俺の覚悟

「マグロって、美味しいんだねえ」

「いや、ショーユとの相性がいいんだろうさ。サーモンだって美味しいよ」

「このミソ漬けの魚も初めて味わうけど、上品な味だね」


 ジルの屋敷で、俺はルルガから大事に持って帰って来た、漬けマグロと漬けサーモンの寿司を披露した。向こうでミソ漬けにしたキンメダイも好評価である。


 ルルガの寒さもあったし、漬けにしてしまえば結構もつよなと思い、帰る前にせっせと仕込んでおいたものである。

 夏場はさすがに移動で四時間も五時間も常温で持ち歩くのは命知らずだが、秋冬ならばいける。漬け込みすればさらに安心だ。

 冷凍したものもあったのだが、試しに買ったものを解凍してみたら、思ってる以上に鮮度が落ちてしまって生では美味しくなかった。照り焼きなどにすればまあ何とかごまかせるレベルだ。

 冷凍焼けという、長期間保存していると肉や魚の脂っけが抜けて、カスカスした感じになったりするが、アレに似ている。

 実際は獲れた当日にはしめて冷凍していたものらしいのだが、一週間ぐらいでカスカスになるようでは、冷凍での仕入れも今は難しい。

 日本だって特別な冷凍方法をしていた記憶はないのだが、冷凍庫自体のシステムが異なるのかもしれない。使われている技術は詳しくないので想像するしか出来ないけど。


 ジルにナターリア、ザックにアマンダ、そして美味いもの出すなら俺も呼べ、とパトリックも参加していたが、焼いた魚をほぐしては嬉しそうにダニーやジローにせっせとあげているので、ろくに自分の食事は出来ていない。


「代わりますよ」


 と何度も言ったが、俺の手から普通に食べてくれる幸せを堪能してるからと断られた。

 ウルミは途中までは起きてもぐもぐ食べていたのだが、そのまま電池が切れて眠ったので、今は俺の首から下げている抱っこ紐の中だ。

 ダニーたちも満足したようで、ソファーでゴロゴロ毛づくろいを始めたので、パトリックもようやく食卓についた。


「本当に、サッペンスとルルガじゃ市場にある魚が全然違うんですって! 同じ海なのにビックリだよなあケンタロー」

「そうですね」


 前も食べたのに今夜もバクバクと寿司を頬張っている。どちらも好きだとは言っていたが、サーモンの寿司を食べる頻度が多いので、パトリックの好みはサーモンなのだろう。

 そんなことを思いながら、バッカス兄弟との取引が始まること、今後またルルガにも訪問する頻度が増えるかもしれない、などと話をした。

 ジルが少し考えるような顔をして俺を見た。


「商売繁盛はけっこうなことなんだけどね、ルルガの件を聞いてると、ダニーたちを仕事のたびに連れ歩くのは厳しくないかい?」

「そこなんですよねえ」


 俺は一緒に行動したいのだが、彼らもそのたびに長旅で、馬車で移動することになる。

 本来は野生の育ちなので、出かけること自体は苦ではないかもしれないが、ホテルがないとか入れない店があるとか、トラブルも今後あるだろう。

 時には彼らに留守番を頼むことも必要かもしれないと思っている。

 サッペンスやルルガだけではない。これからまだホラールより少し大きな町ラズリー、そして一番大きな王都ローランスのエドヤ進出も画策しているのだ。


「それで、私も少し考えたんですけども」


 俺はみんなに向かって、土地を買って自分の家と倉庫、うちの子たちの水遊び場を作りたいと考えていると説明した。

 普段から俺は贅沢好みではない。

 仕事と俺やうちの子たちの食費、身の回りのものぐらいしかお金を使わない。

 従ってお金は貯まる一方だ。

 今後エドヤを広げるために貯金しておくのも大事だが、日本に帰れる可能性もかなり薄い自分としては、いい加減覚悟を決めて、この町に根を張るべきではないか。

 俺だけならまだしも、いつまでも狭いエドヤの二階でうちの子たちを閉じ込めるのも可哀想だ。

 もちろん、いきなり土地を買って高級な一軒家をどーんと一括で払えるお金までは貯まってない。

 引っ越しの時に色々調べたが、ホラールの町のど真ん中でなくても、そこそこの広さの土地を買って、在庫用の倉庫とそれなりの広さの家を建て、ベランダにプールまで作れば六千万~七千万ガルはかかるのだ。

 そして俺の貯金は現在その半額にも満たない。

 当たり前だが仕入れやナターリアへの給料など、毎月掛かるお金もあるから、貯金だって全部使えるわけじゃない。

 でも俺はこの国にもローン制度があると聞いた。

 エドヤは経営順調、そのほかにもエドヤの名前がついたレストランやテイクアウトの店もある。

 銀行側としては「将来有望な貸し倒れの危険が薄い客」ではないかと思うのだ。

 借金を背負うことで、商売人としてホラールで成功するのだという決意も新たに出来る。

 うちの子たちの面倒もしっかり見るぞという強固な覚悟を固めようと誓ったのだ。

 黙って俺の話を聞いていたジルたちは、なるほどねえ、そりゃすごい、などと口にしたが、何故か申しわけなさそうな顔である。


「あの、私の考えは甘いでしょうか? やはりもっとお金を貯めてからの方が……」


 俺は不安になって問いかけた。

 アマンダが違う違う、と手を振った。


「オンダの覚悟は分かったし、素晴らしいと本気で思う。でもね、それはダメなんだよ」

「ダメ、というのは?」

「銀行でローンが組めるのは、モルダラ王国の国民だけだからさ」

「……」


 そうだった。普通に暮らしているし、滞在証明書ももらっているが、俺はあくまでもよその国の人間だった。ローンを組む以前の話だったのか。

 ものすごく考えたのに。

 ちょっと、いやすごく情けない。

 膨らんだ希望がしゅるしゅるとしぼんでいく気持ちになり、俺は思わずため息をこぼした。




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