第8話:人知れずのカウンセリング

 ベッドについたものの、昨夜と同じくあまり寝付くことができなかった。

 最初は心地よかったマウスの音だが、クリックの回数が増すごとに騒音となり始めていた。


「保健室ではできる限り静かにする」はどこに行ったのやら。それを四宮先生に追求しても「できる限りと言ったはずだ。これはやむを得ないことなのだ」と一蹴されるだけだろう。


 コンコンッ。


 マウスとキーボードの音だけが響き渡る保健室に、扉をノックする音が割り入る。


「どうぞ」


 マウスを数回カチカチした後、先生は張った声で答える。

 どうやら四宮先生はノックをゲーム切断の合図としているらしい。ここは自分の部屋かよ。


「失礼します」


 ガラッという音と一緒にソプラノ風な明るい声音が聞こえてくる。


「安藤さんか。今日はどうした?」


「その……悩みを聞いてもらいたくって」


 明るい声ではあるが、おどおどした喋り方から暗そうな性格の子に思える。


「新年度早々悩みか。差し詰め『クラスで友達ができない』と言ったところだろ」


「すごい! さすが四宮先生!」


 安藤さんは驚きの声を上げる。先ほどの声量が嘘だったかのように大きな声だったため、僕の心臓が思わず跳ね上がった。保健室では静かにしてくれ。


「新年度の悩みといえば定番だからな。話を聞いてあげるから、近くにある椅子に腰掛けてくれ」


 四宮先生はそう言うと椅子を引く音が度々聞こえてくる。先生もまた場所を移動し始めたみたいだ。というか僕が寝ているのだから「保健室では静かに」と言ってやってくれ。


「あれ? 昨年度とカウセリングの場所は変わったんですね」


「保健室にもイメチェンが必要なんだよ。新鮮なものに触れると気分も良くなるからな」


「そういうことだったんですね」


「それで。『クラスで友達ができない』と言っていたね」


「はい。今年度のクラスなんですが、去年同じクラスだったのが男子だけだったんです。他の子達は去年クラスが同じ子で仲良くなっていて。このままじゃボッチ確定です」


「去年同じクラスだった」という台詞から安藤さんは高校二年生、あるいは高校三年生か。上級生のクラス替えで引き起こるありがちな悩みなんだろうな。


「ボッチは嫌なのか?」


「嫌です。特にあのクラスでは……」


「あのクラス?」


 四宮先生が同じ言葉を繰り返すと、安藤さんは小声で「はい」と口にした。あまり周りに聞かれたくない話なのか、以降も同じ声量で話し始める。


「高校一年生の時に、私の学級で『いじめ』があったのを覚えていますか?」


「なんかあった気がするな」


「その主犯格が同じクラスにいるんです。だからボッチだと狙われてしまいそうな気がして怖いんです。今日も休みの時間に彼女に見られていたような気がするんです。もうすでにターゲットにされているかもしれない。そう思うと怖くて」


「なるほど。まあ、懲りない奴はいるからな。前回のことで学習した分、より悪質になっているパターンもある。安藤さんが心配するのも無理はない」


「何かいい方法はないですかね?」


「手っ取り早いのは今すぐに女子グループに混ざることだろうな」


「でも……先生も知っていると思いますが……私はあんまり声をかけられる性格じゃないんですよね。一年の時も隣の子が声をかけてくれなかったらボッチになっていただろうし」


「そうだわな。ふん……友達作りに関しては私にできることは何もない。ただ、いじめは何とかなるだろう。もし、いじめられるようなことがあれば言ってくれ。私から担任の先生に伝えておくから。それから助けが必要になったらいつでもここに来なさい。保健室は傷ついた生徒の味方だからね」


「先生……」


 安藤さんはときめくように息を混ぜた声を出す。

 四宮先生も案外良いところがあるんだな。


「大きく介入できないのは申し訳ないな」


「いえ。先生が味方でいてくれるならとても心強いです。何だか頑張れそうな気がします」


 先ほどまでの不安な様子とは打って変わって声が明るくなったように感じられた。そのまま二人の話は終わり、安藤さんは部屋を出ていく。


 いい加減な先生だと思っていたが、生徒に寄り添う優しい先生なんだな。今の一連の流れで四宮先生の評価は上げざるを得なかった。


 四宮先生の優しさに触れて警戒心が解けたからか、僕はそのまま意識を失い、無事寝付くことができた。

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