第9話:そして僕は召使になる

 意識が戻り、うっすらと瞳を開く。

 窓から射す日の光。太陽の位置からして午後一時から二時くらいか。また、寝てる間にみんなが下校してしまった。


 上体を起こし、ベッドに座る。

 外からは部活動の声が聞こえる。運動部の野太い声、ボールがバットに当たる時の甲高い音、サッカーボールを蹴る時の鈍い音、その他様々な音が聞こえてくる。


 外の煩さとは対照的に、保健室はとても静かだった。

 聞こえてくるのはマウスのクリック音。それもほぼ一定周期で聞こえてくる。

 四宮先生、またゲームをプレイし始めたみたいだ。

 

 スリッパを履いてベッドから立ち上がる。

 少し動いたことでカーテンが視界をスライドして四宮先生の姿が顕になる。そのタイミングで彼女も気がついたようで僕の方に顔を向けた。


「よく寝れたか?」


「おかげさまで。頭もずいぶんスッキリしました」


「それは良かった。ベッドを一つ使わせてあげた甲斐があったってものだ」


「随分と上からですね。安藤さんの時は隣で寄り添ってあげていたというのに」


「聞いていたのか?」


「最初はあまり寝付かなかったんです」


「なるほど。それはラッキーだった」


 僕が寝れなかったことがなぜラッキーなのだろうか。


「少年よ。少し話したいことがあるからそこのソファーに座ってくれ」


 訝しんでいると、先生はそう言って扉に一番近いベッドの手前にあるソファーを指差した。一体何の用だろう。アフターケアか何かだろうか。言われるがまま僕はソファーに腰掛ける。


「この後の予定はあったりするか?」


「いえ、何もないです」


「そいつはありがたいな。今コーヒーを持ってきてやるからちょっと待ってろ」


 そいつはありがたいとは一体どういうことだろう。それに、なぜ僕は急にもてなされ始めたのだろうか。


 先生は湯沸かし器を使ってコーヒーを入れると僕に差し出した。

 猫舌のためフーフーしながらコーヒーを冷ます。


「さっき安藤さんの話を聞いていたと言っていたな。どこまで聞いていた」


「一通りは聞いていましたよ。クラス替えでボッチになってしまったんですよね。僕もクラスに友達がいないので気持ちはわかります」


「そうか。君は自分の力で頑張ってくれ」


 軽く流された。僕も結構困っているのだが。このまま友達ができずにいると、授業を休んだ時にノートを貸してくれる人がいないのだから。

 フーフーして冷めたコーヒーに口を入れる。


「そのことでなんだが、私から君に一つミッションを与える。安藤さんの友達に作りに協力してあげてくれないか」


「ブフッ!」

 

 RPGのような突然のクエスト発令で、飲みかけたコーヒーを吹いてしまった。喉に変な形でコーヒーが入って咽せる。


「なんで僕が友達作りに協力しないといけないんですか?」


「君は昨日から私の召使になっているんだ。知らなかったのか?」


「知るわけないじゃないですか。なんで僕なんですか?」


「話を聞いていたなら分かると思うが、先生の立場である私は生徒個人個人の生活に介入することはできないんだ。だから私の代わりに君には彼女の悩みを解決してもらいたい」


「どうして僕がそんなことをしなければいけないんですか?」


「私を秘密を分かち合った仲じゃないか。こんなこと君にしかお願いできないよ」


 先生は人差し指同士で突っつきながらもじもじした仕草で答える。アラサーながらも可愛さのあるポーズに心打たれる。召使なんて発言をされていなければ、清い心で受け入れていたかもしれない。


「嫌ですよ。大体、僕は自分の友達を作らなければいけないんですから。人の友達作りに手を貸している暇はありません」


「それは頑張ってくれ。ただ、君にはそっちも頑張っていただきたい」


 僕の悩みは完全にスルーなんだな。


「嫌です」


「どうしても嫌だと言うのなら仕方がない。明日の朝、君が昨日言っていたランキングを安藤さんのクラスの黒板に貼っておこう。そうすれば、いじめの対象は君になり、安藤さんの心配もなくなるだろう」


「どんだけゲスいことしようとしてるんですか……」


 そんなことされたら翌日から不登校決定だ。

 暴露のレベルが高すぎる。学校中に広がることは間違いないだろう。そうなったら、安藤さんのクラスどころか全員からいじめられるんじゃないか。


 だが、こちらにも武器はある。

 だって僕たちは秘密を分かち合った仲なんだからな。


「そんなことしたら、僕だって先生のやっていたゲームをみんなに暴露しますよ」


 不敵な笑みを浮かべて四宮先生を見る。

 彼女にとってもプレイするゲームのタイトルがバレるのは死活問題のはずだ。


「君は今、自分が上の立場に立てたと思っているみたいだな」


 しかし、四宮先生はまるで効いていないとでも言うように、不敵な笑みで返してきた。コーヒーによる熱さのせいか、一筋の汗が僕の頬から流れる。


「先ほどの安藤さんとのやりとりを見ただろ。私はこの学校のカウンセリングを受け持っているのだ。生徒からの信頼は厚い。男子からは可愛いと定評がある。君が暴露したとして、私が否定すればみんながどちらを信じるか分かるはずだろ」


 確かにそうだ。先手を打たれてからでは、僕が自分の非から逃れるために暴露したのだと思われるのがオチだ。全員からの哀れな視線が頭に浮かぶ。


「本当にゲスいですね」


 やる気ばっちりとか、ありがたいとか言っていたのはそう言う意味だったわけか。


「君があの日勝手に保健室に入り、私の秘密を知ってしまった以上、こうなる運命だったんだよ」


「……分かりました」


 僕は受け入れるしかなかった。この状況では、どう足掻いても拒否することはできない。


「よろしい。さすがは私の召使だ」


「それで、具体的にはどうすればいいんですか?」


「自分で考えなさい。君にはちょうど今スッキリした頭があるだろ。ミッションは簡単だ。安藤 日和(あんどう ひより)がクラス内で一人でも友達を作ること。難しいことではない」


「いや、十分難しいでしょ……」


「本人がそう思っていれば難しいかもな」


「ひとまず、先生の知っている安藤さんの情報をもらっていいですか?」


「覚悟はできたみたいだね。くれぐれも本人には、私に頼まれたなんて言わないでくれ。次に話す時、警戒されかねないからね」


「わかりました」


「物わかりが良いようで何よりだ。今後の活躍次第では『助手』に格上げしてあげよう」


 今後の活躍次第では……それはつまり今回限りでは無いと言うことか。

 僕は自分の運命を恨むようにため息を吐いた。それから先生の持っている情報を教えてもらった。

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