第五話 第二の怪人、襲来!

 その茶色毛皮の顔、二足で歩く姿、低身長ながら筋骨隆々な体。まさに魔物のオークだ。首から手首足首までを包む黒のインナー、そして胸に背、腕に脚に分厚い銀の延べ板を貼り付けたような鎧らしき物に身を包んでいる。


 顔だけ見ればロカが良く知る相手。だが全身を見たならば確実に異質な存在だ。


「ブーフッフッフ、見つけたぞ」


 笑うオーク。


「見付けなくていい、帰れ」


 ロカの背に隠れながら、ミルウェはシッシッと手で払う動作をする。求められていない客人、帰ってほしいと思うのは当たり前の事だ。


「そうもいかん、連れて帰るように命を受けているのでな。大人しくしてもらおうか」

「いーーーっ、だっ!」


 両手の人差し指を唇の横に引っ掛けて開き、彼女は拒絶の意思表示。大変に子供っぽい仕草だが、強く嫌がっている事がよく分かる。


「嫌がってる子を連れていくのは犯罪だよ、渡せない」

「貴様はこの星の住人か。ふむ、随分と原始的な文明生物であるようだ」


 剣を抜くロカに対して、イノシシ怪人は顎に手を当てて言う。先のホーネットのような粗野な印象は受けないが、彼女を見下す姿勢は同じだ。それ程に怪人たちとロカでは文明に差があるという事なのだろう。


「試みに言っておく。その娘を渡せ、己の命が惜しくばな」

「ハッ、冗談!冒険者としてそんなコト出来るわけ無いでしょ!」

「何とも愚かな生物だ」


 ふん、と怪人は鼻を鳴らす。


「渡さぬのであれば仕方なし、先の者らと同じく捻り潰すのみ。なぁに安心するがいい。貴様ら如き原生生物、我が手で殺す価値もない。命だけは獲らずにおいてやろう」


 姿勢を低くしたイノシシ怪人は、手を開いて両腕を大きく広げた。


「戦う前から勝ったつもりになるなんて、随分な自信じゃない」


 ロカはロングソードをヒュッと振る。


「当然だ。我はボア、堅牢強固なる無敗の強者であるからな」


 イノシシ怪人、ボアはニヤリと笑った。


ドンッ!


 怪人は全力で大地を蹴る。


「っ!?」


 重厚な歩みと、いかにも重そうな銀延べ板鎧から鈍重と予測していたロカ。しかしその予想を完全に裏切る豪速での接近に彼女は驚き、剣を盾にして衝突へと備える。


 しかし。


「ふん、愚かなッ」

ジジジ……ッ

「うっ!?」


 ガクンとロカの体勢が崩れた。前方へ引っ張られるようによろけた事で、防御が完全に引き剝がされてしまう。


「喰らうがいいッ!」

「マズッ」

ズドッオンッ!!!

「が、ふ……ッ」


 碌に守りも回避も出来ない状態での猛スピードショルダータックル。ロカはまともにそれを受けてしまい、ボアの肩がメリッと自身の身体にめり込む音を聞いた。


 衝突の威力は彼女の身体を浮かし、そして弾き飛ばす。先に側らをすっ飛んでいった鉄の閂の様に、彼女も坂道を背中で削って十メートルほど吹き飛ばされた。


「ふんッ、口ほどにもない。所詮は未開惑星の生物、我の相手では無かったな」


 仰向けに倒れたまま動かないロカを見て、イノシシ怪人は特徴的な豚鼻を鳴らす。彼女の身体と激突した部分に載った埃を手でサッサッと払い、ボアはミルウェに視線を移した。


「さて、では大人しくしてもらおうか」

「いーやーだー!」


 ズシズシと足音を鳴らして近付く怪人に対して、彼女は拒絶の言葉を吐く。

 大きく浮遊して脱出する事をミルウェは考えたが、自身の力を良く知る結社の怪人がそれを許すはずがない。確実に何かしらの手荒な捕獲装置を持っているはずだ。それを理解した彼女は、ボアの歩みと連動するようにジワジワと後退する。


「ふッ!」

「ぬッ!?」

ガチィンッ!


 刃がイノシシの首を狙って軌跡を描く。腕でそれを阻害したボアは後退し、予想外の相手の出現に少しばかり驚いた。


「我の一撃を受けて、よく生きていたな」

「はッ!この程度の傷、冒険者じゃ日常だよ!」


 そう言いつつ胸に左手を当て、ロカは回復魔法を掛け続けていた。ほとんど折れていた肋骨が接合され、傷が癒えて身体が元に戻る。しかし装備はそうもいかない、割れた鉄の胸当ては外してその場に落とした。


 万全とは言い辛いが戦闘に影響はナシ、彼女は再び怪人へと刃を向ける。


「ならば今度はその身体を微塵に砕いてやろう、我が力でな!」

ドンッ!


 先程と同じく姿勢を低くしたボアは、再度ロカへと突撃した。


(さっきは引っ張られるような、妙な感覚があった)


 彼女は考える。ただの気のせいではない、何かしらの力が作用した結果であるはずだ。しかしそれが何であるかが分からない。


(魔法じゃないから、細かい事は分からない。見えない、力……)


 ミルウェが昨日の夜に見せた透明化が頭をよぎる。だが、それならば触られた感覚がありそうなものだ。


ジジジ……ッ

(……またッ!)


 先程は気付かなかった、耳の奥を掻かれるような妙な音。それと同時に剣が引っ張られる。


(いや、さっきと違う。身体が前へ引かれる感じが、弱い……?)


 グイと引かれる感覚は同じ。しかし先程は胴体にも同じ力を感じていたが、今回はそれが生じているのは腕だけだ。


(さっきとの違いは……っ!そうか!)


 ロカは気付く。攻撃をまともに受けた先程と違う事、それは。


(鉄だ!鉄が引かれてるんだ!)


 破損した事で外した鉄の胸当て。剣と胸当ては鉄製、それだけが引っ張られているのだ。


(そういう事なら……!)


 タネが分かったならば、それに応じた策を実行すればいい。彼女はそれを瞬時に理解し、すぐさま行動に移す。


ぱっ

「ぬッ!?」


 ロカは一切の躊躇なく、ロングソードを手放した。


 彼女の手から離れたそれはスイと宙を舞い、ボアの鎧にバチンとくっ付いた。


「やっぱり、そうか!」

「チィッ、気付いたか。だが、我の突進は止められぬ!!!」


 町を守っていたのは鉄の門、衛兵達や冒険者らの装備は鉄製。ボアはそれを引っ張り、そして弾く何かしらの力をもっている。だからこそ彼らは一切イノシシ怪人に太刀打ちできず、あっという間に敗れ去ったのだ。


 磁力。


 ロカはそれの名を知らなかった。しかしながら彼女はその性質を、実践の中の僅かな時間で見抜いたのである。


「はああぁぁ……ッ!」


 攻撃手段となる得物ロングソードは手放してしまった。だがしかし冒険者にとって武器を手放してしまう状況は日常茶飯事、その対策を用意していないわけが無い。


 ロカは右半身を後ろへ下げ、右の拳を腰高に構えて強く握る。魔力を拳へと集中させ、そして魔法を生じさせた。


「砕け散るがいいッ!!!」

「それは、こっちの台詞だぁァッ!!!」


 ショルダータックルに対して、ロカは渾身の一撃を繰り出した。彼女の拳は雷電を纏い、怪人の銀の鎧へと突き刺さる。


「ぬぐあッッ!?」

「何で出来てるかは知らないけどッ!雷は効くでしょッッッ!!!」


 初級と中級の狭間の難易度である雷の魔法。習得には色々と癖があり、上級の魔法使いの中にも体得していない者も多い力だ。だからこそロカは習得自体が優位性になると考えて他の魔法と共に学び、自らの力としたのである。


 サンダーナックル。


 雷を纏わせた拳で殴りつけるだけの、非常に単純な技。しかし複数の魔法を使え、十分な筋力を持つ者ならば話は別である。筋力増強を合わせたロカの一撃は、鉄塊をも撃ち抜き砕く剛撃だ。


ズッドォォォンッッッ!!!


 雷と衝撃。それが一方向に向かって発生する。


「がッ、は……ッ」


 それを受けた者は吹き飛ばされ、宙を舞う。


「どうだ!」


 激突に勝利したのは、ロカだった。


「お、のれ……ッ!この、我が、ァッ!」


 浮遊する体、怪人は天を見る。

 その視界に雷の火花が散り、ボアはギリリと歯ぎしりした。


 そして。


ドッガァァァァンッッッ!!!!


 イノシシ怪人は大爆発した。


「ふぅ、ふぅ……ッ。か、勝った。なんとか、なったぁ~」

「ロカ、凄いすごーい!」


 その場にへたり込んだロカに、ミルウェはガバッと抱き着く。


 結社第二の刺客は、こうして倒されたのであった。

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