第3話 出陣

 トーヤを連れて王室に戻った二人を、王とバラクが出迎えた。


「陛下、話はヨギから伺いましたので戦況の方を詳しく」

 トーヤがはっきりした声で言った。


「うむ。……敵は約二万、魔法武装したものが半数。

 今更隠し立てしても仕方がない、我が国は壊滅寸前だ」


「……たった三日で?」

 ウルヤートが呟いた。


「ウルヤート。アノリアが……、敵のヴァンパイアに倒された」

 バラクが辛そうに告げる。

「アノリア兄さんがっ……」


 がくがくと震えだすウルヤートにちらっと視線を送った後、トーヤはにっこり微笑んだ。


「わかりました。このトーヤ・メイユンの名に懸けてこの国をお護り致しましょう」


 期待と畏怖の視線が一斉にトーヤに集まる。


「案外若いな……」

 バラクがポツリと呟いた。


「『たったの』600歳ぐらいだもんなぁ?トーヤ」


 ヨギが言った瞬間、トーヤのエルボーが見事にヨギの鳩尾に決まった。

「……ったくお前は。

 何がかなしゅーて2万の怪物共と戦わなきゃなんねーわけ?」


「あはっ!気にしない!

 ヨギが9999匹倒してぇ、私が一万匹でしょ?

 あとは二人で一匹倒せばいいんだから」


「勝手なことを…。だいたいお前は…」


 ヨギが言いかけるのを、トーヤが唇の人差し指をあてて遮った。


「そんな所で立ち止まってないで、私たちに用事があるなら入ってきたら?」


 トーヤがドアに向かって言うと、がちゃりと鍵が外れる音がして、ウルヤートが姿を現した。


「これはこれはウルヤート様。立ち聞きの趣味があるとはぜぇんぜん存じませんでした」

 ヨギが嫌みったらしく言う。


「ヨギ!殿下、何のご用ですか?」


「…トーヤ。本当にあいつらと戦うつもりなの?」

「ええ」

「僕も…一緒に戦わせてくれ」


 トーヤは驚いたようにウルヤートのサファイア・ブルーの瞳を見つめていたが、ふと目を細めた。


「私たちに付いてくるのは構いませんが、私たちはあなたに付いて行きません」


 ウルヤートはその言葉の意味を一瞬考えて、その後頷いた。


「頑張るよ。…役立たずかもしれないけど」            

                   

      ◇


「…空気が、変わった。」

 透き通るような白い肌と銀の髪を持ち、真紅のローブを身に纏った女が呟いた。


「何が変わったって?シーヴィちゃん」


 自らの呟きに問いかける声を聞いて、女はゆっくり振り返る。


「ユノ。気配を消して近付くのはやめるようにといつも言っておろうが。

 ……まったくこれだからヴァンパイアというものは。

 それに、私のことをちゃん付けで呼ぶのもやめろと言ったはず」


「すまんな。いつもの癖で…。

 それより、シルヴァ様は?」


 シーヴィは溜息を付いて、部屋の一角を指さした。


 そこには、十歳くらいの赤毛の少年がうつろな目をして座り込んでいる。


「なんてこったい。転生に失敗したのか?」


「いや…失敗はしておらぬ」

「じゃあどうして…」


 言いかけるユノの言葉を、すさまじい地響きが中断させた。


「なっ、なんだ?今の…」


 ぱらぱらと落ちてくる天井の埃をうざったそうに払いながらユノが呟いた。


「スラントギーヴの帰還だ。」


 シーヴィが言うと同時に、壊れかけたドアを派手に蹴飛ばして、

背中に大きな剣を背負った一人の大男が部屋に入ってくる。


「すまんすまん。グラインで面白い物を手に入れたもんだから」

「面白い物?それはお前の遊び道具には分を過ぎたものだ」

「なんだ、シーヴィ。この剣のことを知っているのか?」

「その剣は元々、ヨギ・ヤムとかいうダークエルフが時空の迷宮ザッハキアから持ち帰った物で、その一撃は山をも断つと言われている。

 ……しかし、使うためには多大な精神力と体力を必要とするため、普通の人間ならばその剣を使うたびに十歳ずつ年を取る…」


「其の名、雷神剣ダ・ハリ」


 シーヴィはそう言い終えると、ダ・ハリをそっと手に取った。


「すると、十回使えば百歳年を取るのか。

 我々不死の民ならば微々たる時間だが、人間にとってはかなりキツイな」


 ユノがぼそりと呟いた。


「さよう…。それゆえ、ヨギ・ヤムはトーヤ・メイユンに時留の魔法をかけて貰ったそうだ」


「へっへー。脅かしっこなしだぜ。俺だってシルヴァ様に転生の呪文をかけて貰ってるんだ。

 ……これさえあれば、あのバサマイ・キシャロだってちょろいもんだぜ」


 スラントギーヴが言って、シーヴィから剣を取り上げた。


「せいぜい頑張るがよい」


 シーヴィが静かに囁いて、ぞっとするような微笑を浮かべる。

 シーヴィの微笑みを目にする度に、ユノは不死の民である自分よりも多くのことを知り尽くしているこの女魔導師を心底不気味に思うのだった。


     ◇


 広間に、やたら大きな剣を持った大男が怪物共を引き連れてなだれ込んできたという話を血だらけの兵士が運んできた。


 半分囚われの身を楽しみながら、戦いの行き先を話していたトーヤとヨギはその話を聞いて立ち上がる。


「出番ってわけ?」


 兵士から戦闘用の短衣や銀の鎧、新月刀を受け取りながらトーヤが笑う。


「けっこう待たされたな。」

 ヨギが応えて、自分のローブを羽織った。


 廊下を行き交う兵士達を押しのけながら広間に到着した二人に歓声があがる。


 ウルヤートも必死になって剣を振っているが、すっかり怪物達に遊ばれている様子だ。


「魔法使いをねらえ!呪文を唱える前に攻撃すれば赤子も同然だぞ!!」


 そんな叫びと同時に十匹ほどの魔物がヨギに向かって走ってくる。


「正論だな。しかし『魔法使い』と呼ばれたのは初めて」


 ヨギが、ニヤリと笑って腰の短剣を抜く。


「では『魔法使い』とやらに、かかってきなさい」


 ごおおぅっ!!

 咆哮しつつ迫ってくる魔物を身軽に避け、背後から短剣をたたき込む。


「お前らみたいな小物には短剣で充分だから武装軽めにしておいただけなんだけど」


 ずぶり、と手首まで埋まった短剣を抜いてヨギが笑う。

 血糊を払いざまにもう一匹の首をかき斬る。


「あー、、っと。生まれ変わったとき間違わないように教えてやるよ。俺がなんて呼ばれてたか‥」


      『暗黒の魔剣使い』


 言い終わった頃には、ヨギの周りに魔物は一匹も居なかった。


「…あら、言うのが遅かったか」

 ちぇ、ヨギが舌打ちする。

 魔物達が『真の魔法使い』が、広間を走り回っているローブの男ではなく銀の鎧に身を包んだ女だということに気付いた時にはもう、総てが終わっていた。


 広間の隅で、ヨギと剣をあわせていたスラントギーヴが背中に光爆球メテオボールを受けて、花火のように飛び散った。


「転生の呪文がかかっていたようだが…。復活は無理だな」


 ヨギが邪悪な笑みを浮かべて剣を拾い上げた。


「お帰り…とは言ってくれねぇのかい、雷神剣ダ・ハリ


 ヨギの言葉に応えるように、剣が紫色の光を帯びていく。

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