二話 ゴールドに食われるグリーン


 追加戦士であるゴールド・ハルバードとシルバー・クナイが戦隊基地に派遣されてきた。

 二人ともブレイドレンジャーよりもヒーロー歴が長く、戦闘経験が豊富。実力は一段回上と言っていいだろう。


「黄金がてめえらをぶっ潰す! ゴールド・ハルバードだ!」

「影に潜む命断つ一閃、シルバー・クナイ」


 デカいハルバードを振るう黄金鎧と、銀色のくノ一風。

 新しい二人の戦士が、グラーヴィアの戦闘員や怪人を葬る。

 

「燃え盛る炎の剣っ! レッド・ソードぉ!」

「貫く正義の槍、ブルー・ランス。……まぁ、レッドの剣じゃピンクは満足させられなかったみたいだがな」

「なんだとぉ⁉」


 一応、レッドも部屋を出てきて戦うようになった。

 ブルーの皮肉はあるのでいい雰囲気とは言い難いが。


「や、やめてよ……二人とも」

「っ、ぴ、ピンク」

「本当のことだろ?」


 戦場で三角関係やらないでほしい。

 まあでも、ちゃんと敵を倒してはくれているのだ。


「……ふっ♡ ん、あぁ♡ ぐ、グリーン、な、ナイフっ♡」


 悶えながら、腰をわずかに引いているグリーン。

 そんな中でも元気なイエローは、大きな斧を振り回す。


「困難を砕く猛き戦斧! イエロー・アックス!」


 七人の戦士たちにより悪の秘密組織グラーヴィアの怪人が撃破された。

 ここからは戦況もいい方に傾いて来るだろう。

 俺はそう考えていた。








 三か月後。

 俺は何故かまた戦場に立っていた。

 敵の前で俺はポーズをとる。


「もうそろそろ泣いていいと思う! 司令官!」

 

 相変わらず日によってメンバーが抜けるので、名乗りの流れで怪人を殴り倒す。

 ところで、なんで戦隊ヒーローの皆が戦闘員相手で、俺が怪人担当なの?




 ◆




「まさかだよ。まさかあそこから、さらに人間関係が悪くなるとか想定していないよ……」


 追加戦士のゴールドとシルバーが来て、レッドも部屋から出て戦闘に参加するようになった。

 基地内の雰囲気はよくないけど、悪の組織を退けられたらいいと思っていたんだ。

 でも、ただでさえアレだったのに、よりひどくなった。

 ゴールドの性である。いや、せいである。

 しかし彼一人のせいとも言い切れない。なにせ、こういうことは相手がいての話だから。


「うぇえぇぇえ……し、司令かぁん……」


 夜の基地食堂には、俺とグリーンの二人だけ。

 一応缶コーヒーを用意したけど、彼女は手をつけようとしない。

 グリーンは自らの過ちに耐えられず、俺に懺悔に来たのだ。

 今の状況はかなり複雑なことになってきている。


 まず、レッドとピンクは未だに恋人同士、ではあるのだろう。

 正確に言えば、別れていないというだけで、関係性自体は破綻している。

 ピンクとブルーは性行為をしており、それがレッドにもバレた。

 しかしレッドはピンクを嫌いにはなり切れていない。

 浮気したピンクの方も、レッドを人間として嫌いになったわけではない。というよりも、未だに恋愛感情があるのは確かなのだ

 ただ、大学の先輩であり頼りになり逞しい〇ックスをするブルーに、カラダは傾きかけている。


 というのも、実はブルーと初めてした時は、お酒の勢いでだったらしい。

 うん、まずね。正義の味方が十九歳で飲酒っていう点が、司令官としては引っかかるわけよ。

 そこはピンクも意識していたようだ。

 大学の先輩であるブルーの誘いを断れず、ジュースと思ってカクテルを飲んでしまった。「お酒を飲んだ状態で、基地に戻るわけにはいかないだろ?」とブルーに言われ、ふらつく足取りでラブホに……が外泊の発端とのこと。

 何で知ってるかって? 見てないところでピンクからもブルーからも相談受けてんだよ。

 なんで何かあったら俺を頼るんだよ。俺、司令官やぞ? あっ、司令官だからか。


 閑話休題。

 流されるままに性行為をして、ピンクはびっくり。レッドのソードよりブルーのランスの方が立派で、相性もよく何度も何度も果ててしまった。

 初めての快楽を知ったピンクはずるずると……。

 つまり彼女は「心はレッドに、カラダはブルーに」で、事実上の二股状態になっている訳だ。


「レッドは、私にとって大事な幼馴染なんです。だから、ピンクが許せなくて……」

「うん、分かる……とは言わないよ。きっと、グリーンの気持ちの深さは、俺には理解できない。それでも、君が優しい子だということくらいは、俺だって知ってる」

「司令官……」


 この三角関係を、認められなかったのがグリーンだ。

 レッドの幼馴染である彼女にとって、大切な幼馴染を軽んじるピンクの態度は許せなかった。

 だからこそ、傷付いたレッドに対して献身的に世話をした。

 そのおかげで彼は部屋から出てくることができた。


 ……なのに、レッドはピンクのことがまだ好きなのだ。

 どれだけそばにいても、彼が見るのは違う女性。それを辛いと思わないはずがない。


 だってグリーンは小さな頃からレッドに恋をしていたのだから。


 幼馴染みとしか見てもらえなかったけれど、まだ少年だったレッドが初恋だった。

 だからピンクが許せない。二股して、それでもレッドに想われている女が。

 どんどんと険悪になるピンクとグリーン。俺に奢らせるしゃぶしゃぶのお店をピックアップするイエロー。

 女性陣にも不和が広がる。

 そこでピンクに優しい声をかけるのが、ブルーなのだ。

 現状でレッドはブルーに対して、学歴でも容姿でも。女性への接し方やベッドでのテクニックも負けている。

 彼の優位は恋人という関係と、付き合いの長さだけ。少なくとも、レッドの認識だとそうなっている。

 だから上手くピンクに声をかけられず、その分ブルーと彼女の距離は近付き、それがグリーンを苛立たせ、イエローが「司令官っ、司令官っ! 飛騨牛のしゃぶしゃぶのお店とか……いいですかっ?」としっぽを振る。

 五人はガタガタだった。

 これ、イエローだけいい子、とかそういう話じゃないよ?

 この子はこの子で、メンバーにフォローいれる気が一切ないんだわ。


「ピンクとは、もう喧嘩ばかりで。それをレッドは諫めようとして、私を怒る。イエローは語尾がポン酢になってる。なんで、なんでレッドはピンクを庇うの? 私を選んでくれないの……ずっと、そんなことばかり考えてました」


 それだけで終わればよかった。

 しかし、追加戦士のゴールドがやって来た。

 金髪茶髪の細マッチョ。性格も軽めなゴールドは、どうやらグリーンが気に入ったようで初日からナンパじみた絡み方をしてきた。

 当然彼女はそれを鬱陶しく思い、適当にあしらっていた。

 しかし、ゴールドはチャラいだけではない。戦闘においては、ブレイドレンジャーの五人よりも強かった。

 レッドとブルーの不仲、女性陣の不和により連携がうまく取れないこともあり、ゴールドとシルバーの活躍は増えていった。


『俺さぁ、こんだけ頑張ってんだぜ? 足引っ張りまくりのグリーンちゃんは、もうちょっと愛想よくてもいいんじゃね?』


 そこを指摘されると何も言えない。

 今でこそ俺も戦闘に参加しているが、七人で戦っていた時は、実質的に五人の尻拭いをゴールドとシルバーがしているという状況だった。

 そのせいで次第にグリーンは強い反発が出来なくなっていった。

 他の要因としては、レッドとの関係もあったのだろう。

 どれだけお世話をしても彼の目はピンクしか見ていない。有り体に言えば、疲れていたのだ。

 そして、決定的な瞬間が訪れてしまう。


『ねえ、レッド。どうしてそんなにピンクのことを……。どんなに言い訳しても、あの子は浮気したんだよ!? いい加減認めなよ!』

『っ! うる、さいっ! ピンクは、ブルーに騙されただけだ! だいたい、グリーンには関係ないだろ!? 放っておけよ!』

『関係ないって……わたしは、私はっ!』


 耐えられなくなったグリーンは、涙を流しながら走り去る。

 もしかしたら背後でレッドが後悔した顔をしていたかもしれないけれど、そんなことには気づかない。

 走って、走って。


『おっと、グリーンちゃん。どうしたの?』


 基地の廊下でぶつかったゴールドの前で、大泣きをしてしまった。

 彼はグリーンを自分の部屋に連れ込んで事情を聴く。

 ピンクの浮気、レッドとのケンカ。面倒臭い話にちゃんと付き合ってくれた。

 慰めるように頭を撫でるゴールドは、軽い調子でこう言った。


『グリーンちゃんは、レッドくんを慰めたいんだろぉ? なら簡単だよ、男を慰めるのに一番いいのは、女のカラダだ』


 〇ックスで負けたレッドを、グリーンのカラダで癒してやればいい。

 そうすればピンクのことなんてすぐに忘れる。

 だけど彼女は頷けなかった。なにせ、レッドに恋をしていたから二十歳になっても経験がなかったのだ。


『なら、俺が教えてやるよ』


 普段のグリーンなら冷静に対応できた。

 しかしピンクとの不和、レッドとの衝突で摩耗した精神。

 戦闘でゴールドの足を引っ張り、こうやって話まで聞いてもらった負い目。

 それでもレッドへの想いから押しのけようとした。


『もう遅え』


 けれど口付けをされ、カラダをまさぐられ、女の扱いに慣れた巧みなテクニックに昂らされた。

 逆らえなくなったグリーンは、最後の一線まで許してしまった。

 行為の最中は幸福感さえあった。しかし終われば襲ってくるのは後悔だ。


 あれだけピンクのことを責めていたのに、自分もまたレッドを裏切ってしまったのだ。


 それからはゴールドの気分で何度か抱かれた。

 戦闘中に大人のおもちゃで悪戯されたこともある。

 けれど付き合ったわけではなく、あくまでもセフレのような関係だ。ゴールドはグリーンに〇ックスを教える、というスタンスを崩さない。

 もうどうすればいいのか分からず泣いているところに、俺が声をかけたというわけだ。


「司令官、私、最低です……レッドが好きだったのに初めてを、あんな男に……!」

「泣かなくていいよ、グリーン。そんなに自分を責めないでくれ」


 話を聞いて、俺は思った。

 うん、まあ、司令官だし。

 責任者だし、とりあえずは慰めるけど……早くない?

 カラダ許すの早くない?

 いくら自暴自棄になっても、相手ゴールドだよ? あの外見だけで分かるじゃん。

 どう見ても女の子を口八丁手八丁で食い散らかしてきた人種じゃねーか。

 そしてレッドが不憫。

 ただただ不憫。恋人も幼馴染も寝取られた形になってるよ、リーダーなのに。


「君がレッドのために心を砕いていたこと、なのにそれが伝わらなかったこと。今回の件は、あくまでも不幸なすれ違いの結果に過ぎない。君が悪かったわけじゃない」


 涙目で俺を見るグリーン。

 ぶっちゃけこの子にもミスはあったと思うけどね?

 レッドに感謝が足りないのは事実だけど、グリーンは押しかけ女房状態なんだから、そこを指摘されてキレるのもまた違うよねってなる。

 いや、これに関してはレッドが悪いのは間違いない。だけど彼の気性を知っていたのに、踏み込む場所を間違えたのは、グリーンの悪い部分ではないが失敗ではある。

 結果、自分からゴールドの部屋に行ってるし、無理矢理ではなく同意の上でしちゃってる。

 ここでの性行為は、避けようと思えば避けられたはずだ。

 でも、司令官としてそんなことは言えない訳よ。

 正論ハラスメントだから。下手なこと言ったら、後々の問題になるから。


「ゴールドには、俺からも話してみる。ただ、別に強姦をしたわけでもない。個人の恋愛関係に、上司として口出しをするのは難しい。あくまでも、風紀を乱すな、程度の注意しかできない。その後、ゴールドを跳ね除けられるかは、グリーンの意思次第だよ」

「そう、ですよね……」

「俺はね、君が優しい子だって知っている。それが今回は少し裏目に出ただけ。君を軽蔑したりしないし、今度もいっしょに戦っていく仲間でいたいと思っている。あんまり自分を追い詰めすぎると俺が困るな」


 そう言うと、グリーンは本当に小さく、ぎこちないながらに笑った。


「し、司令官がそう言うなら……はい。もっと、ちゃんとしたいと思います」

「よし。もし今後もゴールドに誘われたなら、“アホの司令官に仕事押し付けられたから、りーむー”とでも言っておけばいいさ」

「ふふ、なんですかそれ」


 俺はあくまで司令官なんで彼らの恋愛事情には首を突っ込みたくない。

 というか、いっさいまったく1ミクロンも興味がないし心底どうでもいい。

 惚れた腫れたも寝取り寝取られヤりヤラれも好きにしてくれ。


 ただ上司として、職場の仲間としては、皆に嫌な思いをせず健やかに働いてほしい。

 ブレイドレンジャーとして、戦隊基地に所属できてよかった。そういう終わりであればいい、とは思っている。

 だから人間関係の問題も、放置はできない。嫌だけど。本当に嫌だけど。なんでこんなことになってんの、と泣きたくなるけれど。

 管理職が部下より多くのお金をもらってるのは、こういう時に動く分を見込んでのこと。

 ヒーローのために、司令官はより多くの苦労を背負わにゃならんのです。

 



 ◆




「だからな、ゴールド。基地はあくまで仕事場だ。最低限の風紀は守ってもらわないと困る」

「はいはい、わっかりましたー」

「頼むよ、本当に」


 俺はゴールドに対して普段の生活態度の注意と共に、暗にグリーンのことを匂わせる。

 しかしどれだけ効果があったのか。

 司令官には人事権がないから、ゴールドを解雇することができない。なので、口頭注意の強制力が小さいのだ。


「……あと、基地の宿舎内なら、まだ個人間の恋愛で見逃す。が、戦闘中にふざけた真似をするな。次は、潰すぞ」

「……!? へ、へへ。司令官のくせに、すっげえ殺気」

「そりゃね。基地を任されるのは、基本的に相応の修羅場を踏んだヒーローくずれだ」

「なるほど。じゃあ、そこは、守るわ。怪人を虫けらみたいに潰すパンチは受けたくねえし。あくまで、セツドをもって、お突き合いしやーっす」

「うん、お願いな。本当は、プライベートに口を出すのはイヤなんだ。仕事場に不和を持ち込まず真面目に働くんなら、大抵のことは許すよ、俺は」


 一応のことゴールドが頷いたのは、俺が司令官だからというより、戦場に出て怪人をぶん殴って倒している姿を見ているからだ。

 正直、今俺が戦場に立っているのは、ブレイドレンジャーの面々に対する睨みの意味合いが強かった。

 グリーンのフォローと、赤青桃トライアングルが喧嘩せんようにしなきゃならんし。


「おかしい……俺が夢見た司令官って絶対こうじゃなかった……」


 嘆きつつのっそりと基地の廊下を歩く。

 そんな俺の元に泣き顔のグリーンが走ってきて、そのまま胸に飛び込んだ。


「司令官っ……!」

「おっ、と。どうした、グリーン」


 なるべく優しく語り掛けると、彼女は俺の胸に顔を埋める。

 嗚咽混じりの声で、それでも何とか言葉を絞り出す。

 

「れっどが、レッドが……シルバーと、キス、してて……!」


 またお前かよレッド!?




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