第6話:自己紹介

 翌日。僕は昨日と同じように学校に登校した。

 そして、昨日と同じように頭がぼーっとしたまま学校生活を送ることになった。


 昨夜もまた入眠困難・深夜覚醒のダブルパンチで十分な睡眠を取る事ができなかった。もしかしなくても、今日も四宮先生のお世話になることは間違い。


 眠い目を擦りながら教室の様子を見渡す。

 廊下側二番目の一番後ろが僕の席だ。ここからはクラス全体がよく見える。


 昨日とは打って変わって教室にいる生徒のほとんどがグループを作って喋っていた。入学式後のHR、授業後などでの交流によってできたものだろう。どちらにも参加できなかった僕はこの通りぼっちとなった。


 女子は全員何かしらのグループに入っている。

 男子は僕以外にもぼっちの生徒がちらほら見える。スマホでゲームをしていたり、律儀に勉強していたり、窓から外を見ていたりと過ごし方は多種多様だ。


 話しかけてみたい気持ちはないわけではないが、僕の席から距離が離れているため声をかけに行きづらい。


 せめて隣にボッチがいてくれれば。

 ふと視線だけを左に映す。隣にいるのは、性格が相容れない太陽のような明るいグループだ。声をかけようものなら蛇のように睨まれることは間違いない。


 次に前方に目を向ける。こちらは性格が合いそうなお淑やかなグループだ。しかし、性格が相容れない女子グループ。声をかけようものなら身の危険を感じて遠のかれるかもしれない。


 右に行こうが、前に行こうが精神的ダメージは逆らえないか。

 ひとりでにため息を吐くと、右側にある扉がガラッと開く。


 視界に入ったのは、容姿端麗な美少女だった。

 黒髪ロング。すらっとした体。第一ボタンまでしっかり止まったワイシャツ。膝丈まできちんと下がったスカートは彼女の育ちの良さを感じさせる。


 パーソナルスペースにずけずけと入ってくるタイプであれば、真っ先にナンパされそうな子だ。


 見惚れていると、彼女が僕を見る。


 冷徹な眼差しが僕を撃ち抜く。もし、龍がいるとしたら彼女の持つ瞳と同じものを持っているに違いない。そう思わされるほど彼女の瞳には狂気のようなものを感じた。


「どうも」


 俺は敵ではないことを示すようにお辞儀をしながら挨拶する。

 彼女は警戒を解いてくれたようで、瞳を閉じると一番近くの椅子に座った。


 どうやら、彼女は俺の右隣の生徒みたいだ。つまり、ペアワークをやろうものなら彼女と一緒になる。うまくやれるだろうかとまだない未来に畏怖する。


 彼女が座ってすぐチャイムが鳴る。

 同時に浅葱先生が教室に入ってきた。


「それじゃあ、HRを始めましょうか。相沢くんと風間さんに今日は日直をお願いしようかな」


 浅葱先生の指示で最前列の窓側にいる二人が号令をかける。

 クラスの全員が「おはようございます」と言って礼をした。

 高校生活が始まって二日目。新鮮な気持ちだからか、行動に真面目さが伺える。


「今日は三限にクラス写真、四限に新入生歓迎会があります。一、二限は教室でこれからの予定について説明して、余ったら自己紹介やらゲームやらしましょうか」


 先生の説明で教室がざわつく。

 自己紹介か。やるのは一年ぶりだ。


 中学三年生は周りに知っている人が多かったため無難な挨拶で終わった。

 しかし、このクラスでは完全なるアウェイ状態だ。地元から遠いし、入学式もろくに参加できなかったためにほとんどの生徒が僕を知らない。


 先生の説明を受けながら頭の中で自己紹介の内容について考える。

 僕の学校生活はこの自己紹介にかかっている。ここで爪痕を残す事ができれば、誰かしら声をかけてくれるに違いない。


「今のところわかってる予定はこれくらいかな。それじゃあ、時間が余ったから予定どおり『自己紹介』でも行っていきましょうか。じゃあ、相沢くんから順にお願いね」


 唐突に振られ、相沢という男子生徒が困惑する。それでも渋々立ち上がって名前、趣味、一言メッセージを口にした。彼がテンプレを作ったことで皆がそれに則って自己紹介をしていく。


「名前は城島 可憐(ジョウジマ カレン)です。間違えた。これは妹の名前でした。城島 光希(ジョウジマ ミツキ)です。間違えた。これは兄の名前だった。俺の名前は……なんだっけ?」


 中には他愛のないボケをするもの。


「カードゲームで全国大会に出場しました! カードゲームに自信のある人は勝負しましょう!」


 同性受けは良いが、異性受けの悪いもの。


「中学では毎授業合間トイレに行っていたので『トイレの神様』と呼ばれていました」


 ニックネームで大喜利を行っている者もいた。

 あだ名で大喜利か。良いかもしれない。昨日に保健室で休んでいた理由を冗談めかして言えば、自己を面白く伝える事ができる。


「では、最上くん」


 ようやく僕の番がやって来た。

 話す事が決まって自信が沸いたため勢いよく立ち上がる。


「最上文也です。睡眠に難を抱えていて保健室にいることが多いと思います。なので、僕のことは『保健室の亡霊』と覚えてください」


 僕の一言で教室は静まり返った。

「昨日の早退はそう言うことだったのか」「大丈夫なのかな」「睡眠障害ってきついよね」などの小声が聞こえてくる。


 ギャグで言ったつもりだったが、面白さよりも心配が勝ってしまったみたいだ。


「保健室の亡霊って……ふふふっ……」


 ただ一人、右隣にいた例の彼女だけは笑いを堪えるように体を震わせていた。

 他のみんなが心配している中、爆笑している彼女はおそらくドSなのだろう。僕は教室の誰よりも彼女の性格を理解できた気がした。

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