第15話:リア充を許さない先生

 翌日。俺は再び眠気に負けて保健室を訪れた。


「それで、ミッションの調子はどうだ?」


 仮眠を取り、気分が晴れたところで四宮先生が安藤さんのことについて聞いてくる。今は僕と先生以外の人はいないので、有意義に話せるみたいだ。


「安藤さんについてなのですが」


 四宮先生にどう説明しようか迷ったものの、最終的には素直に現状を伝えようと思った。


「訳あって彼女と付き合うことになりました」


 僕の発言に四宮先生は眉を上げる。

 昨日の天音さんの反応で確信したが、やっぱり初対面から1日で恋人になるのはおかしな話のようだ。


「なるほど。それはおめでたい話だな」


 先生はそう言って自分の机にある文房具入れに手を差し伸べた。その姿に僕は既視感を覚える。


 刹那、窓の閉まっている室内に風が吹く。

 僕が既視感の正体に気がつく前に、正体を再現するようにカッターナイフが首元に添えられた。


「少年。私が言ったミッションを復唱できるか?」


「安藤さんに友達ができるように幇助すること」


「正確にはクラス内で友達ができるように幇助することだ。それなのになぜクラス外の君が友達ではなく彼氏になっているんだ?」


「これには色々と訳があるんです」


「ほう、惚気話でもしようと言うのか。召使のくせにご主人様に舐めたことしてくれるな。君はまだ自分の立場をわかっていないみたいだ」


 先生は怒りの形相を浮かべている。

 エロゲをやっていたのを知られた時よりも、殺気立っているのは気のせいだろうか。本能が命の危険を感じ取ったようで冷や汗が流れる。


 どうやら、四宮先生はリア充が大っ嫌いみたいだ。


「先生が理由を尋ねたんじゃないですか! ていうか、他の生徒が来たらどうするんですか? どう考えてもこの状況はまずいでしょ!」


「心配はいらない。君と違って彼らはちゃんとノックしてくれる。それに万が一開いたとしても、私たちと彼らの間にはカーテンが敷かれている。だから来たタイミングでカッターナイフを隠せばなんの問題もない」


「計画していたような言い分ですね」


「それで、君はどんな惚気話を聞かせてくれるんだ? 内容次第では、カッターナイフを引く可能性が覚悟して話せよ」


「惚気話じゃないですって。四宮先生から依頼されて、まずは彼女について知ろうと思って跡をつけたんです。そしたら、安藤さんにバレてストーカーを疑われたので、苦し紛れの言い訳で告白したら成功したんです」


 先生は僕の話にポカンとした表情を浮かべる。


「ふっ、はっはっはっは! 何だ? その意味がわからない展開は? 最低評価の動画でもそんなバカなシチュエーションはないぞ」


 大きな笑いを浮かべながらカッターナイフを僕の首元から外す。ベッドから立ち上がり、文房具入れに戻した。


「君も、安藤さんも、どこかぶっ飛んでいるな。そのいう理由でリア充になったのなら、まあ良しとするか」


 先生の許容範囲はよく分からない。僕としては、この人もだいぶぶっ飛んでいると思う。


 兎にも角にも、許してもらえたなら何よりだ。


「ひとまず、安藤さんとお近づきになる事はできました。付き合っていく中で関係を深め、彼女の悩みを聞けばクラスに友達がいないことを教えてくれるでしょう。そこで初めて先生からのミッションを遂行することができます」


「今は前段階というわけか。一応はちゃんとミッションに取り組んでくれているようで何よりだ。君も聞いていたかもしれないが、彼女がカウンセリングに来た時、クラスにいじめっ子がいるようなことを言っていた。悩みを聞く時は、その辺も考慮してやってくれ」


「やっぱり先生って、僕以外の生徒にはものすごく優しいですよね」


「そうか。君からもそう見えるなら何よりだ」


 僕は先生の言い方に少し違和感を覚えた。


「見えるってことは、本当は違うんですか?」


 違和感を覚えた箇所を指摘すると、先生は眉を上げる。本人も無意識のうちに発言してしまっていたのだろう。


「ふっ。君はかなり注意深い生徒のようだね」


「そんなことないですよ。注意深かったら先生の召使になんてなっていなかったでしょうし。単に言葉や仕草に敏感なだけです」


「それもそうか。いや、私としても優しく振る舞っているつもりだ。ただ、私にとって学校の生徒というのは全員が対等な存在なんだ。それ故に、八方美人になってしまっていてね」


 先生の視線は、僕の方から窓の外に逸れていった。

 体育の授業をやっているのか、外からは男性の張った声が響き渡っている。


「生徒からの信頼を積んでいるが、とても穴だらけなんだ。何かの拍子に全て崩れ落ちてしまうほどにね。だから優しく見えているだけと表現したんだろうね」


 再び顔を僕に向け、笑みを浮かべる。

 彼女の表情や仕草、言葉から過去の出来事が垣間見えたような気がした。


「先に謝っておくが、私の召使である以上、君にも責任がのしかかるかもしれない。その時はうまく逃れてくれ」


「助けてくれるとかはないんですね」


「一緒に落ちているんだから、助けるも何もないだろう」


「そうですね。盲点でした」


 僕と四宮先生は互いに微笑みあった。

 ようやく殺伐とした雰囲気が弛緩した。

 

 ふと、スマホから通知が届く。

 手に取って確認する。安藤さんから「授業後に会わないか?」と来ていた。


「授業後、また安藤さんと会います。できれば、その時に悩みについて聞こうと思います」


「授業後……つまりデートというわけか……」


 緩んだ空気が再度固まる。四宮先生は再び文房具入れのある場所を伸ばす。だが、取ったのはカッターナイフではなく、文房具入れの横にあるガムテープだった。


「共に沈むはずなのに、君だけ充実しているのはやっぱり気に食わんな。決めた。君には一度『ガムテープすね毛取り』を味わってもらおう」


「何でそうなるんですか!」


 叫び声を上げるものの、誰も助けには来なかった。

 先生の意向で右左合わせて二回のすね毛を取られた。

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