正気と狂気の狭間にて

マスク3枚重ね

正気と狂気の狭間にて

正気と狂気の狭間を行ったり来たりしている。もう私は限界なのだろう。狂気に陥り記憶をなくし突然正気に戻る。そんな事を何度繰り返しただろう。今も私の手は真っ赤に染まっている。吐き気を模様しトイレへ駆け込む。吐き出したそれは真っ赤に染っていた。それを見て私はまた吐き出す。地獄だ。どうしてこうなった。


「頼むから…誰か私を殺してくれ…」


私が初めて人を殺めたのは妻の浮気相手だった。私が仕事に行ってる間に妻は男を家に上げ浮気していた。それを知ったのは偶然だった。仕事が早くに終わり帰宅したら妻と男は私の寝室に居た。私は衝動的にガラスの灰皿で男の頭を殴った。叫ぶ妻と裸で身体を痙攣させ床に転がる男。私は自分の服に着いた返り血を見て恐ろしくなる。隣で叫ぶ妻に目を向けた。


「人殺しぃぃ!○○さん!起きてぇぇ!」


男にすがりつき泣いている。この女は何を言っているのかと私はまた頭に血が上るがまずは落ち着かせなければならない。


「落ち着け!まずは冷静に…」


「ふざけないで!人殺しぃ!警察に電話するわ!!」


私は咄嗟に妻の腕を掴む。暴れる妻を押さえ込み、気が付くとギリギリと首を絞めていた。どれくらいそうしていたのかは分からない。妻は泡を吹き、白目を向いて尿を垂れ流していた。私は妻の首からゆっくりと手を離し妻を揺する。


「おい…起きろよ…な…冗談だろ…?」


妻は返事をしない。私は妻に縋って声を上げて泣いた。何故こんな事になってしまったのだと、後悔と怒りと悲しみ、そういったこの世の悪いもの全てが混ざり、今この場に具現化している。


それから数時間が立ち俺は立ち上がり涙を拭く。いつまでもこうしてる訳にはいかない。裏切った妻と知らない男の為に捕まるのはごめんだ。幸い明日は休みだからと、変わり果てた妻と男をガレージに運ぶ。男を運ぶ時に血が床を汚したので、頭にビニール袋を被せガムテープでグルグル巻にする。その後に妻も汚いのでタオルで身体を拭いたあとに運ぶ。2人を旅行用の大きなトランクケースにそれぞれ入れる。1つは妻のお気に入りのやつだった。それを見て一緒に旅行した事を思い出し、悲しくなる。それから妻の衣服や日用品も集めトランクケースと一緒に車に詰める。


「次は掃除だな…」


俺は寝室や廊下の血を綺麗に拭き取り、ベットを退かしてカーペットを敷く。昔、妻がこの色は合わないからとずっとしまっていたやつだ。以外に悪くない様に思う。掃除機を掛けベットを元の位置に戻す。ベットシーツはあの男と妻が使っていた事を思うと吐き気がするので、新しい物と交換する。汚いシーツも車に詰め込む。疲れた俺は明日の朝に目覚ましをセットし眠りに就く。



目覚ましが鳴る前に男は目を覚ます。新しいシーツやカーペットが敷かれているのを見て昨日が夢ではなかったのだと思い出す。急いで風呂に入り準備をする。血で汚れた服はビニール袋に入れ車に押し込む。それから直ぐに車に乗りこみ移動する。足が着くのを恐れ、高速を使わずに自分の別荘へと向かう。妻と2人で別荘で過ごした日々を思い出し、あの日の告白を俺は思い出す。


何時間か立ち別荘に着く。深い森の中にある立派な別荘で今でも年に何度も訪れる。スコップを持ち別荘の中へ入っていく。床板を外し地下への階段を降りて行く。中は暗いのでランプに火をつける。中は防空壕の名残のようで、掘られた穴に木の板で補強した程度の粗末な物だ。だがそこそこに広い。そこに穴を掘る。人1人が入れる程の穴を掘り、男が入ったトランクケースごと埋めてしまう。ひと仕事終えた俺はコンビニで買ったサンドイッチを食べ、次の仕事に取り掛かる。妻の入ったトラックケースを開け、変わり果てた妻を愛でる。若く美しい彼女は今や死体。だがそれはそれで美しさを感じる。彼女の裸体は曲線を描き、全てをだらしなく剥き出しにしている。俺が殺せなかったのを後悔する。俺が殺したかった。『私』にやらせるべきではなかった。前の妻の様に…前の妻は別の男の子供を身ごもったとここで『私』に告白した。『私』は絶望していた。だから俺がここで殺してやった。ひとしきり嬲り、腹を裂き、腹の中を見せてやった。当然の報いだ。『私』と俺を傷付け金まで要求する女は死んで当然だ。


「俺が『私』を守るんだ…だからこれは『私』からのご褒美さ…」


そう言いながら死んだ妻の身体をバラしていく。これが俺が『私』から貰える愛情だと信じて、前の妻のようにバラしていく。俺は興奮する。久しぶりの胸の高鳴りを止められずに夢中でバラしていく。全てが血の海に変わるまで。



私が目を覚ますと家に居た。長い夢を見ていた気がする。妻の浮気相手を殺し、妻をもこの手にかけた。だが、2人の死体は無くなっている。寝室に昔の色味の合わないカーペットが敷かれ、妻の荷物は無くなっていた。妻は生きていて、男と出ていったのだろうか?直ぐに警察に連絡をするとまた意識を無くす。


次に目が覚めた時、かなりの時間が過ぎていた。妻と男は私の金を盗み行方不明になり、近所の人や友人は私に同情し、私の経営する会社もいつも通りに軌道に乗っている。記憶を無くしている間にいったい何があったのだろうか。前にも似た様な事があった。前の妻は他の男と子供がてきてしまったから別れて欲しいと泣きながら謝られた。私は苦しかったが誠心誠意謝る彼女を許す事にした。お金には困ってはいなかったから、彼女に財産の半分を渡すと別荘で話したのを最後に私は記憶をなくした。気が付くと彼女は行方不明になってしまっていた。記憶を無くしたのはショックのせいで、お金を受け取らなかったのは彼女なりの誠意だったのだと思っていた。しかし、記憶を無くした直後に妻が行方不明になるのが2度も続くなど明らかにおかしい。


「1度病院で診てもらうか…」


どうやら馬鹿な『私』は気づき始めたらしい。こうするしか無かったとはいえ、長期間の記憶の欠如は流石にバレる。余計な事はするなと俺は思いながら『私』が病院の待合室で座るのを見ていると女が向かいに座る。その女は美しかった。最初の妻と顔が似ている。現に『私』も最初の妻だと思い声を掛けている。人違いだと分かり『私』は赤面していた。馬鹿なヤツだと思う。最初の妻はもうとっくに死んでいるのにこんな所にいるわけが無い。だがそんな『私』の態度に向かいの彼女は笑顔で答えていた。俺は昔の感覚が蘇る。


俺と『私』が二重人格である事を最初の妻は気が付いていた。俺は彼女に惚れ、巧妙に『私』になりすまし、彼女を物にしようとしたがダメだった。彼女があくまで好きだったのは俺ではなく『私』だったのだ。だから俺は彼女を犯してやった。彼女は傷付きそして妊娠した。俺と『私』は同じ身体なのだから気にする事はないのに『私』に他の男との間に子供が出来たから別れてくれと抜かしやがった。そして別荘で俺に言いやがった。


「身体が一緒でも穢れた貴方の意思はきっと子供にも影響する」


だから腹を裂いて見せてやった。これは正真正銘の俺の子供で『私』の子供だってな。そして泣く彼女を犯しながら殺した。その時の興奮は今でも忘れない。

俺は『私』に対し劣等感があったのだ。俺ではなく『私』を選んだ彼女が許せなかった。そして俺は待合室の目の前に座る彼女を見つめ微笑む。



私は目を覚ます。だが身体は自由には動かない。身体が操り糸で動かされる様に勝手に動く。どうやらここは私の別荘のようだ。言葉を発せない。身体を縛られスクリーンを見せられている感覚だ。すると目の前のベットに病院で勘違いして話しかけた女の人が裸で縛られ、口には猿轡を嵌められている。目からはボロボロと涙を流しこちらを震えながら見つめてくる。


「おや、目が覚めたようだな?」


私が喋った分けてばないが確かに私の声で喋る。


「もちろん『私』に話しかけてるんだぞ?」


女の人が涙を流しながら首を振る。


「今からこの女を犯し殺す所を『私』には観ててもらわないとな?」


そして私の身体は勝手に動き出す。身体をくねらせ逃げようとする彼女の身体を乱暴に弄び、欲望のはけ口にする。そして泣き叫ぶ彼女の声は猿轡で声にならないうめき声になる。そして犯しながら、私はナイフを取り出し彼女の身体を切り刻みベットが赤く染っていく。私は肉体の快楽とグロテスクな光景に耐えきれずに意識が何度も飛ぶ。場面、場面の凄まじい赤色が脳裏に焼き付き、決して未来永劫に忘れられない呪いとなる。そして彼女は苦痛と屈辱と恐怖の中で死んで行った。私は彼女の最後の顔を死んでも忘れられない。


「死体の後始末をしてやったんだ。これくらい付き合えよ。お前も気持ちよかっただろう?」


「お前は…なんなんだ…」


「俺は『私』だよ。ずっとお前を支えて来てやったんだ。お前が親から虐待されたり、学校で虐められている間は俺が全部引き受けていたんだよ。大人になってもそうだ。辛いことは全部俺任せだ。だが、俺はお前を恨んじゃいない。俺はお前を愛しているからな。お前の最初の妻の事も愛していた。だから俺が殺した」


「お前は狂ってる…いや、私が狂っているのか…」


「どうだろうな?きっと俺もお前も狂っているのかもしれないな。お前は優しいから暫く俺が肉体の主導権を貰う」


「また…あんな酷いことをするつもりか…」


「ああ、お前が俺を受け入れるまでな」


それから『俺』は何度も女を誘拐しては別荘に連れ込み、犯しては惨たらしく殺していった。いつの間にか私も正気を失い狂気に落ちていった。私と『俺』で女を交互に犯し、辱め、痛みを与えて最後は殺す。最高の快楽とグロテスクが赤色で綺麗に染まっていく。死んだ女の肉は美味かった。私はどうすれば美味くできるか研究していた。だが肉を食べるうちに私は正気に戻る。真っ赤に染まった手を見て私はトイレで吐く。吐いた吐瀉物に先程食べた女の肉が混じり赤く染っている。


「頼むから…誰か私を殺してくれ…殺してくれ!頼む…こんな事は嫌だ!」


「大丈夫だ。お前は全て俺に任せておけばいい。俺がいれば捕まる事も無い。お前だって楽しんでいただろう?」


「違う!あれは私じゃない!お前がやったんだ!」


「それは違うな?あれは俺じゃない。肉を美味しそうに食べ始めたのはお前だったぞ?」


私は絶句する。このままでは狂気に染まりきってしまう。死んだ2人の妻を思い出し、正気を保とうとするが『俺』はゆっくりと歩き出す。


「そんなにあの女達が良かったのか!それならまだあるぞ?」


『俺』が床板を外し、階段を降りていく。ランプを付け防空壕の中を照らす。土がいくつもの山となっている。更にその向こうに奥まった場所があり、ゆっくりと近づくと2組の白骨死体が転がっている。


「埋めずに取っておいてやったぞ?」


その白骨死体は私が愛した2人の妻だった。骨を見ただけで私にはわかった。愛した人の腕や足、頭が本人だと実感させる。私はまた狂気に染まり、骨に飛び付く。妻だったそれらに噛みつき、しゃぶりつき私の正気を殺していく。ひとしきり口に含んだ後にまた私は正気に戻り、ポケットの中のナイフを自分の首に突き立てる。


「何するんだ…!」


「私達は…生きていては…いけない…」


私達は血反吐を吐いてふらつく。『私』は直ぐに意識を手放す。だが俺はよたよたと歩きながら外へと向かう。別荘を出て森の中で力尽きる。


目が覚めると病院のベットの上で目が覚める。いくつもの機械が身体に繋がり、身体は動かない。すると看護師の女が話しかけてくる。


「大丈夫ですか!?良かった!今、先生を呼んできますね!」


『俺』は女の背中を目で追いながら舌なめずりをする。

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