第3話:秘密を分かち合った仲

「ふむふむ。なるほど」


 僕のベスト5を聞き終えた先生はようやくカッターナイフをしまってくれた。

 今は何かを考えるようで、手を顎に添えている。

 入学式に保健室で何をやっているんだろうとは思うが、命が救われるのならば仕方ない。


「君は私みたいなアラサーが好きなんだね!」


 先生は面白いことを知ったように目を光らせて言う。

 自覚はあるが、実際に言われると恥ずかしいな。漫画とゲームはお姉さん系、動画に出演していたのはアラサーだった。


「はっはっは。そう照れるな。私としては嬉しい限りだ。私もまだ高校生に性的な目で見られる年齢なのだなってな」


「先生はいくつなんですか?」


「今年で28歳だ」


 一回り上か。確かに要望からして二十代後半、三十代前半に見える。

 さっきのシチュエーションはカッターナイフさえなければ最高だったかもしれない。カッターナイフさえなければ。


「これから仲良くしよう。秘密を共有した仲としてな」


 先生は最初に座っていた席につくと、人差し指を鼻に添えて色っぽく言った。

 鼓動が高鳴る。高校生男児にその言い方は効果抜群だ。最初の出会いさえ最悪なものでなければ今ごろ先生に恋をしていただろう。


「それにしても先生はどうしてあのゲームをプレイしていたんですか?」


 僕はベッドの上であぐらをかき、先生に体を向けた。あんまり先生に向ける態度ではない気もするが、特に注意されることはなかったので大丈夫だろう。


「言い訳ではないが、私は何もエロが目当てでプレイしているわけではない。それが目的なら、実際にやっているさ。異性なら違法でも、同性なら合法だからな」


 嫌味ったらしい笑みでいう彼女は魔女のようだった。

 でも、先生の言い分は十分に納得できる話だ。


「ストーリーとかそう言う感じですか? 確かにゲームは良いものたくさんありますもんね?」


「いいや、それも違う。私が求めているのは『ぶっ飛んだ設定』だ!」


「はぁ……」


「とにかくエロに持っていきたいが故に、リアリティーを完全に無視した設定。動物だけが動ける時間停止。漫画を借りるために性処理道具になる。何度も同じ手に嵌められる少女。私には絶対に思い描けない発想に唆られるんだ!」


 この人は大きくハキハキと何を言っているのだろうか。エッチな作品をそう言う目で見る人は少ないだろうし、それをメインにしている人なんていない。


「そう言う訳で色々な作品を見ている訳だが、最近は生産スピードが早いからな。暇な時間があれば少しでも消化しておきたいのだ」


「人生賭けてまでやることですかね」


「まさか。こんなことになるとは思わなかったんだ。今まで一度もバレたことはないからな」


 入学式早々に保健室。それも無断でベッドで寝るやつなんて数十年に一度の出来事か。そう考えると先生の言うとおりかもしれない。普段の学校生活ではもっと警戒して取り組んでいるのだろう。


 トンッ、トンッ。


 二人で話している最中、保健室のドアがノックされる。

 先生が「どうぞ」と促したことで扉が開かれる。


「四宮先生。最上くんの様子はどうですか?」


 ベッド同士を遮るカーテンの奥から若い女性の声が聞こえる。


「すっかり元気になったよ。眠気もなくなったみたいだ」


 先生は僕から顔を背け、彼女を見ながら答える。

 保健室の先生の名前は『四宮(しのみや)』というらしい。かっこいい名前だ。

 コツコツと歩く音が聞こえ、しばらくして入ってきた女性の姿が顕になる。


 やや茶色がかった長い髪。年齢は四宮先生と同じくらいだと思う。

 二重の瞼から滲み出る優しい瞳。彼女こそ保健室の先生に相応しく思えた。ただ、胸の方は四宮先生に比べたら控えめだ。


「最上くん、こんにちは。体調の方は大丈夫?」


「はい。なんとか……え、えっと……」


 彼女が先生であることは分かる。しかし、どうして彼女がここにやってきたのだろうか。


「ああ、そっか。式の途中で体調を崩したから知らないのも無理ないか。私はあなたの担任になった浅葱よ。深い浅いの浅に、野菜の葱で浅葱。一年間よろしくね」


 なるほど。担任の先生だったわけか。

 優しそうで可愛い先生に当たって何よりだ。


「よろしくお願いします」


「最上くんにこれを渡しに来たの。今日配ったプリント」


 浅葱先生はそう言ってプリント類をくれた。散らからないようにファイルに入れてくれているところが彼女の優しさを示している気がした。


「それじゃあ、明日からよろしくね。教室は開けてあるから、好きなタイミングで荷物を取っていってね」


 浅葱先生はプリントを渡すや否や保健室を出ていった。

 新年度が始まり、忙しいのだろう。


「なーに、鼻の下伸ばしているのかな」


 浅葱先生が去っていく姿をカーテン越しに見ていると、四宮先生が企みのあるような口調で喋る。表情はニヤついていた。


「別に伸ばしてませんよ。優しい先生で良かったと思っただけです」


「そうだな。可愛くて優しい先生で良かった。でも、人は見かけによらないかもしれないぞ」


「浅葱先生について何か知ってるんですか?」


「さあ〜。私の秘密がバレたからと言って、彼女の秘密をバラすわけにはいかないからね」


「別に教えてくれなくても良いですよ」


 今日の教訓として、人の秘密を知るのは良くないことが分かった。

 四宮先生も例の事件さえなければ、きっと浅葱先生と同じような気持ちを抱いていたに違いないのだ。


 体調も回復したためベッドから起き上がる。

 荷物は教室にあると言っていたので、さっさと取って帰ろう。


「四宮先生、ベッドを使わせていただきありがとうございました」


「礼には及ばないさ」


「それともしかすると、ここには結構お世話になるかもしれないです」


「というのは?」


「僕、睡眠障害を抱えていて、日中は眠くなることが多いんですよ」


「睡眠障害か。分かった。保健室は怪我や病気を抱えた生徒のためのものだ。十分な理由があるならいつでも来なさい」


「ありがとうございます」


 僕はお世話になったこと、これからお世話になることへの感謝を込めて礼をする。顔を上げると、四宮先生はまた顎に手を当てながら深く考えていた。


「何かありましたか?」


 疑問に思って尋ねると、彼女は澄ました笑みで僕を見る。


「いや。君とは秘密を共有した者同士、深い仲になりそうな気がしてね」


 それはごめん被りたい。

 と言っても、ここが保健室である以上は無理な話だ。


 せめて悪いことが起こらないことだけを願いたい。

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