LEGEND EVE/
@child___a
第1話 危機
風の民の国バサマイ・キシャロ。
遙か遠くまで続くセパ海…。
春先の心地よい風が吹いている。
王城はガルーダス岬の高台にそびえ立ち美しい造りで船乗り達を感心させている。
屋上の中央部に鎮座している鳥かご型の東屋には蔓薔薇がからみつき、可憐な華を咲かせている。
そのかごの中で金色の髪をふわふわと風になびかせ、幸せそうな顔で眠りこけている少年は、妖精めいた顔つきで、華奢な体をしている。
それを見守るように立つ二人の男。
両方とも黒髪で、紺色の目。
……アロサラ・バサマイ・キシャロ王には息子が三人おり、それぞれ『バラク』『アノリア』『ウルヤート』という。
第一王子のバラクは剣の達人であり、第二王子のアノリアは魔法の達人であるが、末子のウルヤートだけは上の二人にちっとも似ていない駄目王子だと巷では噂されている。
「ウルヤート。いつまで寝てる気だ。
魔物たちはすぐそこまで来てるんだぞ」
という声と同時に頭を小突かれて、ウルヤートは夢の世界から引き戻された。
「ん……、ああ、バラク兄さん。
今ね、とってもいい夢を見てたんだ。
すっごい美人が出てきてね……、魔物達を全部やっつけちゃうんだよ」
ウルヤートは、呆れ顔で腕組みしているバラクににっこりと微笑んで見せた。
「ウルヤート……、今が一体どんな時かわかっているのか?」
アノリアが、大げさにため息をつく。
「たとえ魔物が攻めてきたって、どうせ僕は何の役にもたちませんよ」
ウルヤートは照れくさそうに頭をかき、立ち上がって服についた埃を払った。
「……何事も、努力が肝心だ」
バラクが大きな手でウルヤートの頭をぽん、と叩く。
「そうですよ、ちょっとでも国の役に立ちたいと思うなら魔法の勉強でも……」
「いや、剣だろう。」
「何言ってるんですか、兄さん。今は剣より魔法でしょう」
「お前こそ何を言っている」
延々と続く兄二人のやりとり……。
ウルヤートはその顔を変わりばんこに見つめてから、またちょっと笑った。
ふにゃっとする笑い。
「……笑うな!ウルヤート。お前の事だぞ」
「そうですよ!」
突然矛先が自分に向いてしまったので、ウルヤートは一目散に逃げ出した。
「りょ、両方頑張るからっ!」
……そして、転ぶ。
『あーぁ。』
ウルヤートの背後でバラクとアノリアの呆れ声が重なった。
・
・
・
土の民の国グライン。
バサマイ・キシャロ王国の隣に位置する工業国。
バサマイ・キシャロの王子達が危惧する魔物の群は、もう既にグラインに到達していた。
普段は露店やイベントで賑わっている大通りも今は誰もいない。
時折、すすりなく子供の声が聞こえるだけだ。
その街の中を、すでに主を亡くしたグライン城へ向かって歩いて行く者がいる。
一見、魔法使い風の人物。
灰色のローブの裾には、今まで通ってきた血海の痕跡が深紅の華を咲かせている。
黙々と歩き続けていたその人物がふと足を止めた。
後ろから何かに引っ張られたような気がしたのだ。
ゆっくり振り返ると、一人の子供がローブの裾をつかんでいた。
子供を振り払うようにローブがはためく。
その瞬間フードが外れ、色の黒い、まるで氷の彫像のように美しい男の顔が現れた。
「ダ……、ダークエルフ!」
子供は怯えたように後ずさった。
男は忌々しそうに舌打ちしてからフードをかぶり直し、また、歩き始める。
そしてグライン城の王室にたどり着くと、掲げてある王の肖像に視線を向けた。
「誰だ?!」
突然背後から声をかけられて、男はゆっくりと優雅な動作で振り返る。
そこに立っていたのは、血塗れの兵士。
たった一人で、折れた剣を杖のように床につき、やっとの思いで立っているという風情。
「お前は誰だ?ドラゴリアの魔物か?」
男が黙っていると、兵士は剣を構えながら近付いてきた。
「喋れないのか?」
「……ダ・ハリはどこにある。」
男が不意に、まるで冬の闇を凍らせたような声で囁いた。
「ダ・ハリ?…あの魔剣か。
あれならば、ドラゴリアのスラントギーヴとかいう男が奪い去っていったが……。
どうせ今頃今までの持ち主のように魂を吸い取られて死んでいることだろう」
「……スラントギーヴ、か。
その名、覚えておく。
……ったく、人の剣を……」
男はそう文句らしい言葉を呟くと、何やら呪文を唱え始めた。
紫色の霧が立ちこめて男の姿が、消える。
兵士はその場にへなへなと座り込み、王の肖像を見上げた。
今はもう亡き、炎の英雄王……。
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