけないレベルのドロドロ具合。


「俺さ、ピンクとは高校時代からの恋人同士で。いつかは結婚するんだって思ってた。こうやって戦隊ヒーローになって、あいつを守るんだって……。なのに」


 ピンクはブルーに傾倒していく。

 カラダの相性だけではない。頼りがいという意味でもブルーが勝る。

 傍にいたはずの愛しい恋人。離れていく距離。

 レッドはどんどんと追い詰められていく。


「……シルバーと、寝ちまった」


 ほんと……っ! こいつら……っ!

 キスどころかヤッてんのかよ!?

 性が乱れすぎて乱舞技みたいになってる。ダメージ食らってんの主に俺である。

 つーか十七歳。シルバー・クナイは十七歳のくノ一だ。なに女子高生に手ぇ出してんだよ正義のヒーロー!?

 笑顔を作りつつ必死に耐える俺に、オペ子さんが優しく語り掛ける。


「ヒーローという言葉は古代ギリシア文化から来ており、ヒーロー=英雄=神は同一視されます。ギリシア系の神は、大体が不倫上等浮気最高、男女問わずいいお相手がいればヤるぜ! な方々が基本ですから、まあそういうものではないでしょうか?」

「なんの話?」


 あれか、語源にまで遡ればエロくて当然ってか。

 ヒーローはエッチとエロで出来ているってか、やかましいわ。


「シルバーさ。年下だけど、すごい巧くて。それに優しくてさ。甘えちまった。でも、見られたんだよ。同じ部屋から出てくるところを……ピンクに」


 うん、まあ、グリーンにもキスシーン見られてるけどね?

 迂闊過ぎないレッドぉ?


「そしたらさ、ピンクが言うんだよ。『レッド、浮気したの……?』って……! なんだよ、なんだよそれっ! 自分はさんざんブルーとしてたくせに! 俺との〇ックスより気持ちいいって、比べて楽しんだくせに、俺は責めるのかって! 言っちまった……。ピンク、泣いてた。どうして、こうなるんだよ……」


 そんなん俺が一番聞きたいですが? どうしたらそうなるの?

 まあ、レッドの気持ちは分からなくもない。

 事の発端はピンクの浮気だ。それを棚上げして文句を言われては、たまったもんじゃない。


「そしたら、タイミングよくブルーが出てきて、ピンクの肩を抱いてどっか行っちまった。翌日会ったら、俺が高校時代に贈ったリボン、つけてなかった。ブルーは笑ったよ」




『キモチよかったよ。リボンを使って、手でしごいてもらった』……って。




 ゲッスゥゥゥいっ!?

 戦隊ヒーローにあるまじきゲスさなんですが!?

 お前、貫く正義の槍なブルー・ランスじゃなかったの!?

 愛ってなにさ!? 躊躇わないにもほどがあるわボケがぁ!?

 オペ子さんの目が冷たい。口にしないでも分かる。「こいつらウゼー、やっぱクビにするべきじゃ?」って思ってる。 


「笑うブルーも、それに乗るピンクも。わけわかんねえぇよ」

「あー、レッドは。シルバーと、付き合うとか、そういう話?」

「俺は……どうか分からない。でも、シルバーには、そんなつもりないみたいなんだ。なんだろう、あいつ貧乏で、戦隊にスカウトされるまでは、パパ活で生計を立ててたって。だから、カラダで慰めることに抵抗がないっぽいんだ。ちょっと引っかかるけど、シルバーのおかげで救われたのは、本当かな」


 衝撃の事実!

 ゴールドの言う通り、グリーンがカラダで慰めてたらレッドとイイ感じになれてた可能性あり!

 タイミングの問題とはいえ、これはグリーンがかわいそうだ。


「そっか。レッド、俺はもうおっさんだから、付き合って別れて、なんてのは普通のことだって思ってる。君がピンクと再構築しようと、別れてシルバーと付き合おうと、そこは自由だ。ただ、どこかでけじめをつけないと、後々苦しいことになるよ」

「けじめ……?」

「人間、死ぬべき時に死ねないのは無様だぞ。あ、いや、死ねとかじゃなくて。きっちり終わりをつけとかないと、無駄に長々と引きずることになるって、話ね」


 司令官って言うのは、元はヒーローとして戦っていた人間だ。

 おかげさまでひどいことはいろいろ経験している。いや、こんな爛れた性の経験はないけど。 

 でも、別れを言えずに死んじゃった恋人とか、そりゃあ引きずることになるからね。

 できればお別れは、先延ばしにしない方がいい。


「……ありがとな、司令官。話したら、少しは楽になった。ピンクのこと、シルバーのこと。ちゃんと考えてみたいと思う」

「うん、そうしなさい。あと、グリーンには謝っておきなね」

「グリーン?」

「関係ないって、突っぱねたんだろ?」

「あ……」


 ようやく思い当たったのか、レッドが気まずそうに視線を反らした。


「余裕がなかったのは分かるけどね。心配してお世話してくれた幼馴染に言っていいセリフじゃないとおじさんは思います」

「そう、だよな。グリーンのおかげで、俺は部屋から出てこられたのに」

「なら、ちゃんと“ありがとう”を伝えないと。距離が近すぎると見えないものは増えるからね。偶には足元も確認してみなさいな。あ、俺が謝れって言ったことはグリーンに伝えちゃ駄目だよ?」


 俺の言葉に、レッドは素直に頷いてくれた。

 相談が終わって指令室から出ていく彼の足取りは、来た時よりも幾分かはマシになっていた。

 そうして残された二人。

 オペ子さんは、ぽつりと呟く。


「けじめ、ですか。……まだ、姉さんのこと、引きずっていますか?」

「さあ、どうだろね」


 軽く返せばそれ以上は追求してこなかった。

 別れも言えずに死んだ恋人の話なんで、今さら掘り起こしてもいいことなんてないのです。




 ◆




「色々と、ありがとうございます」


 翌日、グリーンに会うと開口一番お礼を言ってきた。

 なんのことかと思ったら、昨夜さっそくレッドは彼女に謝ったらしい。

 しかも念押ししたのに、俺が促したことも伝えたのだとか。


「まったく、レッドは。黙ってろって言ったろうが」

「でも、彼が自分一人で反省して謝るなんてしないだろうし、結局“ああ、司令官が何か言ってくれたんだろうな”って気付きますよ」

「さすが幼馴染み」

 

 肩を竦めれば、グリーンが小さく笑った。

 いいことだ。このまま、皆の関係がなあなあになってゆるやかーに仕事が出来れば万々歳なんだが。


「司令官には、なんだかずっと面倒をかけてばかりです」


 本当にな? ……とは言えないのが管理職。


「いやいや、少しでも心安らかに仕事ができるよう働くのが俺の役目ですよ」


 強がって茶化す俺。

 するとグリーンは一歩二歩進んで、俺の胸元にぽすりと頭を預けた。


「……私、司令官を好きになればよかったな」


 うん、やめて?

 俺を巻き込まないで?

 二十代のドロドロ恋愛劇じゃなくて、カッコよく戦隊ヒーローを指揮する痛快活劇を求めてる男なんですよ、俺は。

 なのに、からんっ、と何かが落ちる音が聞こえた。

 俺とグリーンは驚いて、そちらに目を向ける。

 そこには買ったばかりの缶ジュースを床に落とした、イエローの姿があった。


「あ、はは。す、すみま、せん。お邪魔、しちゃって。な、なんだー、し、司令官って、グリーンと、そういう」


 揺れる濡れた瞳、動揺で震える唇。

 イエローは今にも泣きそうな表情で俺を見ていた。


 

 巻 き 込 ま れ た !



「ご、ごめんなさいっ!」


 慌てて踵を返し、走り去るイエロー。

 俺は咄嗟にグリーンの肩を掴む。


「すまない、グリーン。俺はイエローを追う。これは君を軽んじている訳ではなく、司令官として不確定要素の高い案件を先に対処せねばならないという業務上判断であり、決してイエローを優先したわけではないことを宣言します。なのでごめんだけど、指令室のオペ子さんにちょっと遅れますって伝言お願いしていい?」

「あ、は、はい?」

「ありがとう、頼りにしてるぞグリーン!」


 ダメな子ばっかりに手をかけると、部下はやる気を失います。

 なのでちゃんと、皆のことを考えてますアピールを逐一入れる必要があるのです。

 俺はイエローを追いかけて走り出す。

 これは絶対に捕まえないといけない状況だ。

 なぜなら……

 

「ここでミスったらイエローは、絶対ゴールドに食われる……っ!」


 こんな美味しいシチュを逃すゴールドチャラ男はこの世に存在しないのだ。



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