第2話:秘密を知ってしまった顛末

 睡眠から覚め、うっすら瞼を開く。

 目の前に広がるのはいつもとは違う景色。視界に映る窓はいつにもまして広い気がする。窓から漏れる日差しは眩しくも暖かい。


 朧げながらも記憶を遡っていく。

 そうだ。入学式中に目眩を引き起こして保健室に来たんだった。

 今は一体何時だろう。ポケットにしまってあるスマホを取り出すために状態を起こした。


「おはよう。気分はどうだ?」


 ふと、横から声が聞こえた。

 反射的に顔を向けると、一人の女性がベッドの足を置く側で椅子に座っていた。

 金髪のショートヘア。一重の瞼に、人を試すような余裕さを感じる瞳。整った顔立ちは美人と言わざるを得ない。


 ボタンのしまっていない白衣から垣間見える胸は立派なものだ。

 小さすぎることもなければ、大きすぎることもない。すらっとした体に対して見事にマッチしている。


「そいつは良かった。まさか入学早々、保健室で寝ている奴がいるとは思わなかった」


「すみません。目眩が激しかったので、先生を探すに探せず。寝るくらいなら大丈夫かと思ってました」


「サボりを疑っているわけじゃないさ。それに、先生が心配して保健室に来たから、その時に事情は聞いたよ」


「そういえば入学式はどうなりましたか?」


「とっくの昔に終わったよ。今はみんな帰ってしまった。部活動は除いてな」


 そんなに眠ってしまっていたのか。

 少しまずいことになったかもしれない。入学式はともかく、教室でのホームルームを過ごせなかったとなると孤立する可能性が出てきた。


 クラスで自己紹介をしていないことを願うばかりだ。


「ところで少年」


 明日以降どう接しようか考えていると、先生が僕を呼んだ。

 大人の女性だ。彼女から見れば僕はまだ子供なのだろう。成人してないのだから無理もない。


 僕は再び彼女に顔を向ける。

 先生は片手で持った文房具で、もう片方の手のひらをパチパチと叩いていた。

 あれは……芯の出ていないカッターナイフだ……


「ここで休んでいる時に、何か変な音を聞かなかったか?」


 彼女は僕の顔を見ずに戯れている自分の手を注視する。

 変な音。僕は寝る前の記憶を辿る。


 確か、僕が入眠する前に彼女が保健室に入ってきたような気がした。

 それで誰も来ないのをいいことにパソコンで遊んでたんだっけ。

 あれは……何のゲームだったか……


「流れたのは可愛い女の子の声だった件?」


 刹那、密閉された部屋にも関わらず突風が巻き起こった。

 僕は首元に添えられたカッターナイフを見て戦慄する。風が発生する瞬間、微かにカチカチと芯が出る音がした。


 女性は僕と一緒にベッドに座っていた。

 僕と彼女を阻むカッターナイフさえなければ萌えシチュエーションだったかもしれない。しかし、これは胸の高鳴るシーンではない。ラブコメではなくサスペンスだ。いや、ホラーとでも言おうか。


「不正解だと言いたいところだが、最初と最後が合っているのでオセロ形式に従って正解としよう」


 先生は意味の分からない言葉を並べて僕の回答を正解にする。彼女のオーラから明らかな殺意が感じ取れる。


「正解すると何があるんですか?」


「ご褒美に決まっているだろ。美人である私に犯される」


「その犯されるは『わいせつ罪』ですか?」


 女性は不敵に笑うと、僕の腰あたりに手を回す。

 これはもしかして本当にわいせつ……


「残念。『傷害罪』です」


 ですよね。

 カッターナイフの芯の冷たい感触が首に触れる。これを横にして引いたものなら、僕の人生ゲームはゲームオーバーだ。


「先生がやっていたゲームなら、僕が秘密を暴露しない条件に、先生に淫らな行為をすると思うですが……何で僕の立場が危ういんでしょうか?」

 

「よく知ってるな。18歳未満は閲覧不可能なはずだが」


「どの時代もそんなのに従う子どもなんていませんよ」


「そうか。残念。現実は非情だったな。私が社会的に消される前に、君を存在ごと消してしまえば何もなかったことになるんだ。わざわざ淫らな行為をするまでもない」


 カッターナイフが僕の首元から離れる。だが、安心はできない。むしろ、危険になったとでも言えよう。高校入学と同時に人生卒業か。長かったような短かったような。


「しかし、私も流石に人の命は奪えない」


 どうやら先生は僕にチャンスをくれるらしい。


「保健室の先生ですもんね」


「いや、刑務所には行きたくないからな」


「真っ当な考えですね。じゃあ、どうするんですか?」


「君はさっき、子どもは18禁を見ているような言い方をしていたな。つまり、君も見ているということでいいか?」


 ここで嘘をつけばチャンスは完全に失われるだろう。


「一応」


「漫画、ゲーム、動画のうちどれだ?」


「……全部です」


「なら、その中で君のベスト5を見せてくれ。スマホは持っているだろ。それでチャラだ」


 なるほど。秘密の共有ってわけか。僕が暴露すれば、こちらも暴露すると。

 この状況では従わずにはいられない。仕方なく僕はスマホを取り出し、パスワードを解除した。

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