第2話 復活

 その夜、バサマイ・キシャロの王室では緊急会議が開かれた。

 ドラゴリアの魔物達が夕方国境を越えたのだ。


「……我が国も、グラインのようになってしまうのでは……」


 先代の後を継いだばかりの若い宰相が震える声で呟いた。


「こうなったら、トーヤ・メイユンを復活させるしかないでしょう」


 禿頭の大臣が言い放つと、部屋中にざわめきが起こった。


「馬鹿を言うな!五百年前シルヴァ様があれだけ苦労して封印したのだぞ。

 そんじょそこらのひよっこ魔導師に解けるわけがあるまい。」


「神官様……、ここでの問題は『封印が解けるか』ではなくてトーヤ・メイユンがなぜ封印されたのかを思い出すべきでは?」

「トーヤ・メイユンは謀反人だ!」

 

 散々意見が出尽くした後、王が決定を告げるべく立ち上がる。

 ……と、その瞬間王室が急に湿っぽくなった。


「霧?」


 ざわざわとささやき声が広がる。


「なっ……」


 王がぽかんと口を開けたままうろたえていると、霧が人の形に凝固していき、一人のダークエルフが姿を現した。


「お初にお目にかかります。私、ヨギ・ヤムと申します。」


 やけに慇懃な調子の挨拶に、王が我に返る。


「ヨギ・ヤム?…そなた一体何者だ?まさかドラゴリアの…」


 王の言葉で周りの衛兵が慌てて剣を構える。


「いえいえ。ドラゴリアとは何の関係もございません。

 強いて言えば少々恨みがあるくらいで」

「ほ、…ほう?恨みとな?」


 王が、衛兵達を手で制しつつヨギを見つめた。


「はぁ。ここに寄らせていただく前にグラインに行ったのですが、王に預けて置いた私の剣を奪われましてね。

 ここで待っていれば剣を持った馬鹿が王様の首を取りに現れるんじゃないかと思った次第」

「なにぃっ!」

 にやにや笑いながらそんなことを言うヨギに、若い衛兵が切りかかる。


 ヨギはそれを危なげなくかわすと、ひょいっと飛んでテーブルの上に飛び乗った。


「バサマイ・キシャロ王。こんな短気な者ばかりではご苦労が絶えませんな」

「…ヨギ・ヤム?……まさか」


 老宮廷魔導師がよろよろと立ち上がる。


「どうしたラクシュ。この者を知っておるのか?」


「知っているもなにも…。

 今話していたトーヤ・メイユンの相棒で、トーヤ・メイユンが封印されし時『閉ざされた街』に追放になった魔法戦士です」


 その場にいる全員が一斉にヨギ・ヤムを見つめた。


「……さっすがじいさん。しっかりとオベンキョーしていらっしゃる」


 ヨギが苦笑して、テーブルの上に座り込んだ。


「ただ、私は追放になったんじゃなくて自分から旅立ったんですけどね。

 ……ところで、今の話だと、トーヤの奴はまだ閉じこめられてるわけですか?」


「では……、この者なら…」

 王が呟いた。

「この者ならば、トーヤ・メイユンの封印が解けるのだな?!」


「まぁ、解けっていわれりゃ解きますけど…でも、まてよ。あいつ結構ナマイキだしなぁ……」


 ぶつぶつ言うヨギを無視して王がきっぱりと言った。


「トーヤ・メイユンを復活させ、この国の防御に当てる。」


「し……しかし陛下、危険過ぎます」


 うろたえる神官を一瞥すると、王は自分の首にかけていた封印を外し、ヨギに突きつけた。


「ヨギ・ヤム。明朝までにトーヤ・メイユンを復活させい!」


「え?ち、ちょっ…。させい…!っておっさん…。

 無理だよムリムリ。

 だいたい封印を解いたからってあのアマが素直に国を護るわけないだろ……」


「ラクシュ。ウルヤートを呼べ。封印を解くには王族の血液が必要だったはずだ」


 ヨギの言葉は王の耳に入っていないようだ。

 ヨギは大げさに溜息をついて、封印を受け取った。


「いいですか?最低見積もって三日ですからね」


 ヨギが屈強な兵士に両脇を固められ、地下室へと引きずられて行く。


「おいおい、待ってくれよ。俺はこんな事しに此処に帰ってきたわけじゃないんだぞ。

 くっそー!ダ・ハリを取り返したら真っ先にこの国を滅ぼしてやるぅぅぅ……」


 ドップラー効果を残して去っていくヨギ・ヤムの姿を見送って、王室にいた面々は顔を見合わせた。


「目には目を、というやつですかな」


 神官が苦々しげに呟いた。

 がしゃん。


 ヨギの後ろで重い扉が閉まる。

 薄暗い地下室。蝋燭の炎……。


 ご丁寧に床には魔法陣まで描いてある。


「おいおいおい……。これ、文字が逆だってばよ」


 ヨギはブーツの先で床の魔法陣を消してしゃがみ込む。


「うぁっ、ちゃあ……、綴り間違ってるっつーの!」


 ブツブツ言いながらポケットからチョークを取り出してガジガジ書き込んでいるとふと人の気配がした。


 ゆっくりと、顔を上げる。


「よ…よろしく…お願いします」


 部屋の隅から、見るからに弱そうな少年がひくついた笑顔を送ってよこした。


 ヨギは無言で左手をヒラヒラと振りながら少年を観察する。

「チャオ、アンタが生け贄様ですか?王子殿」


「は…、はい。剣も魔法も出来ませんから…」 


「見ただけでわかる事は説明しなくていいよ」

「……スミマセン」


     ・

     ・

     ・

「……いくぞっ!」

「はい!」


 ウルヤートが自分の手首をダガーで切る。

 流れた血が封印に滴り落ちると同時にヨギが呪文を唱える。


 封印から青い球体が浮かび上がり、輝き……そして、消える。


 これが、三日前から何度も繰り返されている。


「ちっ!またダメかよっ!」


 ヨギが呪文の書を床にたたきつけて、へたりこんだ。


「ヨギ、もう一回やってみようよ」


 ヨギは隣に立つウルヤートを見上げた。


「あんたさぁ、ほんっとーーに王族なわけ?」


 ヨギの言葉に、ウルヤートが黙ってうつむく。

 ウルヤートを最初に見たとき、ヨギは王女だと思った。


 そして、次に『取り替え子』の王子だと気付いたのだが、あえてその事には触れなかった。


 五百年前、魔導師トーヤと共に護り育てたのはウルヤートにそっくりな王女であった。


 そして、そのために第一王子を殺さなければならなくなってトーヤは封印された。


「……ま、いいや。ウルヤート様にも大量の血液を提供してもらってるし、ここで期待に答えなきゃ天下に名高いヨギ・ヤム様の名折れって奴だ」


 ヨギは呪文書を拾い上げて立ち上がった。


「そんじゃ、ウルヤート様もう一度いってみましょーかぁっ!」

「はい!」


 繰り返される一連の動作。

 青い球体が浮かび…

 輝き…。


「ばぁっかやろー!トーヤっ!!

 ウルヤート王子が貧血で死んだらてめーのせいだっっ!!」


 ヨギが叫ぶと同時に青い球体からまばゆい光が迸り、ヨギは吹き飛ばされて壁に激突した。


「…てぇ……」


 腰をさすりながら立ち上がったヨギの前にまばゆいばかりの金髪と、紫水晶を思わせる瞳を持った美しい女が姿を現す。


「トーヤ…メイユン……」


 ウルヤートが見とれていると、ヨギは自分の羽織っていたローブを脱いでトーヤに差し出した。


「ウルヤート様には目の毒ですからね」


 トーヤは無言でローブを受け取り身に纏うと、ヨギに向かっていたずらっぽく笑った。


「ちゃんと、洗濯してるんでしょうね?」

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