友との繋がり

 俺があからさまにガックリと肩を落としているのを見ていたジルが、少し笑った。


「まあそんなに落ち込むことはないよオンダ」

「いえ、自分の下調べの甘さに腹が立つと言いますか、皆さんの前で偉そうに宣言してしまって恥ずかしいやらでもう」


 パトリック以外はみんな俺より年上なので、俺の荒唐無稽な話を温かく聞いてくれていたのだろうが、嬉々として話していた俺は赤面ものである。


「まあオンダがよその国の人間なのはどうしようもないよ」

「ええ。ですよねえ」


 ジルの慰めに俺も力なく返事をする。


「……だから、私が銀行になるよ」

「ですよねえ……え?」


 流れ作業のように返していた俺はジルの言葉に驚いて固まった。


「もちろん銀行と同じように利息はいただくよ? 私だって聖人じゃないからね」


 銀行のようにジルから俺に貸し付けをして、ジルに返済をしていく。

 家が完成するまで早くても何カ月かは掛かるだろうから、それまでは今の店舗兼住宅で家賃を払って住み、倉庫も引き続き借りてもらう。


「で、ですがダメですよ、大金をおいそれと。しかも他国の商人に貸すなんて!」

「おやオンダ、あんた借り逃げするつもりかい?」

「そんなことするわけないじゃないですか! 今までのお付き合いで分かってるでしょう?」

「だろう? 私だって短くない人生過ごしているんだし、人の見極めぐらい出来るのさ」


 それに、とジルは続けた。


「オンダは商人である前に、私の年若い友人だよ。それに可愛い子たちの親でもあるしね。警戒心の強い三人が懐いているんだから、人間的には信用出来るさ」


 ソファーで転がっているダニーとジロー、俺の首からぶら下がって爆睡しているウルミをちょいちょい指差した。


「私のお金なんて、元は親の稼いだお金がちょいと不動産なんかで増えただけだし、私が死んだってナターリアには一生困らないだけのお金もある。言ったら働かないだろうから内緒だけどね」


 ナターリアは、今日は食事会に参加というより、俺の料理を手伝うのがメインだった。

 食事は先に始めてて欲しいと言い、屋敷の倉庫に在庫の確認に行っている。

 彼女がいないのに何故か小声のジルに、屋敷での力関係を見た気がして少しおかしかった。

 アマンダやザック、それにパトリックまでも、


「ジルが貸すって言ってるんだから借りたらいいじゃないか。オンダならすぐ返せるさ」

「俺もいい話だと思うけどね」

「そうだぞケンタロー。それに建てるなら俺が信用してる仕事仲間も何人か呼んで、友人価格で建ててやるから、少しは安く出来るぜ?」


 などと言い出す始末だ。


「借りたくないってんなら別にいいよ。ただ自分でお金を貯めて家を建てられるようになるまで何年かかると思う? 可愛い子たちもそれまで我慢させるのかい?」

「……また痛いところをつきますねジルさん」


 俺にとっていまや大切な家族であるダニー、ジロー、ウルミ。

 彼らにのびのびと暮らして欲しい気持ちはやまやまだが、何千万ガルもの大金をジルさんに借りるのは流石になあ。

 だからといって、俺がモルダラ国民になることは一生ないし、本当に貯金が貯まるまで何年かかるかと考えたら目眩がする。

 俺が悶々としていると、倉庫から戻って来たナターリアが手を洗って席についた。


「お待たせしました。──あら、オンダさんどうしたの? 難しい顏しちゃって」

「いやあ実はね」


 漬けマグロの寿司をパクパクと食べながらジルの話を聞いていたナターリアは、やあだ、と笑った。


「オンダさんてば、せっかく家を建てるチャンスなんですから借りちゃえばいいじゃないですか。使えるものは何でも利用すべきですよ」

「ナターリアさん、君ね、自分の母親が大金を投じようとしてるってのに止めないのかい?」

「うちの母さんはお金が減らないタイプなんですよ。だって興味があるのが自然観察と研究でしょう? 最近はそれに食べることが増えたぐらいだもの」


 あらこれ、どっちも美味しいですね、と漬けサーモンの寿司にも手を伸ばし、勢いよく食べている。


「それに利息も払うんでしょう? お金をただ持ってるだけより利益出ますし、五年十年経ってやっぱり借りたいなんて思っても、母さんがボケてたりぽっくり逝ってたりする可能性だって」

「ちょ、ナターリア! あんた母親になんてことお言いだい?」

「あら母さん、人間はいつ何が起きても不思議じゃないのよ? 父さんだって亡くなった時は急だったじゃないの」

「まあ、そりゃそうだけども、もう少し言いようってものがあるじゃないか」


 やはりジルとナターリアでは、何となくナターリアの方が上手という感じがする。

 しかし言われたことを考えると、ジルに借りるのが一番な気がしてきた。

 世話になった人にこれ以上負担を強いるのは、と思っていたが、本人や家族までそれでいいんじゃないかと言うのだから、頼ってもいいのかもしれない。


「あのうジルさん、それでは本当に心苦しいのですが、是非融資をお願い出来ますでしょうか?」


 俺が頭を下げると、ジルが一言「いいよ」と答えた。


「んじゃ、俺も仕事させてくれるよな! ガサツに見えて仕事は迅速丁寧がモットーだぜ。仕事仲間も信頼出来る人間だけ頼むから安心してくれ」


 パトリックが笑顔で声を上げると、いつものようにバシバシと俺の肩を叩いた。

 アマンダとザックが一緒になって笑う。


「私たちも何か手助け出来ないかしらねえザック?」

「そうだな。なあオンダ、何かして欲しいことはないのか?」


 ザックに問われたが、話の流れが速すぎて、今は何も思いつかない。


「もし何かあれば後日お願いします。まずは土地を探すところからなので」


 そう返事をしながら、そうか、俺も一国一城の主になるのか、と少しずつ実感が湧いた。

 まだ先のことにはなるが、それまでせっせと稼がなくては。

 抱っこ紐から聞こえる小さなフスフス、というウルミの鼻息を感じながら、俺は改めて決意を固めるのであった。




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