異星異世界遭遇ふぁんたじー ~少女を守るため!怪人を倒せ、冒険者!!!~

和扇

第一話 空から女の子がっ!?

「ふわぁ~……むにゃむにゃ」


 魔物に襲われる事など無い長閑のどかな街道を歩きながら、ロカは大あくびをする。齢十八の乙女、今をときめく冒険者でありながら何ともだらしのない表情だ。


 いかんいかんと首を振ると、ポニーテールに纏めた茶色髪が左右に揺れた。ライトグリーンの瞳を持つ目の端に生じた涙を、ロカは乱暴に長袖黒インナーの袖でぐしぐしと拭い去る。


ぱしん

「うしっ」


 ぼんやりとしたままでは、万が一魔物が飛び出して来た時に命取り。両頬を軽く叩き、彼女は覚醒した。


 とはいえ、右も左も背の低い草が広がる草原地帯。魔物が身を隠して接近してこられるような場所ではない。彼女が気を抜いて歩くのも無理もない事である。この場においては彼女の左腰に有るロングソードも役目は無さそうだ。


 ロカはごそごそと薄茶色ハーフパンツのポケットを探る。小さな袋を取り出し、履いているブーツと同じ焦げ茶色の四角い何かを一つ摘まみ取った。ポンと口の中へと放り込んでカリカリもぐもぐと咀嚼する、簡単な保存食料である。


 とりあえず口に物体が入った事で、より意識が明瞭となった。完全覚醒した視界に映る土の道は、緑の草原を切り裂いているかのようである。


「次の町まであとどれくらいかなぁ~」


 一人旅をしていると独り言が多くなる。そんな例に彼女も漏れる事無く、誰に聞かせるでもなく言葉を発した。


 ロカは配達依頼を受け、とある町を目指しているのだ。背中のリュックサックにはその荷物が収められている。期限まではまだまだ余裕があるが、流石にのんびり休憩して寄り道をする程の時間は無い。だから彼女はひたすら歩いているのだ。


 大きく伸びをした事で少しズレた鉄の左胸当ての位置を直し、腰の後ろに差した野営キャンプ用の細身鉈の具合も同じく修正する。


「さーってと、今日も頑張って進まないと」


 宿には二日泊まっていない、そもそもこの街道沿いにないのだ。田舎だからこそ、不便勘弁もう御免な環境なのである。簡易な建物で良いから作っておいてほしい、ロカは心からそう思っていた。


 そんな時。


ごぉ……ぉ……

「ん?」


 どこかから、巨大な魔物の唸りの様な音が聞こえる。彼女は腰の剣に手を伸ばし、姿勢を少し低くして身構えた。


ごぉぉ……ぉぉぉ……

「……どこだ?」


 音の出所を探る。開けた草原地帯、大型の魔物が接近してきたならば百パーセント発見できる。しかし視界の何処にもそんな姿は見えず、ロカは警戒をより強くした。噂に聞いた透明化の魔法を操る魔物かもしれない、と。


ごおおぉぉぉ……

「え?上?」


 彼女はようやく、その音が頭上から発生していると気付いた。何の気なしに顔を上げて空を見る。


「あ?」


 炎の玉がそこに有った。

 いや、降ってきていた。ロカが使えるファイヤーボールの魔法など比にならない、空気を焼く火焔の流星だ。彼女は意味が分からず、呆けた顔でそれを見る。


 が、すぐにそんな事をしている場合ではないと判断した。


ごおおおおおぉぉぉぉッッッ!!!

「うわぁっ!?」


 突然の理解不能な出来事に遭遇し、彼女は駆けだす事も出来ずに後方へと跳ぶのが精いっぱいだった。


ずっどぉぉぉぉぉぉんんんんッッッ!

「ひゅっ……」


 目と鼻の先、三十センチメートルを通過した火の玉は大地を粉砕した。あまりの衝撃と恐怖に、ロカの喉から小さく音が鳴る。両腕を上げた状態のまま硬直する身体、首だけを無理やり動かして火炎弾の正体を見た。


 そこにあったのは、いや居たのは銀髪の少女だった。彼女は片膝を立てた状態、おそらくは無事に着地したのだろう。


「お、女の……子?」


 理解不能ゆえに自分が認識できた事をそのまま口に出す。ロカの言葉に気付いたからか、銀髪の少女はゆっくりと立ち上がる。


 綺麗な銀の髪は腰までの長さのストレートロング、その瞳は文字通り輝く金色だ。百六十五のロカより十五センチメートル身長は低く、見た所の年齢はロカと同じくらいである。


 何よりも不思議なのは彼女の恰好。


 ピッタリと身体を覆うのは、ロカが全く知らない生地で出来た伸縮性がある黒のスーツだ。腹部と二の腕、太もも部分がシースルーとなっているが、天から降り落ちてきた衝撃に耐えている事から見た目よりもずっと頑丈な様子である。靴は履いておらず素足で、透き通るような白の肌が見えていた。


 銀髪少女とロカは正対し、どちらも動かない。というかロカは訳が分からずに動けない。少しの間見つめ合った後、彼女は無理やりに口を開いた。


「だ……誰?」


 ロカは非常に単純な言葉を吐く。


「○□△✕」


 謎の銀髪少女は、わずか一秒の間に何かを言った。


「え、何て言った……?」


 人間業と思えない程のあまりの早口。全く聞き取れなかったロカは正直に聞き返す。


「○□△✕」

「全く分からん……」


 親切にもう一度、おそらくは名前を言ってくれた銀髪少女。ロカは異国の言葉かとも思ったが、ほんの僅かに自分の話しているものと同じ言語の響きを認識した。つまりは超早口であるだけで、自分が理解出来ない言葉ではないのだ。


「ゆっくり話してくれる?全然聞き取れないから」

「ミルウェ・リル・カツェル・ピリェ・コッラ・カッラ・キリキシェ・エール・ベリベ・ピオ・ゴート・ウリエ・コンツ・ルルル・レレレ・ポコ・ミシリア・ベンメルト・ヤーネン・モンシ・シェーラ」

「んえ」


 予想以上の言葉の量にロカは変な声を上げた。


「えーっと……それ、名前?」

「そう。ミルウェ・リル・カツェル・ピリェ・コッラ・カッラ・キリキシェ・エール・ベリベ・ピオ・ゴート・ウリエ・コンツ・ルルル・レレレ・ポコ・ミシリア・ベンメルト・ヤーネン・モンシ・シェーラ」

「……名前かぁ」


 彼女の予想は合っていたようだ。だがしかしあまりにも長い、更に言えば何処までが名で何処からが姓であるか全くもって分からない。ロカ・エンカーターという自身の分かりやすい名前とはまるで違う複雑さだ。


「なんて呼べば良いんだろ」

「好きに呼べばオッケー」

「軽いなぁ。うーん、頭と尻尾を取ってミルウェ・シェーラ……?」

「ぐっどセンス」


 銀髪少女、ミルウェは拳を突き出して親指を立てた。お気に召したようである。


「あー……ところで何で空から?というか何者?」

「宇宙を飛んで逃げてきた」

「うちゅう……?」


 聞いた事のない言葉にロカは首を傾げる。


「……?宇宙、空の向こう、この星の外」

「ほ、星……?それって夜空に光ってるアレ?この星って……?指してるの地面だよね、空に向こう側があるの?」


 大地があって海があって、空があって太陽と月が代わる代わる通り過ぎていく。夜になると光り輝く星が姿を現して、それが方角を教えてくれる。ミルウェはそんな星と自分が立っている地面が同じだと言う。


「うーん、文明の水準が違う。一万年くらい違う。ミジンコとペペレベクヅラくらい違う」

「ペ、ペペ……???」


 謎の、おそらくは動物か何かを例示されたがロカには意味不明。ミルウェは思案顔で腕を組んで、どう説明すればいいかを悩んでいる様子だ。


「むー、こういう時は絵を描こう」


 そう言ってミルウェはその場にしゃがみ込む。彼女につられるようにして、ロカもまたその膝を折った。


「こうして~」

「え、指さしてるだけなのに地面に丸がっ!?」


 ミルウェの指が宙をなぞるままに、地面が削られる。一瞬ロカは無詠唱魔法と思ったが、それにしては魔力が一切感じられない。つまりは全く未知の力で図が描かれているのだ。


 そんな彼女の驚きなど一切気にせず、銀髪少女は図解化を完了した。


「この真ん中の丸がこの星。星は大体、球の形をしてる」

「え、丸?どう見ても平らだけど……?」

「星が大きすぎて、球だけど貴女にはそれが感じられない。平だったらずーっと向こうまで見えるはず、でも見えない。地平線や水平線が弧に見えるのが証拠」

「うーん、分かるような、分からないような」


 腕を組んでロカは首を傾げる。王都のエライ学者先生の高尚な言葉訳の分からない話を聞いているかのようだ。そんな事を考えていると、彼女はふと最初に聞いた話を思い出した。


「そう言えば逃げてるって、何から?」

「それは―――」


 疑問に対してミルウェが答えようとした、その瞬間。


ドォンッ!

「うおっ!?」


 空から何かが凄まじい速度で、ロカの背後へと落ちてきた。

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