第四話 平和な町にオーク襲来!

 道中で魔物に何度か襲われながらも、二人は無事に町へと辿り着いた。


 村と言うには大きく、都市と言うには小さい。岩がちな低山の麓から山腹までの坂をそのまま町の大通りとして、地形を活かした形で南北に石造りの防壁が作られている。


 鉄の門は大きく強固、魔物に対しても人に対しても堅牢な町だ。目立った城館は存在しない、町そのものが城という事なのだろう。


「怪しいな」


 門を潜ろうとした所で、ロカとミルウェは衛兵に止められた。


「ええ~っと、何か……?」


 ロカは愛想笑いを浮かべる。


 こうなる事は予想の範疇。何故ならば隣にいるミルウェ異星人の格好は、異質という言葉を服にしたようなものだからだ。しかしながら、途中に町も何もなかった事で着替えさせる事が出来なかったのである。


 ならばと言う事で、もういっそ堂々と正面突破を図った結果がコレであった。


「その娘、何者だ。そんな服、見た事が無いぞ」


 訝しむ目で衛兵はミルウェを指さした。槍を握るもう一方の手に僅かに力が入っているのが分かる、不審な行動をしたならブスリと一突きされるだろう。


「この子、記憶が無いんです。ただ本人が僅かに覚えているのが、ず~~~~っと遠い所の国のお姫様だった、って事らしくて。この服もそこの物で、誰か彼女の故郷を知っている人がいたら、と思って着させているんです」


 空の向こうから来たという意味不明な事を言い出す理由は、記憶が無い事から頭の中が混濁しているせい。ずっと遠い所のお姫様というのは本人いわく真実だが、この大地の何処かにあるとは言っていない。服は確かに故郷の物だが、この世界に故郷があるとは話していない。


 嘘と偽りとその他諸々、言い訳が出来るようにロカは事前に策を練っていたのだ。


「冒険者として旅する傍らで、彼女の故郷探しもしてまして」

「ふむ、そうだったのか……」


 先程までの疑念の目は消え、むしろ同情の眼差しで衛兵はミルウェを見ている。その目を向けられている張本人はひらひらと飛んでいる蝶を眺めて、明後日の方向に顔を向けていた。


「分かった、疑って悪かったな。ギルドは街の中央にある、彼女の故郷について何か情報が手に入ると良いな」

「ありがとうございます」


 貼り付けたような笑顔を浮かべてロカは頭を下げる。詐欺師も裸足で逃げ出すほどの滑らかな受け答え、冒険者から転職した方が彼女は楽に生活できそうだ。


 無事に町へと入った二人はギルドに顔を出し、ロカが運んできた荷物の引き渡しを終える。


「……すっごい視線を感じる」


 ギルドは冒険者の溜まり場。様々な依頼を受けるための拠点であり、仲間を探す場所であり、冒険の出発点である。冒険する事を純粋に求めている者もいるが、そこにいる大多数は儲け話を期待しているのだ。


 つまり、普段と違う何か、に対する興味関心が強いのである。悪目立ちするミルウェは、彼らの目を惹き付けるのに十分な存在感を放っているのだ。


「よぉ、可愛らしいお嬢ちゃん。なんだか見た事のない服だなぁ」

「わぁい、褒められた」


 無害そうな顔をした冒険者の男が近寄ってきた。彼に言われた言葉を額面通りに受け取り、ミルウェは素直に喜んでいる。だがしかしロカはよく理解していた、この手の声掛けから話を拡げようとする輩は碌なのがいないという事を。


「ほら、さっさと行くよ」

「あうん」


 グイッとミルウェの腕を引き、彼女は建物の外へ歩いていく。

 ギルドには冒険者同士の争いごとは厳禁というルールがある。彼女らを追いかけて無理やり話をしようとするのは、自らそのルールを破りに行くようなものだ。確実な儲け話があるワケでもないのにリスクを取る理由なし。それを理解している彼らは黙って二人を見送った。


「まったく、同業者は鼻が利くな。……まあ逆の立場だったら私も話しかけるけど」

「褒められたのにー」

「いや、ただのおべんちゃらでしょーが」


 ちょっと残念そうなミルウェ。ギルドの建物から少し離れた所まで彼女を引いてきたロカは、ノーテンキなその様子に呆れた。


「ま、とりあえずお昼ご飯にしましょうか」

「わーい、ご飯だ~」


 昼を少し過ぎた頃合い、お腹が減るのも当然。二人は並んで適当な店へと入っていった。


 腹を満たしてゆったり過ごし、十分に寛いだ二人は満足そうな顔で通りを歩く。


「美味しかった~」

「あの店、次に来た時のために覚えておかなきゃ」


 なだらかな坂道歩きは、腹ごなしの運動にちょうどいい。ロカとミルウェはしばらく上り、入ったのとは反対側の門まで到着した。


 その時。


「おい!応援に来てくれ!めちゃくちゃ強いオークが南門に!」

「なんだって!?」


 坂道を駆けてきた衛兵の頼みを受けて、北門に詰めていた衛兵たちが武器を手にして坂を下りていく。ロカとミルウェはその背を見送った。


「行かないの?」

「流石にだいじょーぶでしょ、強いと言っても所詮はオークだし」


 ははは、とロカが笑う。


 猪の顔でありながら二足歩行、時には武器を操る手ごわい魔物。だからと言って、世界を揺るがすような凶悪な存在ではない。初心者の冒険者でも、ある程度の経験を積んで仲間と協力すれば問題なく倒せる相手だ。


 衛兵が応援を頼むほどの相手となると一般的なオークではないのは確実。だがしかしオークである事には変わらない。熟練兵士が協力し合えば、それを倒せない等という事はあり得ないのだ。


「ま、本当にヤバければ力を貸すよ、私如きが力になるかは知らんけども。さてさて、散歩再開っと」


 そう言ってロカは坂道を下り始めた。


「魔物が来てるらしい、北に逃げた方がいいのか?」

「分からんが……念のために女子供は移動させた方が良いかもな」


 すれ違った男達の話が耳に入る。旅烏たびがらすであるロカと違い、この街で暮らす者たちにとっては魔物の襲撃は看過できない事態だ。家と家族、それを放り出して逃げるわけにはいかないのだから。


「稼ぎ時か!?よっし、行くぜ!」

「抜け駆けすんな!待ちやがれ!」


 街の中央まで戻って来た所で、ギルドの建物から冒険者たちが飛び出してきた。彼らは我先にと南へ向かって走っていく。


「んん?ギルドにまで応援要請が……?」


 オーク襲来。それだけで衛兵が大勢動員され、更には冒険者たちにまでお呼びがかかる。街の混乱は南に向かうにつれて大きくなっており、中央以南の人々は怯えながら二人の横を駆け抜けていく。


 ロカはこの状況を訝しんだ。


 町を襲撃したのは本当にただのオークなのか、と。


「とにかく、私も応援に行くべきだね。ミルウェは」

「私も行く。色んな魔物、見てみたい~」

「あはは、暢気ぃ~」


 緊張が強まる状況とは真逆なミルウェの動機にロカは笑った。

 二人は共に南門へと走る。


「く、クソッ!コイツ、本当にオークか!?」


 放った矢では一切ダメージを与えられず、斬りかかった衛兵は返り討ち。我先にと戦いを挑んだ冒険者たちは一瞬で倒され、意識を失った状態で大地に転がっている。


ズシッ、ズシッ


 一歩一歩、確実に大地を踏む。その重々しく威風堂々の歩みは一切止められない。


「閉門!閉門!門を閉じろ!」


 大勢の衛兵たちによって巨大な鉄の門が閉鎖され、丸太の様な鉄のかんぬきが掛けられる。大軍であろうとも、この堅牢な門を打ち破るのは容易ではない。一先ずは魔物が町へと侵入する事だけは防げた。


 と、衛兵たちと冒険者らは思っていた。


「我が歩みをこの程度の板きれで止めようとは、笑止」


 オークは不服そうな顔で言葉を発し、前へと手を伸ばす。既に魔物は門へと触れられる距離にまで至っていた。


ジジジ……ッ

「な、なんだ……?」


 衛兵が違和感を覚えた。それが何によるものかは分からないが、確実に自分の身体に何かが起きている事だけは分かる。


「か、閂が!」


 門の開閉を阻害する鉄の棒がガタガタと揺れ出した。数人がかりでやっと持ち上げられる程の重量であるそれが、その重さを感じさせない勢いで鳴動している。


「ふんッ」


 オークが軽く鼻を鳴らした。


バガッ

ズドォォォンンンッッッ!

「ぐああっ!?」

「がはぁっ!?」


 門が爆ぜた。比喩ではない、文字通りに外から内に向かって弾け飛んだのだ。その破壊に衛兵と冒険者が巻き込まれ、南門を守備する者は一瞬のうちに誰一人いなくなってしまった。


ドンッ、ガンッ、ズガァンッ!

「うおぁっ!?」


 門へ向かって駆けていたロカの横を、役目を果たせなかった鉄の棒が風車の様に回転しながら飛んでいった。


「あ、やべ」


 ミルウェの表情が固まる。


「おや、そこにいたか」


 目的のものを見つけ出したオークは、その口元にニヤリと笑みを浮かべた。

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