第二話 ハチ怪人、現る!
背後で生じた轟音、そして漂う土煙。二度目の出来事であるがロカは再び驚き、屈みこんだ姿勢で振り返ったまま硬直する。
ブワッ
もうもうとしていた砂煙が、風に吹き飛ばされて突然晴れた。
「ギーチ、ギチギチギチッ!」
蜂顔の怪人がそこにいた。
細身ながら筋肉質な黄色と黒の体を持ち、前全開の黒ベストを着て白のズボンを履いている。その背中で開かれた四枚の薄
「よぅやく追いついたゼェ、お嬢ちゃんヨォ」
「むむむ、追いつかれてしまった」
ハチ男は気安い口ぶり、対するミルウェは苦々しげだ。追われているという彼女の言葉、その追跡者こそがハチ男。それを理解したロカは、ミルウェを自身の後ろへ隠して庇う。
「アァン?ンだ、コラ。何の真似だ、原始人」
「よく分かんないけど、女の子を追いかけ回すなんて変態すぎる」
「そーだ、そーだ、このヘンターイ」
ロカの後ろからミルウェが追撃する。二人の連撃にハチ男はあからさまに怒りの表情……顔色は全く分からないが、たぶん怒った。
「こンのガキゃァ……良い度胸じゃねェか。オイ、原始人!さっさとソイツをこっちに寄こせ。そうすりゃ、慈悲深い俺様はオマエを見逃してやろうじゃねェか」
語気荒く言い放つハチ男。対するロカは怯む事無く、男を睨んだ。
「どう見ても良からぬ輩に渡すわけ無いでしょ!」
「なにィ……チッ、面倒臭ェ」
彼女の答えを受けてハチ男は、首の後ろに手をやってコキコキと首を鳴らした。
「じゃァ仕方ねェ。死ねや」
バッと薄翅が開き、素早く羽ばたく。ハチ怪人は僅かに浮き上がり、バキバキと両手の指を鳴らした。
「この、ホーネット様の針によってなァッッッ!」
まさに一瞬。
超加速したホーネットは鋭い蹴りを放つ。靴裏には一本の太い針があり、それがロカの顔面目掛けて襲い掛かってきた。
「っ!」
ガヂィン!
素早くロングソードを抜いた彼女は、ギリギリのタイミングで針を受け止める。剣には魔力を通わせ、容易には圧し折れない強度へと変化させていた。
「チッ、運の良い奴だ」
「運だけじゃ冒険者なんてやってられない、よッ!」
押し返すと同時に、ロカはホーネットの脚目掛けて斬りつける。しかし刃は空を斬り、ハチ怪人は空中で後方一回転して距離を取った。
「冒険者ァ?ハッ、未開惑星人は原始的だねェ」
滞空しながらホーネットは挑発するようにわざとらしく肩をすくめる。
「はぁ!?冒険者を馬鹿にするな!このハチ野郎!」
ダッ!
怪人の言葉に激高したロカは足に力を込め、大地を蹴って跳んだ。大きく剣を振りかぶり、ホーネット目掛けて全力で斬りつけた。
ビュン!
「空中で、俺様に勝てると思うな!このカスがッ!」
「くッ!」
ズドンッ!
再び刃は空を切り、逆に蜂の針が腹へと突き刺さる。
ドガァンッ!
「ぐはっ!」
蹴りの威力に押し飛ばされ、彼女は大地へと叩きつけられた。地面にクレーターが作られ、その中心でロカは腹を押さえる。幸いに針は刺さっていない。咄嗟に衝突点に魔法障壁を張り、的確に攻撃を防ぎ止めたのだ。
「痛ったいなぁ、このぉ!」
「オイオイ。今ので死なねえとは、ゴキブリみてェなしぶとさだなァ。オォ?何しやがった?」
立ち上がる彼女の姿を見て、ホーネットは面倒臭げに言い放つ。ハチ怪人にとって今の一撃は、確殺の蹴りだったようだ。
空中に留まる怪人を睨みながら、ロカは考える。冒険者として三年、過酷な環境を乗り越え、強大な魔物を打ち倒してきた。強敵との戦いは彼女の冒険においては日常である。
相手の動きを見極め、その行動を予測する。敵の力を推測し、弱点を見出す。ロカは冒険者としては若輩も若輩、だがしかし戦闘能力と頭の回転に関しては熟練冒険者も目を見張るものがあるのだ。
(安い挑発に乗っちゃたのは失敗、失敗)
まずは反省。軽率な行動だったのは誰の目にも明らかである。
(あいつは空を飛べる、でも私は無理)
続いて事実の確認。基本的だが重要な事だ。
(……多分あいつは魔法障壁を、魔法自体を知らない、と思う)
言動からの予想。誰もが使える魔法、それはこの世界においては常識だ。しかしミルウェいわく、この
ならば、そこにつけ込む隙があるのではないか。
「ア?原始人がなーに考えてやがる。ケッ、無駄な事を」
ロカの様子を訝しみながらも、ホーネットはそれを鼻で笑う。ミルウェが先に言った通り、自身がペペレベクヅラならばロカはミジンコ。見下して当然、いや比較する事すら無意味なのだ。
「無駄かどうか、試してみれば?」
挑戦的に笑みを浮かべるロカ。
「ハッ、安い挑発だな」
対するホーネットは肩をすくめ、彼女を見下した。
「だが」
羽ばたきを続けていた四枚の翅がその動きを速くする。表情が全く分からないが、ハチ怪人はおそらくニヤリと笑った。
「ノッてやろうじゃねェか!!!」
初撃よりも更に速く。ホーネットは弾丸のように突撃する。
(きたっ!)
認識するよりもずっと早く、行動を予測した時点でロカは対策を実行していた。口の中で転がすように言葉を紡ぎ、それを魔法の呼び水とする。
「大地よ、起きよ!ロックウォール!!!」
彼女の言葉に応じるように、ロカの目前の地面が隆起した。それは彼女の身を隠す壁となり、ホーネットの超高速の蹴りを阻害するバリアとなる。
「なんだとォッ!?だがそんなもので、俺様の蹴りは止まらねェッ!!!」
驚愕しつつもハチ怪人は一切怯まない。壁と諸共にロカを打ち抜こうと突撃の速度を更に増した。
ドガァァンッ!!!
豪速の針の蹴りで土塊の壁はいとも簡単に爆裂して崩壊する。当然、その向こう側にいるはずの人間も運命を同じくする。
……はずだった。
「はぁッ!!!」
「なにィッ!?」
壁を打ち抜いた瞬間、ホーネットの首を目掛けて鋼鉄の剣が襲い掛かる。
ロカはロックウォールを単なる防御として使ったのではない。ハチ怪人から自身の動きを隠し、その壁以外を狙えないように誘導したのだ。どれだけ速くとも飛んでくる場所とタイミングが分かっているならば、冒険者として経験を積んだ彼女にとっては躱すも反撃も容易なのである。
ガズンッ!
「ぐぅおッッ!?」
振り抜いたロングソードはホーネットの首を正確に捉えた。剣撃で前進を無理やり止められたハチ怪人は、超高速のままグルンと後方回転を数回して地面にうつ伏せで倒れる。
「よしっ、上手くいった!」
考えた事を実行できたロカは安堵し、一つ頷いた。
「死んで無い……かな?もうこんな付きまとい行為はしないように!分かった?」
倒れ伏す怪人に彼女は諭すように言う。
「ぐググ……。ンのヤロ、ウ……ッ」
ダメージを受けて体を震わせながらも、ホーネットは立ち上がる。その黒き複眼の目には怒りの炎が宿り、明確な殺意が全身から生じていた。
「こンのッ!未開惑星のサルがァッ!!!」
怒声と共にハチ怪人はロカに向けて腕を突き出す。
(殴り…………いや、違うッ!)
自身に向けられているのは拳ではない、手のひら。それに気付いた瞬間、嫌な予感によってロカの身体が震える。
ガシュ
ダギュッ!!!
その予感は当たっていた。
ホーネットの手のひらが渦を拡げるように開き、その奥から何かが放たれたのだ。彼女の顔目掛けて発射されたそれは白く鋭く、何もかもを貫く一本の矢……いや、針だった。
(く……っ!)
距離は相手の動きを見る余裕になる。その観点から言えば、かなり近い距離から放たれた超高速の針は最悪の攻撃だ。嫌な予感、そしてそれに応じて動いた身体。しかしそれでも、躱し切るには速さが足りない。
死を目の前にして世界が遅くなる。脳が最大限の働きをする事で、刹那の中で思考知覚が鋭敏となっていく。その最中であっても自身へ向かって飛来する針は止まらない。
一瞬のうちに多くの事を考える。取れる行動は一つだけ、何をするかを多くの選択肢の中から選び取らなければならない。
彼女が選択したのは。
「身体強化ッ!筋力増強ッッ!!!」
全身の筋力を魔法によって増幅する事だった。
限界以上に強められた筋肉の力で、身体を無理やり前方へ向かって屈ませる。躱すだけならば仰け反らせた方が確実、だが体勢を崩した状態では次が無い。それを刹那で理解したロカは危険に飛び込む事を実行したのだ。
そして、それは正解であった。
ビュンッ
「バカなッッッッ!?」
戯れでも何でもない必殺の一撃。それを躱され、ホーネットは驚愕の声を上げた。
「うおおおおッッ!」
体勢を低くしたロカは、その両足に力を込める。
ダンッ!
大地を蹴った彼女は、ハチ怪人の
ゾバンッ!
「が……ッ」
突進の力と増強された筋力を載せた全力斬撃がホーネットの胴を薙ぐ。
ロカは勢い余って数メートル前進した後、両足で大地を削って停止した。
「バ、バカな……ッ!ありえねェ、この俺様が……ッ!未開惑星の原始人ごときにッ!認めねェ、認めねェぞ……ッ!クソがァッ!!!」
斬られた断面からバチバチと火花を散らし、それは全身へと伝播する。
そして。
ドッガァァァァンッッッ!!!!
ハチ怪人は大爆発した。
「え、えええええ!?!?」
まさかの事態に、強敵を倒した張本人が驚いて振り向く。
ロカは命を奪う事までは考えていなかった。ある程度の重傷を負わせた後、反省させて回復魔法をかけるつもりだったのだ。まさか人間型の相手を斬ったら爆発するとは思いもよらない出来事である。
「お見事~!」
「み、ミルウェ……な、なんで爆発……?」
「怪人だから。秘密結社に作られた人造怪人。強いけどやられるとこうなる、お約束だよ」
「お、お約束……って、ナニ???」
よく分からない、理解できない事が立て続けに起きた。
強敵を打ち倒したロカの頭は、なおも疑問符で埋め尽くされていた。
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