第16話:初めてのデート

 安藤さんとは校門前で集合することになった。

 先生からの『ガムテープすね毛取り』による痛みがヒリヒリする。すね毛はそんなに生えている方ではないのに激痛とは何事か。


「最上くん」


 マシンカウンタの如く下校する生徒を数えていると、不意に名前を呼ばれる。

 見ると、安藤さんは目の前まで来ていた。大きな声を上げるのは恥ずかしかったのだろう。


「髪型変えたんですね?」


 僕は自分の髪をいじりながら尋ねる。

 昨日はおさげだった髪を今日はストレートにしていた。

 天音さんの言っていたように少しイメチェンしただけで見違えるほど可愛くなったように感じる。


「あ、うん……せっかくのデートだから」


 安藤さんは照れ臭く応える。僕に同調してか彼女もまた髪をいじり始めた。

 なんていうか……可愛いな……全く実感がなかったが、この人が僕の彼女なんだよな。


「似合ってる……かな?」


「似合ってますよ」


「良かった。おさげとどっちが似合ってる?」


「それは…っ!」


 素直に「今の髪型」と言おうとしたが、強引に息を吸い込んで言葉を止める。


 僕は今、試されている。

「今の髪型」なんて言ってしまったら、これまでの彼女を否定することになる。それに僕が一目惚れ(設定)したのはおさげのほうだ。ここはおさげを褒めつつ、かつストレートも褒める。それで行こう。


「おさげもとっても似合ってましたが、今の髪型もとても良いですよ!」


 回答とともに右手の親指を上に立てる。

 個人的には最適解だと思ったが、安藤さんの反応は微妙だった。照れの表情は完全に冷め切っている。


「えっと……どうかしましたか?」


「もしかして、最上くんって色々な女子に手を出してたりする?」


「何でそうなるんですか!」


「だって! 褒め方が上手いというか……嫌らしいというか……慣れた感じだったから!」


 なるほど。下手に最適解を叩き出すと尻軽男に見られるわけか。恋愛って難しいな。


「そんなことないですよ。今まで一度も彼女なんていたことないですから」


「そ、そうなんだ……私が初めてか」


 冷ややかだった表情が再び温まる。頬を赤く染め、視線を逸らす。

 情緒が不安定な人だ。だが、そこが可愛いと思ってしまうのはどうしてだろう。


 短いやりとりを終えた僕らは二人並んで歩き始めた。


「今日は突然誘ってごめんね」


「特に予定はなかったので平気です。それで、どこに行きますか?」


「えっとね……」


 安藤さんはそう言って、カバンの中を探り始める。「あれ?」と独り言を呟きながらカバンの中で手を右往左往させる。見つけ出すのに苦戦しているみたいだ。


 探している間にバス停に到着する。


「あった!」


 見つかったのが嬉しかったのか思わず大声を上げる。それから口を手で抑えると、周りをチラチラと見回した。そういえば、四宮先生と話している時も、不意に大声をあげてたな。


 タイミングよくバスがやってきたので乗車する。

 運よく後部の席が空いていたので、僕たちは隣同士で座る。


「何ですか? それは?」


「これからのために行きたいところをメモしておいたの」


「それはそれはご丁寧にありがとっ!」


 感謝を述べながらメモされた内容を見て唖然とする。

 メモは事細かに書かれていた。遊園地、水族館、映画館などの名詞が大項目として書かれ、各項目に固有名詞がずらりと並んでいる。


「行きたい場所たくさんありますね」


「頭に浮かんだものをひたすら書いたの。そしたら、こんなに多くなっちゃった。でも、今後のことを考えたらこれくらいあっても良いかなって」


 恥ずかしがりながらも笑みを浮かべ、安藤さんは僕を見る。僕の方が背が高いからか必然的に上目遣いになっていた。


「そうですね。行きたい場所がたくさんあるほど恋仲も楽しくなると思いますし」


 思わずこちらも照れ臭くなる。

 成り行きで成立したカップルだが、彼女といるのは悪くない気がした。


「だよね。良かった」


 安藤さんは眉を上げて視線を背ける。もしかすると、照れ臭さが表情に現れていたのかもしれない。ただ、彼女の口角はずっと緩んだままだったので、悪い気はしていないのだろう。


「今日はどうしますか?」


「そ、そうだね。最上くんはこの中で行きたいところとかある?」


 おっと。不意に第二の関門がやってきた。

「何でもいい」「安藤さんに任せます」なんて口にしようものなら、幻滅されるのは間違いない。


 かといって、行きたい場所を指すわけにもいかない。それだと僕が独断で決めたことになり、恋人としての共同作業を蔑ろにしている。


 意見を出して、決定権を安藤さんに委ねるのが僕の勤めだろう。


「初めてのデートなので、水族館や映画館など静かにするようなところではなく、ゲームセンターやアミューズメントパークなどはしゃげる場所がいいですね」


「それ私も思った!」


 僕の目論見は功を奏したようで、安藤さんが大きな声を上げる。

 突発的な声に驚いて、周囲の人がムッとした表情でこちらを見る。僕たちは頭を下げながら謝罪した。


 普段なら、申し訳なく思うシチュエーションだが、安藤さんと一緒だと何だか楽しく感じた。これがカップル効果というやつだろうか。


 それから少ししてバスが駅に着いた。

 続きは電車の中で行うこととなった。

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