第七話 ピジョン流、羽根乱舞!

「ポッ!」

「うっ!?」

ターンッ!


 豪速で飛来した何かが木の幹に突き刺さる。

 ロカは咄嗟に身を動かしてそれを躱したが、頬にツゥっと赤い筋が生じた。滴る血液を手で拭い、彼女は自身を傷付けた物の正体を一瞥する。


「羽根……ッ」


 幹に刺さっていたのは灰色の羽根。ただの鳥のそれではなく、未知の金属で作られた殺人凶器である。掠めただけで人の身を裂く威力、まともに当たれば身体を貫通する可能性すらあるだろう。


「ぽっぽっぽ、良く躱しましたねぇ」

「はッ。この程度でヤれると思われてるのは心外ね」

「そうですか。では、これならば如何でしょうか?」


 ピジョンは両腕を広げた。怪人の周囲で渦を巻いていた数十本の羽根が一斉に動きを止め、羽柄うへい部分をやじりとしてロカを狙う。


「そらッ!」

ビッ!


 ハト怪人の掛け声と共に、金属羽根が射出された。


「くっ!」


 先程の一本矢とは違い、身を捩った程度では回避は不可能。ロカは横に大きく跳び、横殴りの羽根の雨から逃れる。


 だが。


「くるっぽっぽ。残念、その程度で私の羽根からは逃げられませんよォ?」

ギュオッ!

「なぁっ!?」


 真っすぐ飛んで木に突き刺さる、そう考えていた彼女の予測は容易く裏切られた。羽の雨は意思を持つように軌道を変え、己を回避したロカの事を追跡し始めた。竜巻の如く渦を巻き、蛇のようにうねりくねる。


「ちッ!」


 ロカは駆けた。

 立ち止まっていては蜂の巣になるのは確実、ならば逃げるしかない。口を開けた羽根の蛇は、数十の歯で彼女を引き裂こうと追いかける。一つ一つの羽根は手のひら程度の大きさであるため、その全てを剣で打ち払うのは困難だ。


「ほらほら、後ろばかりを気にしていてはダメです、よッ!」


 ピジョンは片腕を振る。撃ち放たれた羽根が弾丸の速度でロカへと飛来した。


「く、そッ!」


 身を捩って無理やり躱すが、羽根が彼女の左腕と左首筋を掠めてジッと音を立てる。空中に散った血の飛沫がロカを追う蛇に呑まれ、切り刻まれて霧散した。首に手を当てると流れ出た血がそれを赤に染める。彼女はすぐさま回復魔法を発動し、裂き斬られた傷口を閉じて治癒させた。


「やられっぱなしで、いられるか!」


 剣に魔力を流し、振り向きざまに力任せに刃を振るう。風の魔法を発動させ、素振りによって生じた風を突風へと昇華させた。


バァッ!


 蛇のように口を開けてロカに迫っていた羽根の渦。横一閃に風がそれを薙ぎ、数十の殺人凶器を弾き飛ばした。衝撃によって制御を失った羽根は、バラバラと大地に落ちる。


「おるあァッ!」


 剣を横に振り抜いた勢いそのままに、彼女はハト怪人へ向かって駆け寄り斬りかかった。ピジョンの左肩から右腰への袈裟斬りだ。


「ぬッ!?」


 防御から攻撃へ、間髪入れずの動きに怪人は驚く。

 だがしかし。


ガチィッ!

「くっ!?」


 ロングソードの刃は、ピジョンの体を切り裂く事は出来なかった。


「ぽっぽっぽ。少々驚きましたが、ただの鉄剣で斬られるほど私の体は柔らかくはありませんよ」


 鳥の脚の様な手が白刃を掴み、斬撃を止めたのだ。


 先の二体の怪人は自身の体そのもので攻撃を仕掛けてきた。だがハト怪人は体から分離させた羽根を武器とする、つまりピジョンは攻撃と同時に別の行動を行う事が出来るのだ。


「こっ、のッ!」

ギギギ……


 ロカは力任せに圧し斬ろうと、剣を握る手に更に力を込める。


「ぬ……ッ!力任せとは、野蛮なッ!」


 ジワジワと刃がハト怪人の身に迫る。

 単純な力勝負では分が悪いと判断したピジョンは、白刃を握る手を開くと同時に後方へと大きく跳んだ。空中で両腕を広げ、その翼で数度羽ばたく事で更にその距離を増加させる。


「逃がすかッ!!!」


 ロカは宙を舞うピジョンを追って走る。

 距離が離れれば一方的な攻撃に晒されるのは確実。間合いを詰め、ひたすらに斬りかかり続ける事が必勝法と彼女は理解したのだ。押して押して押して押す、非常に単純だがこれもまた状況に応じた戦法なのである。


「させませんよッ、ポッ!ポッ!!」

ビッ!バッ!


 着地地点へ到達しようとするロカに対し、ピジョンは空中から羽根を投擲する。二発のダーツはその身を貫かんと、正確に彼女へと飛来した。


「ちッ!」


 被弾すれば重傷は必至、ロカはロングソードを操って二つの羽根を打ち払う。


バサバサッ

「くるっぽ、少々間に合いませんでした、ねッ!」


 彼女が防御のために足を止めた僅かな時間でハト怪人は着地を完了させた。と同時に、再び羽根を射出する。


ギンッ、カァンッ!

「くっ、このッ!」

「ほらほらほらァッ!防がなければ体に穴が開きますよォ!?」


 ピジョンは接近を許さない。牽制射撃によってロカの前進を阻む。早撃ちであるため、剣によって払えない程の威力は無い。だが連発される羽根を防ぐのは、そう容易い事ではないのだ。


(くそッ、今は防げるけど……ッ)


 飛来する殺人凶器を打ち払いながらロカは歯ぎしりする。このまま消耗戦となった場合、先に倒れるのは確実に彼女だ。いずれは防御が間に合わなくなり、傷を負ったのを契機として全身に風穴が開く事になるだろう。


「くるっぽっぽっ!そぉら、たおれなさいッ!」

バサッ!


 両腕を大きく広げ、そして腕を交差させる形で前へと振る。翼より出でた百枚以上の羽根が渦を成し、蛇の姿をとってロカへと襲い掛かった。


(またか!)


 接近する凶器の暴風に彼女は身構える。


(剣で打ち払うのは無理、魔法を剣に纏わせて斬るのもこの大きさ相手だと……)


 数十枚で作られた蛇でも相当の力技になった。百を超えるそれを斬撃でどうにかするのは、現実的ではないと断言できる。


(避けるか?いや、さっきの事を考えれば追われるだけだ。今度こそヤられる)


 次に頭に浮かぶのは回避行動。だがしかし先にそれを実行した際に追尾され、むしろ危機を招いた事を思い出す。一般的な魔物相手ならば正解なのだろうが、相手はロカが知る『生物』ではないのだ。


(じゃあ……どうする?どうすれば?)


 迫りくる羽根の蛇、その口の中は全てを微塵に切り刻む刃の巣だ。敵はその向こう側にいる。遠当てという特殊な格闘技術があると聞いた事はあるが、この土壇場において見様見真似で放って上手くいく可能性は限りなくゼロに近いだろう。


(羽根を操ってるのは、あのハト。蛇をどうにかしてアイツさえ倒せれば……ッ!)


 そこまで思考して、ロカは気付く。


(蛇じゃない、そう見えているだけだ)


 自身に迫りくる羽根が作る集合体。忙しなく動く殺人凶器が形作るそれは蛇の姿をとっている……が、本物の蛇のように実体があるワケではないのだ。


(あくまでコイツは羽根の集まり。それならッ!)


 ロカは右手にある剣を前方へ、刃を大地と平行にして真っすぐ正面へと向ける。左手で右腕を掴み、切っ先がブレないように固定した。


(魔力を……剣へ)


 体内から生じた魔力が両の腕を伝って剣の柄へ、続いて刃へと流れる。


(切っ先へ……!)


 先端に魔力が集中していく。その感覚は、弓を引き絞る射手のそれだ。


 スゥっと小さく息を吸い、素早く魔法を生み出す言葉を紡ぐ。


 そして。


「喰らえッ!エアストライクッッッ!!!」

バァンッ!


 破裂にも近い衝撃と、圧縮されていたものが解放される音。それが剣の先端より生じ、何かが発射された。撃ち出されたはずのそれは視認する事は出来ない。


 実体など存在しない、空気の塊である。


 だがしかし、それは確実に攻撃魔法だ。


ボパンッ!


 蛇の口に飛び込んだ空気の弾は、それを爆ぜさせる。所詮は羽根が集まって動き回っているだけ、何かを止める事など出来はしないのだ。


 蛇の身を通り抜けた風の魔法は、ロカの敵を捉える。


ドォンッ!

「がッ!?」


 突然自身の身に加わった衝撃。

 ピジョンは驚愕と共にその発生源、自らの胸を見た。


バチッ、バチッ

「な、なんと……ッ」


 そこには開いた手ほどの穴が生じていた。体を動かしていた電流が体外へ放たれ、切断されたケーブルの間で火花が散る。


「どうだッ!」

「こ、このような……、事が……ッ!私が、この私がッ!」


 ピジョンの顔から余裕の表情は消え失せた。穴を塞ぐように手で覆い、目を見開いて体をわなわなと震わせてロカを睨みつける。だが言葉を発する事は出来ない、もはやそのエネルギーが無いのだ。


 ガクンと膝が折れ、倒れる。


 よりも早く。


ドッガァァァァンッッッ!!!!


 ハト怪人は大爆発した。


「よ、よぉぉぉしっ!勝った!」


 グッと拳を握り、ロカは勝利を噛みしめる。


「凄いぞ、ロカ~!」

「ミルウェ、やったよー。あはは」


 一本木の後ろに隠れていたミルウェが顔を出してロカを称賛した。ロカは振り返る。中々の激戦、彼女も流石に疲れたという表情だ。安堵もあって笑いながらロカはミルウェの下へと歩んでいく。


 その時だった。


「っ!ロカ、後ろっ!!!」


 ミルウェの声が響く。


 そして。


「チュチュッ」

「チチッ」


 ロカの背後から、何者かの声が発された。

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