レッドの恋人のピンクがブルーと浮気する戦隊ヒーローの司令官の憂鬱
西基央
一話 ブルーと浮気するピンク
……社会人になってしばらく、昔から憧れていた業界の大手に就職した俺は、努力の甲斐もあって同期の出世頭。三十代にして管理職にまで登り詰めた。
頑張った分の成果が出たのだ、そこは素直に嬉しい。
でも、管理職となると責任も気苦労も増える。
若手の頃はある程度自由にやれていたし、多少の困難も愉しめていたのに、部下を持つとそうはいかない。
部下たちの人間関係の問題とかに振り回されることもしばしば。
やりがいはあっても、同じくらい負担もある。
そんな俺の仕事は、
『正義の刃で悪を裂く! 五人揃って、装刃戦隊ブレイドレンジャー!』
指令室のモニターで、勇ましくポーズをとる五人の戦士たち。
俺は、五人組の正義の戦隊ヒーローが所属する基地で司令官やっています。
ただ、当初夢見ていた司令官業と現実は、けっこう離れているんだ。
◆
日本は古くから数多くの敵に狙われていた国だ。
悪の組織やら、自然発生する化物、異次元からの来訪者。
色々と脅威が存在しており、それに対応すべく各地で正義の味方が奮闘していた。いわゆるご当地ヒーローというヤツである。
しかし場当たり的な対応では後手に回ることを多く、ヒーローたちに指示を出し、適切にバックアップするため、それを専門とする国家機関が設立された。防衛省直轄の、悪の脅威に立ち向かう対策機構である。
現在では、各都道府県に戦隊基地が置かれている。
つまりヒーローたちは準公務員で、俺のような司令官は役人のような立ち位置か。
市役所のトップは市長とかになるけれど、戦隊基地はそこから独立しているので、 指揮系統が防衛省からの縦割りになるので意外と融通が利く。
ちなみにウチの戦隊基地には、装刃戦隊ブレイドレンジャーが所属している。
装刃戦隊ブレイドレンジャーはもともと五人組の戦隊ヒーローだ。
熱血漢のリーダー、レッド・ソード。
クールなイケメン枠、ブルー・ランス。
お淑やかな女性、ピンク・モーニングスター。
最年少の元気少女、イエロー・アックス。
料理上手な眼鏡っ娘、グリーン・ナイフ。
それぞれが一定以上の実力を有する、非常に強い戦士たちだ。
ただ、戦隊ヒーローになれる人物は特別な才能持ちで、しかも二十五歳を超えると衰えていき30歳になる頃には変身能力も失ってしまう。
自然、メンバーは若者が中心になる。
この五人の場合も同じ。一番年上でもブルーの21歳で、イエローは16歳の現役女子高生だ。
加えて戦いに身を置くことになるため、自衛隊のように基地の宿舎に住まう場合が殆ど。
彼ら彼女らは青春を費やし、悪と戦ってくれているのだ。
「司令官、敵怪人が出現しました」
指令室に、オペレーターの静かな声が響く。
「よし、各員に通達を。ブレイドレンジャー、出撃だ!」
俺は高らかに号令をかけ、戦いの準備を整えた。
◆
ウチの戦隊基地が置かれた県の目下の敵は、悪の秘密結社『グラーヴィア』だ。
その大首領キルモ・デーヴの目標は、
・日本の政治機構を掌握し、資源のない国土でも外貨を得られるようアニメ・ゲームなどのキャラクター産業に国として力を入れて育てること。
・また、ポリコレに配慮した美少女をナーフするようなキャラメイクを法的に禁止。
・同時に、健康な男子には二年間の兵役を課し国防に勤めさせ、健康な美少女には十代の間に五冊のグラビア写真集の作成を義務付ける。
本人の言によれば「真の美少女好きは二次元も二・五次元も三次元もすべてをこよなく愛する」という最低な輩である。
その日も奴らは戦闘員と怪人を引き連れ、街を襲撃した。
「待てい!」
しかし悪の侵略に立ち向かう戦士たちがいる。
「困難を砕く猛き戦斧! イエロー・アックス!」
黄色の全身タイツを纏い、身の丈ほどもある巨大な戦斧をたずさえた戦士。
もっとも、武器の猛々しさとは裏腹に、イエロー・アックスは小柄な少女だ。本人はショートカットの可愛らしい女の子で、陸上部に所属している。
彼女は体格には見合わない膂力で怪人を蹴散らす、メンバー屈指のパワーファイターなのだ。
「数多の刃が敵を穿つ。グリーン・ナイフ」
グリーン・ナイフは二十歳の、商店街にある洋食屋で働く女性だ。
普段は眼鏡をかけて真面目な大人しい女性なのだが、投げナイフを使った遠距離戦を得意とする。
地味にレッドとは幼馴染みなんだとか。
レッドの家がバイク屋で、その三軒先がグリーンの洋食屋。
性別にかかわらず大の仲良しだったらしい。
そして最後に控えるのが、前線で拳を振るい、体を張って戦う男。
「足りない人員補うために、今日も前線に赴く! 司令官!」
そう俺だ。
メンバーが出撃できず、どうしても戦力が足りない時は俺が戦う。
というか最近ずっと戦ってる。
「正義の刃で悪を裂く! 五人揃って、装刃戦隊ブレイドレンジャー!」
五人揃ってとか言ってるけど、普通に三人しかいなかった。
怪人や戦闘員たちも戸惑っている。だって戦隊名乗っておきながらイエロー・グリーン・司令官。そこはかとなく切なさがこみあげてくる。
「あー、グリーン・ナイフよ」
「五人揃って、ブレイドレンジャー!」
クモ型怪人が、気まずそうに声をかけた。
ゴリ押しするグリーン。キモチはすごい分かる。
答えが得られなかった怪人は、次に俺の方を見た。
「そこな、男よ」
「レッドは引きこもり! ピンクとブルーはインフルエンザ! 足りない人員補うために、今日も前線に赴く! 司令官!」
「え? オマエラ馬鹿なの? なんでトップが戦場にいんの?」
うるせえよ、こっちだっていっぱいいっぱいなんだ。
そんなイエローは、正義の心をたぎらせて叫ぶ。
「私たちブレイドレンジャーが、グラーヴィアの野望を打ち砕いて見せる!」
「うん、分かった。とりあえずブレイドレンジャーは置いておこう。だがイエロー、せめてレッドは連れてこい」
「うるさい! 出来たらやってるんだよバカぁ!? さあ、かかってこい!」
「ほんと、待とう?」
なんか小学生に話しかけるようなトーンになってる
けれどイエローは臨戦態勢を解こうとしない。
「とりあえず、熱血漢なレッド・ソードがなんで引き籠ってるんだ?」
「恋心がブレイクして傷心中だから! さあ、かかってこい!」
「え、舐めてんの? 街のピンチだよ? 平和が破られようとしてるんだよ? なに悪の組織の侵略作戦を失恋で放置してんの?」
その言葉に、俺はキレた。
司令官パワーで飛び出し、渾身の右拳を叩き込む。
「うるせえよ!? 怪人が正論言ってんじゃねえよゴルァァァァァァ!?」
「ふごぉ!? 理不尽な怪人差別!?」
俺は全力で怪人をタコ殴りにする。
戦闘員たちはイエローとグリーンが片付けてくれた。
こうして今日も平和は守られたのである。
◆
「もう、レッドたちクビにしません?」
前線基地に戻ると、オペレーターが開口一番そう言った。
うちのオペ子さんは二十二歳の恥的美人。メガネがキラッと知的な雰囲気を醸し出している。
「言わないでくれ、オペ子さん。悲しいかな、俺は司令官と言っても防衛省の下っ端役人。戦隊ヒーローは公務員だけど特殊な立ち位置だから、人事権をもってるのは省のお偉方なんだ」
「うまく差配できないのは、ヒーローたちの問題ではなく司令官の資質……という話になる、ですか?」
「そうでございます」
宮仕えの世知辛さ。
部下のミスは当人より上司の管理不行き届きなのだ。
ため息を吐く俺のところに、イエローがやって来た。
変身スーツを解いた彼女は、日焼け跡が眩しい活発なスポーツ娘である。
「司令官、今日はありがとうございました!」
「いやいや、まあ仕方ないよね」
「強いですよねー。必殺パンチで怪人を一撃!」
「これでもう昔はぶいぶい言わせたもんさ」
「昔って、まだ三十代前半じゃないですか。……あれ? 三十過ぎたら戦隊ヒーローな才能ってほとんど残らないはずなのに?」
「俺は昔、才能を延命させる特殊な薬品を被ったことがあるんだ」
生命エネルギーを肌で吸収した、みたいな?
ただあんまり嬉しい話題じゃないので、強引に話の流れを変える。
「で、イエロー。何か用かな?」
「用というか、謝りに来ました。レッドたちが迷惑かけてるので」
「ほんと、君はいい子だね」
「えへへ。そ、そんなぁ」
照れ照れ顔のイエロー可愛い。
でもね、本当にいい子なんだよ。別にレッドのことは、彼女には何の責任もない。
なのにわざわざ謝りに来たんだから。
「本当は、レッドを連れてくるべきだとは思うんですけど。デキませんでした。ごめんなさい。今はグリーンが慰めに行ってます」
「いや仕方ないよ。レッドの気持ちもわからないでもないんだ」
俺は遠くを見つめながら、静かに言葉を落とした。
幼馴染のグリーンが、どうにかレッドを立ち直らせようと頑張っている。
でも、なかなか上手くいっていないようだ。
「ていうか、悪いの普通にピンクだからね。だってさ、普通する? 戦隊基地で、メンバー全員ここで生活してんのに浮気とか」
さて、ここでレッドを取り巻く状況を説明しておこう。
まず、装刃戦隊ブレイドレンジャーが結成されたのは一年半前。先代の戦隊が引退するので新しくヒーローが集められたのだ。
リーダーであるレッド・ソードは20歳の青年である。
もともとは高校卒業後に父親のバイク屋で働いていたのだが、一年前に才能を開花させたことでスカウト。戦隊基地所属のヒーローとなった。
ピンク・モーニングスターは19歳の、黒髪サイドテールの美人さんだ。
年齢にしてはちょっと幼い髪型かな、と思ったけど髪を結んでいるのはレッドからプレゼントされたリボンらしい。
何と驚いたこと、レッドとは高校時代からの恋人同士だそうだ。
熱血系のスポーツ少年だったレッドと、お淑やかで優しい美少女なピンクのカップルは学校でも有名で、おしどり夫婦とからかわれるほどだったという。
幼馴染のグリーンは「高校が違ったから、レッドとピンクが付き合い始めたの知らなかった」と少し寂しそうに語っていた。
「実際、俺も結成時は微笑ましい気分で見てたんだよ? レッドはピンクを守ろうと戦い、ピンクもレッドを頼ってたし。基地食堂で二人仲良くご飯食べてるところなんて、一人に身にゃぁ眩しいぜ、くらいには思ってたんだ」
「ほんと、なに考えてるんですかねピンクは」
イエローがぷんぷんと怒っている。
そう、最初のうちは本当に仲の良い恋人同士だった。
しかしここで出てきたのがブレイドレンジャーのクール担当、ブルー・ランスだ。
彼は最年長の二十一歳。現在は某有名大に通う大学生である。事情が事情だけに基本はリモート学習で対応してもらっているが、それでも時折大学には顔を出している。
で、実はピンクも同じ大学。つまりは大学では先輩後輩の間柄、ということになる。
「分かるよ? 戦隊ヒーローとして正体を隠さないといけない。そんな中で、秘密を共有できる仲間にして同じ学校に通う先輩後輩。時々大学に行く時は、一緒に行動しているのは想像に難くないよ?」
二人は急速に接近していった。
ある日、大学に用があるといって出かけた二人から、向こうでちょっとしたトラブルがあり、基地に帰るのが翌日になると連絡を入れてきた。
レッドは仲間としてブルーを信頼していたし、恋人であるピンクを疑うこともしなかった。
だけどその日を境にピンクの態度が少しずつ変わっていった。
「それに、ブルーは男の目からしてもイケメンだしなぁ。短髪でやんちゃ系のレッドとは違う、大人びて整った美形。ピンクがクラッてくるのもしゃーない」
そこで口を挟んだのは、オペ子さんだった。
「そうですか? 私は、正直ブルーは苦手です。なんというか、自分がかっこいいってこと理解した態度が鼻につくといいますか」
「オペ子さん言うなぁ。ちなみにイエローは、どう思う?」
「普通にイケメンだなぁ、とは。でも、外見関係なく仲間で、仲間だとしても恋人のいる女の人に手を出すのはさいてーだと思います」
この子は、ニュートラルな考え方をしている。
なおオペ子さんが「これが若者かぁ……」とちょっと寂しそうな顔をしていた。
「イエローはいい子だなぁ。今度ご馳走してあげる」
「やった。じゃあお肉的なヤツがいいです」
「はいはい、焼肉でいい?」
「にんにくが気になるから、しゃぶしゃぶの方が」
ちょっと和やかな感じになっていたところに、オペ子さんがぽそりと呟く。
「ピンクが悪いのは当然ですが、ブルーも相当ですよね」
「あぁ、まあ、なぁ。ちょっと、レッドに対しての態度はよろしくないよな」
俺もそれには同意する。
ピンクとブルーの疑惑の外泊以後、ブルーはレッドたち恋人同士が基地で過ごしている時にも声をかけるようになった。
しかも、同じ大学に所属していないと分からないようなネタで。
学食のあれ、美味しかったよなとか。この教授のリモート授業は分かりにくい、とか。
そこで「邪魔するな」とレッドが言えたらよかったんだろうが、高卒で働いていたというコンプレックスから、強くも出られなかったようだ。
出来た溝は少しずつ広がっていく。
恋人同士とはいえ、高卒の自分。ブルーは有名大学に通う美形。
引け目から強く踏み込めず、その怯えは、たぶんピンクにも伝わっていた。
もしかしたら、頼りなく見えていたのかもしれない。
日常生活でも戦闘でも、ブルーに助けを求めることが増えていった。
……あるいは、彼女の方も、レッドとブルーを比べていたのか。
そして、最悪の場面に辿り着く。
『んぉぉぉぉぉ♡ れ、レッドのっ♡ レッドのちっちゃいダガーじゃ届かないとこまで♡ ブルーのランスが抉ってるぅぅ♡』
レッドがブルーの部屋を訪ねると、“偶然”鍵が開いていた。
中にいるのか、と入ってみればブルーとピンクが絡み合っていた。
うん、まあ、マジメに語ったけどこれはないわぁ……。
俺は思いっ切り溜息を吐く。
「……変身ヒロインのピンクが上げちゃいけない喘ぎだわぁ。もう最悪だよ。なんだよ、レッドのダガーって。ソードなのにダガーって、そんな酷い罵倒ある?」
「頼りがいの話ですか? なら、司令官はクレイモアですねっ」
「イエロー、ちょっと違う意味でとられちゃうからやめてもらえない?」
無邪気なイエローにツッコみをいれたら、けらけらと楽しそうに笑っていた。
「いや、もうね。レッドが引き籠るのは仕方ない。俺もこんなん見たら泣くもん」
ていうかね、俺も司令官としてピンクとブルーには注意してるんだよ。
結婚関係にあるわけではないから、くっついたり離れたりを罰することはしない。
でもね、共同生活をしている以上、守るべき節度はあるはずだ、と。
なのにあいつら、二人してインフルエンザになりやがった。
ヤってたんだろ。注意した後も濃厚なやつヤッてたんだろ。だから同じタイミングで発症したんだろ。
「ほんと、舐めてやがる。正義の味方を舐めてやがるし、たぶんピンクはブルーのランスも舐めてやがる」
「下ネタやめてもらえませんかね、司令官。それと現実問題として、司令官が前線で戦っている状況はおかしいですからね。メンバーの入れ替えは考えないといけませんよ」
オペ子さんの指摘も正しい。
だから俺としてもちゃんと手は打ってある。
「三人には改めて指導する。それでも改善が見られなかった場合は、上の方から処罰が出る。ただ、戦隊ヒーローは人手不足だから、たぶんそれぞれ別の場所に異動って感じになると思う。一応、もう防衛省には現状を報告して、近日中に追加戦士を送ってもらえることになって。ゴールド・ハルバードとシルバー・クナイの二人だ」
「おお、戦隊モノのお約束、追加戦士ですね」
イエローがぐっと握り拳を作って興奮していた。
二人の追加戦士には関する情報もちゃんともらっている。
「えーと、ゴールド・ハルバードは二十三歳で、歌舞伎町で働いてたそうだ。ロン毛茶髪の、日焼けした細マッチョ。趣味はサーフィンの陽キャ系だってさ。シルバー・クナイは、イエローの一個上の十七歳みたいだ」
明るいタイプが入ってくれるのは嬉しい。
レッドのことは、グリーンが色々世話を焼いてくれているみたいだし。
できれば、暗くなりがちな基地の雰囲気を変えてくれればいいのだけど。
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