第4話:お隣さんは大学生のお姉さん
帰宅はお昼頃となった。
現在の時間は13時。午前中はほとんど寝ていたため腹は減っていない。昼食は家にあるカップラーメンで済まそう。
自分の住んでいるアパートの階段を上がっていく。
高校生活とともに一人暮らしを始めることになった。春休みに引っ越してきたので、約二週間が経過した。
家事なんてろくにしたことがなかったので、いざ一人暮らしを始めると母の偉大さを痛感する。僕と妹と父含め四人分を一人で捌いているのだからすごいったらありゃしない。僕なんて一人分もできないのに。
「お、『ふみやん』じゃん!」
隣の部屋に住んでいる東坂 天音(とうさか あまね)が彼女の部屋の前に立っている姿が目に映る。赤と黒が混じった髪をポニーテールに結んでいる。Tシャツの上に薄着を着ており、ジーパンを履いている。いつもの彼女の服装だ。
丸い目に、純真な瞳はまるで子供のようだ。
彼女は僕よりも年上で今年大学二年生になる。そのため子供のような瞳とは対照的に、胸は大人のようにふっくらしている。
彼女は僕のことを『ふみやん』と呼ぶ。僕の名前が文也(ふみや)だからそう呼ぶことにしたらしい。
「こんにちは。大学終わりですか?」
鍵を手に持っている様子から僕と同じタイミングで帰ってきたのだろう。
「正解。ふみやんは入学式終わり? 結構長かったね。学校って遠かったっけ?」
「いえ。ここから10分くらいです。式中に体調崩して、さっきまで保健室で休んでたんです」
「うおぉ……それは大変! 今は平気なの?」
「そうですね。寝たら治りました」
「なら良かった。それで、初めての学校はどうだったよ?」
天音さんからの言葉で、最初に浮かんだのは『自分の首元に添えられたカッターナイフ』だった。
「金髪美女には気をつけた方が良さそうですね」
「入学式早々何があった……いじめられたりでもしたか?」
「いじめられてはないですね。殺されそうにはなりましたが」
「もっとおっかなかった! 高校生活開幕からとんでもねえやつに目をつけられたみたいだな。その金髪美女っていうのはクラスメイトか?」
「いえ。保健室の先生ですね」
「ふみやんの学校ってもしかして不良高校?」
「多分、あの人がおっかないだけだと思います」
「へぇ〜」
天音さんは感嘆の声を上げながら、何か考えるように顎に手を添えた。
「ねえねえ、ふみやんはこの後暇?」
「特に予定はないですが」
「じゃあ、昼飯食ったらふみやんの部屋行くわ。なんだか面白そうだから話聞かせてよ」
「別に良いですけど。そんなに面白い話じゃないですよ」
それに下手に暴露したら、今度こそデッドエンドかもしれない。
「大丈夫大丈夫。ちょうどモリカもやりたかったし。じゃあ、また後で!」
そう言って、天音さんは部屋の扉を開けて中に入っていった。
その様子を見送った後、僕もまた一つ奥の部屋に行って扉を開けた。
天音さんは僕の部屋によく遊びに来る。
きっかけは部屋でテレビゲームをやっていた時だ。初めてのアパート暮らしだったために音量の調整をミスって天音さんの部屋にゲームが丸聞こえだったらしい。
それで、僕のやっているゲームが気になったみたいで一緒にプレイするようになった。聞けば、天音さんの家にはテレビゲームがなかったみたいだ。貧相だったからか教育熱心だったからか、理由は聞けていない。
思えば、昨日も一緒にゲームをしていた。
天音さんは、最近『モリカ』(通称『モリオカート』)にハマっている。
ゲームしながら雑談していたことで、僕らはお互いの今日の予定を知っていた。
大学生と高校生が部屋で二人っきりでゲームをする。
そう言われれば良からぬ事が起きそうな雰囲気だ。実際、天音さんはソファーに座っている最中、僕の膝に足を置く事がある。
だが、これは気があるわけではない。
天音さんには兄と弟がいるらしく、母方も父方も、いとこは男ばかりらしい。そんなところで育ったが故に男子に対しての距離感がバグっているみたいだ。
モリカでも女子が使いそうな可愛いキャラクターではなく、スピード重視の大きいキャラクターを使っているあたり、ボーイッシュなイメージは否めない。最初はドキドキしていたものだが、今となっては何とも思わない。
自室に入り、カップラーメンを食べるためポッドに水を入れる。
僕はおいしさよりもスピードを重要視するタイプなので、沸騰を待つ間にカップラーメンを開け、『かやく』や『スープの素』を入れておいた。これで湯が沸いたらすぐにラーメンが食べられる。
まだ沸くまで時間がかかりそうだったので、着替えることにした。
一式セットでまとめられるように、下を脱いで、上を脱ぎ、それぞれハンガーにかける。それからワイシャツを脱いだ。
「お待たせ〜!」
ふと扉がバタンと開かれる。
部屋の扉の前にいた僕はすぐさま玄関を向いた。見ると、天音さんの姿がある。部屋の前で見た服装に、弁当の入った袋を手に持っていた。
彼女は陽気な表情で開けたものの、僕の姿を見て呆気に取られる。
無理もない。僕は今、下着姿なのだ。まさかピンポンせずに好きなタイミングで来ていいというルールがこのタイミングで裏目に出るとは思わなかった。
ただ、さすがは男の周りで育っただけあり、恥ずかしがる様子はなかった。ジト目でニヤつき、僕の体を舐め回すようにみる。
「へえ〜、案外筋肉あるんだね」
見定めるような物言いの天音さん。
まるでこの空間だけ性別が反転するように、僕の悲鳴がアパートに響き渡った。
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