第八話 二つの月影、チュチュとチチ!
「っ!ロカ、後ろっ!!!」
ミルウェの叫びと同時に背後から感じる殺気。二つの事象を認識したロカは、弾かれるように行動した。
ブワンッ
左右から迫る何かが彼女の首を捉える。が、回避の方が早く、ロカの首の皮一枚を裂くだけに留まった。ポニーテールの毛先が切断され、髪束が散る。
飛び込み前転したロカは勢いのままに立ち上がると共に振り返った。
「チュチュッ、外れた」
「チチッ、避けられた」
そこには二つの人が、いや鼠がいた。
ロカから見て右は、チュチュと言った灰色の毛並み。どうやら女性を模しているようで、その胸部は実に豊かである。だからと言って全身が太いわけではなく、それ以外に余分な出っ張りは無い。フリル一杯の青いワンピースに身を包んでいる。
ロカから見て左は、チチッと言った白色の毛並み。こちらも女性を模していると思われるが、灰色とは異なり特徴的な厚みは持っていない。総身がほっそりとしており、スタイルが良い。フリル一杯の赤いワンピースに身を包んでいる。
どちらもロカと同じくらいの背丈であり、背中合わせで彼女へと顔を向けていた。
そして両者の手には同じ得物がある。身長とほぼ同じ長さの黒
彼女達もまた、ミルウェを追跡してきた怪人である。
「くっ、連戦……?」
自身の首をトバそうと奇襲してきた相手、話し合いでどうにか出来るとは思えない。ならば戦いとなるのは当然だ。
ピジョンとの戦いは時間こそ短かったが、その疲労は決して無視できない。命のやり取りとなると極度の集中状態であり、勝負は一瞬。それゆえに隙を作るわけにはいかず、余裕など残せない程に気を張る必要があるのだ。
疲れがある状態での連戦は、冒険者ロカとしては可能ならば避けたい状況である。
「チュチュッ、逃がさない」
「チチッ、逃げられない」
二人の鼠は、同じようで違う言葉を吐く。
ミルウェに対する言葉であると同時に、ロカの行動を先読みするかのような言動だ。実際、彼女はこの場からの離脱を考えていた。先手を打たれた事で、逃走は困難である事が明確となる。
「正直、日を改めてほしいんだけど」
「チュチュッ、理由がない」
「チチッ、意味がない」
二体のネズミ怪人は双子の様に言葉を発する、取り付く島もないとはこの事だ。決して逃がすつもりは無く、この場でロカを排除してミルウェを回収しようとする意志が明確に示された。
「私はチュチュ、刎ねる月」
「私はチチ、刈り取る月」
灰色ネズミのチュチュが斧を振り上げ、白色ネズミのチチが刃を下げる。二つの軌道が弧を描き、夜空に輝く満月の様に円となった。両者の目がギラリと光り、四つの瞳がロカを見る。
「「四天王の力、見るがいい」」
その言葉と同時に、ネズミ怪人は左右に跳んだ。
「くっ!?」
連戦のうえに二対一、不利である事は誰の目にも明らかである。真正面から突っ込んでくるならば対応出来るが、散開されてはその動きを追うだけでも大変。ロカは二つの影を素早く目で追い、その行動をどうにか把握しようとする。
ダッ
完全に同時にネズミ怪人たちは大地を蹴った。両者は全く同じ動きで斧を構え、ロカへと迫る。
「くそッ!」
ロカは前へと跳ぶ。
シンクロした二体の怪人の動作。一方に集中すればもう一方に斬られるのは明白だ。だからといって、両者の攻撃を同時に受けるのは非常に分が悪い。である以上、避けるしか方法は無いのだ。
ブォンッ!
二つの斧の刃が空を切る。もし交差した軌跡に挟まれたならば、首はおろか胴体であっても両断されてしまうだろう。
(……剣で受けるのは無理か)
回避以外の選択肢として、防御がある。だがしかし斧相手に剣で受けるのは、怪人相手でなくとも下策だ。単純な武器の強さとしては前者が上であり、剣士は回避に専念するのが定石である。
(普通なら大振りの後に攻撃の隙があるものだけど)
斧使いの最大の弱点は小回りが利かない事。振り抜いた刃を引き戻す速さは剣の方が上である。それは一撃必殺の利点の裏返し、何事にも一方的な優位は存在しないのだ。
だがしかし、チュチュとチチに関してはその例から漏れている。二者である事もそうだが、何よりも素早いのだ。斧使いは得物の重量ゆえ鈍重である、その常識を覆す強敵だ。
(さぁて、どうしたもんか……)
翻弄する動きと一撃必殺の攻撃を続けるネズミ怪人たちをギリギリで躱しながら、ロカは思考する。
「チュチュッ、ちょこまかと」
「チチッ、ちょろちょろと」
両者はグッと姿勢を低くし、担ぐような形で斧を構えた。
「「動くなッ!」」
右、左、右、右、左。
二体の怪人は途轍もない速さで交差し、散開し、集合する。
「くッ!?」
二つの影をロカは目で追うが、むしろそれによって混乱が発生する。目が回ると言い換えても良い、それほどの速度なのだ。
(避ける、無理だ、反撃……も不可能、捉えられない)
ネズミ怪人の動きよりも速く、ロカの思考は巡り巡る。危機的状況を覆す一手が無いかを考え、浮かんだ案を却下する。不可能、不可能、無謀、無理、無茶。多くの可能性を導き出し、そして選択した。
「「死ねッ!」」
ズガンッ!
「ロカ!!!」
二つの月が弧を描き、その刃がロカの胴を捉える。
彼女は吹き飛ばされ、ミルウェが声を上げた。
「「?」」
そう、吹き飛ばされたのだ。
切断ではなく。
その違和感にネズミ怪人は疑問を覚える。
「ぐっ、は……ッ」
空中でクルリと一回転し、ロカは片膝をついて着地した。その身体は上下に物別れとなる事無く、幸いにしてくっついたままである。彼女は二つの斧と激突した自身の腹部に手をやり、激痛が自己主張するそこに回復魔法を流し込む。
「
「チュッ、何した」
「チッ、どうやった」
チュチュとチチは問うが、当然ロカは答えない。
答えは二体のネズミ怪人が知らない力、魔法により生成した
ロカはその予想と自身の魔力に、選択肢の中にあった無茶に賭けたのである。
結果、彼女は賭けに勝った。攻撃よりも防御が
だがしかし身を守ったとはいえ、それで相手を倒せるわけではない。事実、チュチュとチチには髪の毛一つも傷は無いのだ。
(もう一度の攻撃を耐えられるかは分からない)
ネズミ怪人たちは攻撃を受けても何故か生きているロカを警戒している。突撃を再開するか、それとも何か搦め手を繰り出すかをアイコンタクトで相談しているようだ。
(打てる手は限られてる)
ホーネットを躱した身体強化、ボアを打ち倒した雷、ピジョンを射貫いた風。どれもこの状況を打開する秘策とはなり得ない。未知の金属によって作られた怪人の体を打ち砕くには相応の力が必要であり、威力を二分しては足止めにもならないだろう。
(大魔法は……流石に使える隙は無いよね)
ロカはある程度の魔法を使える。大魔法と呼ばれるものも知識としては持っているが、それに見合う集中と詠唱の時間が必要だ。少なくともこの状況で使えるとは思えない。
「チュチュッ、今度は」
「チチッ、次は」
「「殺すッッッ!」」
ダンッ!
ネズミ怪人は大地を蹴る。再びロカを翻弄せんと動き、彼女へと跳んだ。
(片方へ攻撃すれば片方から斬られる。両方攻撃するには魔法の威力が足りない)
ロカは立ち上がろうとせず、自身に迫りくる二体のネズミ怪人を見る。
(攻撃はダメ、魔法もダメ。でも……)
彼女はグッと何かを握った。
「これなら、どうだッ!」
ビッ
右左から迫る怪人に向かってロカは何かを投げつけた。鋭く風を裂いた小さなそれは、一直線にチュチュとチチへと飛んでいく。
ドツッ
「「っ?」」
痛手には程遠い、小石でも当たったかのような腹部に生じた僅かな衝撃。二体のネズミ怪人はチラリと互いを見、その正体に気付く。
「チュ、羽根?」
「チ、ピジョンの?」
両者の腹部には、鋭利な
ロカは同じ場所でピジョンと戦っている。当然その場には彼女が弾き飛ばした、ハト怪人の残骸がそこら中に落ちているのだ。ロカは咄嗟にそれを拾い、チュチュとチチに投擲したのである。
「チュチュッ、でも」
「チチッ、だけど」
「「それがどうしたッ!」」
そもそも怪人の体は機械で出来ている。多少の負傷……いや、損傷程度では何の問題にもならないのだ。同じ怪人の武器での攻撃とはいえ、ただ刺さった程度では何の打開策にもなりはしない。
「はッ、そんなの分かってるよ!でも、これなら……」
ロカは両手をグッと握る。
「どうだッ!バインド!!!」
拘束魔法バインド。
魔物を捕獲する場合やごろつき野盗を捕縛する際、はたまた浮気した旦那をふん
他者の動きを阻害する事から戦闘において有用かと思われるが、実際はあまり使い道のない魔法。というのもこの魔法には制約があり、それが戦闘に向かないのだ。
一つ。強い抵抗を示す相手を拘束する事は困難であり、弱らせる必要がある。
二つ。対象に触れる又は魔力的接続が必要であり、距離がある場合は使えない。
つまりこの状況で選択するには、全くもって見当違いの魔法なのである。
だがしかしロカはそれを選び取った。
それには理由と、確信があるのだ。
魔力が紐となり対象に絡む。両端がぎゅるりと巻き付き、決してそれを離さぬようにした。拘束を強くするため紐が収縮し、その両端が互いに引き合う。
「チュッ!?」
「チッ!?」
チュチュとチチが同時に声を上げる。敵に向かって低空飛行するように前進している自身の体が、あらぬ方向へと急に引っ張られたのだ。チュチュはチチへ、チチはチュチュへ。お互いが引き合うように、二体のネズミ怪人は猛スピードを維持したまま接近する。
「チュチュッッッ!?」
「チチッッッ!?」
ドガンッ!
向き合った状態で両者は激突した。
ロカは拘束魔法を発動した、だがその対象はチュチュとチチではない。彼女らの身に刺さったハトの羽根、
補助魔法であり、戦闘には不向きな魔法。
それを彼女は攻撃の切っ掛けとして使ったのである。
「よしッ」
思惑通りに事が進み、ロカは左拳を握る。だが喜ぶだけではない、千載一遇の好機の逃すわけにはいかないのだ。剣を取り、彼女は一足飛びに二体のネズミ怪人の下へと到達する。
「「チュチッッッッ!?」」
ほとんど抱き着いているような状態で空中に在るチュチュとチチ。その目が、瞬時に自分達へと接近してきた相手を映す。だがしかし、認識できたとしても対応は出来ない。手にある斧を振るには、自身の片割れが近すぎるのだ。
「ふッ!!!」
横薙ぎ一閃、ロカの剣が二体の怪人の胴を纏めて両断する。
「チュチュッ!ウソだッ!!!」
「チチッ!間違いだッ!!!」
バチンッと切断面から火花が散った。
上半身はお互いを抱き、下半身は逆に左右へと分かれて倒れていく。
「チチ……ッ」
「チュチュ……ッ」
チュチュはチチの名を、チチはチュチュの名を呼ぶ。
両者は見つめ合い、そして。
ドッガァァァァンッッッ!!!!
ネズミ怪人たちは大爆発した。
「ふ……ッ、はぁ……ッ。くぅ、強かったぁ」
どすんと尻もちを搗くように、ロカはその場に腰を下ろす。未知の戦闘技術を持つ怪人との連戦、冒険者としてそれなりの経験を有する彼女であっても中々の重労働であった。
「ロカ~っ!やった、やったーっ!」
「ミルウェぇ……、なんとか勝てたよ~。あー、すっごい疲れた……」
「むむむ、じゃあ疲労回復ビームを受けてもらおうか!」
ヘロヘロ状態のロカに対し、ミルウェは仁王立ちで胸を張る。両手の人差し指と親指を使って、ミルウェはハートマークを作った。それを胸の高さに構え、黄金の瞳を持つ目をカッと見開く。
何かしらの考えがあるようだが、何をされるか一切予測できないロカは身構えた。
「え、なになにっ!?何する気!?」
「大人しくしたまえッ。くらえっ、
「ぐ、ぐわああぁぁぁッ!」
謎の光が彼女へと照射される。思わず目を瞑って顔を背け、ロカは叫び声を上げた。
「………………あれ?」
痛みはない、それどころか全身の疲れが消えていく。
回復魔法は、外傷を治す事は出来ても疲労は取り払えない。なぜなのか細かい事はロカも知らないが生命の根幹に関わる、人体の不思議なのだそうだ。だからこそ人々は食べて寝る必要がある。
だというのにミルウェは、その常識をかなり軽い調子で覆した。
「すごっ、ナニコレ」
「ふっふ~ん。私が元から持ってる力、その二!とっても元気になる、なんかよく分からない力!」
「え、本人にも分からないの?私、それで回復された……?怖っ」
少しばかり戦慄しながら、ロカは立ち上がる。百パーセント万全とまではいかないが、六割程度の体力は取り戻せた感じだろうか。キャンプをして一晩休めば、明日問題なく旅は続けられそうだ。
などという事を彼女が考えていた、その瞬間。
「我が四天王を打ち倒すとは中々やるではないか、未開惑星人」
二人の頭上から、低い男の声が響いたのだった。
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