第六話 森の中のハトぽっぽ!

 ギルドでオーク討伐の報酬を貰ったロカ。町を危機から救ったという事でかなりの額、しばらくは遊んで暮らせる金額だ。しかし彼女はミルウェと共に、足早に町を離れていた。


「道なき道を突き進む、それが冒険者?」

「今回に関しては、あんまり冒険者関係無いっ」


 首を傾げるミルウェに、藪を鉈で切り払いながらロカは答える。


 二人は町を出てすぐに街道から外れ、森の中へと入っていた。

 イノシシ怪人ボアとの戦いで、衛兵と冒険者に相当数の負傷者が出た。だが命を奪う価値無しとの当人の言葉の通り、死者は皆無であった。今回は落命する者はいなかった、しかし次もそれで済むとは言い切れない。


 物資補給のために町へ寄るのは避けられないが、せめて街道では他者を巻き込まないようにしようと考えたのだ。


「ねえねえ」

「なに?結構進むのに忙しいんだけどっ」

「ここまで深い森の中を進まなくてもいいんじゃないの?」


 ミルウェの純粋な疑問。ロカは忙しなく動かしていた手をピタリと止めた。


「………………私もそう思うよ、でもね」


 藪を掻き分け、倒木を乗り越え。どんどん森の奥へと進んでいる現時点。


 人気のない所へと進む事ばかりを考えていたせいで、ロカは前人未到の地に入り込んでいた。そしてそれは、ある事態に陥っている事を示している。


「道に、迷った!ココどこぉ!?」

「えーっ!ついてこいって言うから大人しくしてたのにー、ぶーぶー」

「ごめんって。進むのに夢中になりすぎちゃって、たはは」

「笑ってごまかすなー。うりうり~っ」


 ミルウェはロカの頬を拳でぐりぐり。怒っているというよりは、昨日、一昨日の仕返しといった感じだ。それを分かっているロカは成すがままにされている。


「しっかし、どっちへ行くべきか……」

「右も左も、前も後ろも木と藪しか無いよー」

「うーん、高い木に登って確かめるか~」


 トトトッと軽々と近くの木に登り、より高く周囲を見渡せる樹木を探す。


「お、あそこの一本木が良さそう」


 少し離れた場所の森の中からにゅっと頭を出す、ひときわ背の高い木を見付けた。樹上からピョンと飛び降りたロカはミルウェにそれを伝え、再び歩みを進め始めた。


 それからおおよそ二時間。


 二人はようやく目的地へと辿り着いた。一本木の周囲には他の樹木は無く、芝の様な背の低い草の絨毯が広がるだけ。森の中にあって開けた場所だ。


「は、は~~~~っ、やっと着いたぁ」


 膝に両手を付けて、ロカは疲労困憊の様子で到着を喜ぶ。


「着いたぁ、じゃなーい!迷い過ぎ~!私が木の上まで浮かんでこっちこっちって言ってるのに、ぜーんぜん違う方に歩いていくの、なんで!?」

「獣道があったから、そっちの方が歩きやすいかなって……」

「私のナビゲーション、意味ないじゃん」


 気まずそうにポリポリと頬を掻くロカにミルウェは苦情を申し立てた。高性能なナビシステムが頑張っても、実際に動く者がそれに従わなければ何の意味もない。


 しかしながら我が道を行く方向音痴なロカは、そんな事を気にしなかったのである。


「ま、まあまあ、ここで休憩しよ?町で買っておいたお菓子、私の分もあげるから」

「許すっっっ!」


 慈悲深い食い意地の張ったミルウェは咎人を許した。


 二人は一本木を背もたれにして地面に座る。ロカは降ろしたリュックサックを開いて、中から焼き菓子を取り出した。その出現を今か今かと待ちわびていたミルウェは、それを引っ手繰って奪い取る。


「私のっ!」

「取らないから!」


 確保したお菓子を自身の身体で隠すようにしてミルウェは威嚇する、その様はまさに餌に肉を貰った犬である。ロカが手を出してこない事を確認して安心した彼女は、早速それを食べようとした。


「あれ?」

「ん、どうしたー?」


 リュックの中を整理していたロカは、ミルウェの不思議そうな声に振り向く。彼女は周囲をキョロキョロと見回し、何かを探している様子だ。


「なに?お菓子、もう食べちゃった?」

「違う違うっ、無くなったの!あれー?どこいった~?」


 焼き菓子は薄型だが十枚程度はあった、落としただけならすぐに分かるはず。それがパッと消えてしまう事など中々考えにくい事だ。


「くるーっぽっぽっぽ、中々面白い味ですな」

「っ!?誰だ!?」


 頭上から発された第三者の声に弾かれるようにロカは立ち上がり、素早い動作で剣を抜いた。何者かの影が木の枝から飛び立ち、バサバサと鳥の様に翼を羽ばたかせてロカ達から少し離れた場所に着地する。


 その者は紳士か執事かのように、黒タキシードを着ていた。だが両腕からは服を貫通する形で灰色の羽が生じており、両手には鳥の様な独特の爪、脚もまた同じく鳥類のそれである。


 首から上は完全に鳥。羽よりも濃い灰色であり、首部分は緑色りょくしょくと紫のグラデーションとなっている。黄色の瞳を持ち、口は薄黒のくちばし。その根元上部には、横に二つ並ぶ白の鼻瘤はなこぶがあった。


 鳩だ。二足歩行する、人型のハトである。


「探しましたよ。まさかこのような森の奥深くにいるとは、手間を掛けさせてくれますねぇ」

「こんな所でも見付かるのか……」


 顎、と言っていいのか分からないが、嘴の下あたりにハトは手を当てる。この二足歩行鳥類が、ミルウェを追ってきた結社の怪人である事は明白だ。


「当たり前でしょう、結社の技術力は宇宙一なのですから。未開惑星生命体の弱い頭では理解できない事かとは思いますがね。……ああ、失敬。弱い頭ではなく、無い頭の方が正しいですね、くるーぽっぽっぽ」

「めっちゃムカつくな、こいつ」


 話しぶりは丁寧であるが、ハト怪人の言動や仕草は明らかに格下に対する態度だ。紳士然とした服装でありながら傲慢の塊である。


「さて、無益な会話は此処までと致しましょう。大人しく帰還すれば良し、さもなくば」

「かーえーりーまー、せんっ!」

「やれやれ、我儘なお姫様だ。ならば力ずくで連れ戻さねばなりますまい」

「それをさせるとでも?」

「くるっぽっぽ。貴女如きが私の敵になろうなど、身の程を知るべきですね」


 口元を手で隠し、ハトは笑う。


「ホーネット、ボアを倒して調子に乗っているようですが、あれらは四天王でも下位。この私、ピジョンとは比較にならない程の弱者です」


 怪人ピジョンはバサッと両腕を大きく広げた。その腕から生えた翼から、幾本かの羽根が宙に舞う。風に巻かれたそれは、ハトの周囲で渦を巻いた。


「さあ、お見せしましょう。真なる強者の力というものを!」

「っ!」


 前人未到の森の奥で、怪人から異星の姫を守るための戦いが始まった。

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