さよならのカンペート

シエリアの店の駄菓子だがしコーナーは異様なまでに充実している。

祖父、ボンモールのモットーを継いだものだ。


「シエリアちゃん。やっほ~」


赤ブチ眼鏡をかけた女性が、手をひらひらと振ってやってきた。


「駄菓子、見せてもらうね」


キクリと呼ばれた女性はかがんでお菓子に夢中になった。

彼女はセポール大学で若くして教授をやっている才女だ。


性格は快活かいかつ

裏表なく、インテリを鼻にかけない。

そのため接しやすく、誰からも好かれるようなタイプの人物だ。


彼女はある時、ぶらりと店先を通って以来、駄菓子にハマってしまった。

そして同じく菓子好きのシエリアと意気投合して、常連になったのだった。

詳しい年齢は聞いたことがないが一回り上という事で、キクリは姉御肌あねごはだでもある。


駄菓子を漁っていたキクリはふと店主の方を見た。


「シエリアちゃん。聞き流す程度でいいんだけど、"星屑ほしくずのカンペート"って知ってる?」


彼女が喋ったそれは非常にレアな幻の駄菓子だった。


「ええ、話に聞く程度ですけれど…。それがどうかしたんですか?」


なぜだかキクリはうつむいた。


「笑わないでね。私、小さい頃にそれ、拾ったことがあるんだ。でも誰も信じてくれなくて。食べちゃったから証拠はないし」


彼女は物憂ものうげな表情だ。


「小さい頃は必死に言い返したけど、大きくなるにつれてバカバカしくなっちゃって。もし、もう一度見つかったら長年のモヤモヤから解き放たれるかなぁ。なんてね。きっと見間違いだったんだよ」


諦めきったキクリにシエリアは熱い約束を決めた。


「いいえ。絶対に星屑ほしくずのカンペートはあります!! 駄菓子を取り扱う身として必ず見つけてきます。そしてキクリさんを未練から開放します!!」


「あはは。冗談だよ。でも…ありがとね」


女教授と分かれて自室に戻るとシエリアはベッドに転がった。


「ああぁ〜!! ど〜しよ〜!! あの駄菓子はマジモンのレアアイテムだよ〜!! 見つかるわけが無いって!! あわわ!!」


気を紛らわすためにエリキシーゼのトゥインクル・スター味を口に運んだ。

その瞬間、舌に触るフレーバーによって幼少の記憶が呼び出された。

祖父ボンモールの膝の上でこれと同じ味を食べている。

あたりは何もない丘だった。祖父の声が聞こえる。


「見ろシエリア。綺麗な流星群りゅうせいぐんだろ。例のブツはあの中に混ざってるんだ」


それを聞いた孫娘はひらひらと星空に手を伸ばした。


「はっは!! そいつぁ無理だ。あれはな、手でも掴めないし、網でも掴むことは出来ねぇ。純粋な想いや願いを聞き入れて降りてきてくれるらしい」


祖父はシエリアのあたまをポンポンと叩いた。


「俺もしょっちゅう"孫娘に食べさせたいから降りてきてくれ"って頼んでるんだがな。それじゃダメみてぇだ。駄菓子屋として手に入れたいって欲はバレちまうみてぇだな」


雑貨屋少女はあふれる涙を拭った。


「おじいちゃん…。私、やってみるよ!!」


流星群りゅうせいぐんを見たのはエリオスの丘のはずだ。

いくらレアな駄菓子とは言っても、あそこはしょっちゅう星が流れる。

粘れば1つくらいは拾えるのではないかと甘い計画を立てた。


そしてシエリアはイメージトレーニングを繰り返した。

しかし、純粋に何かを願うというのは難しいものだ。

常に欲や私情、雑念が紛れ込んでくる。

とりあえずやってみないことにはしょうがないと彼女は思った。


その晩からシエリアはエリオスの丘で夜空を見上げることにした。

女子が夜にうろつくのは危険…のはずだが、丘には人っ子一人居なかった。

早速、流れ星を見つける度に願ってみるが、やはり雑念が入る。


「キクリさんの、キクリさんの…カンペートってどんなのだろうなぁ。見てみたいなぁ」


「キクリさんのモヤモヤを…お腹が減った」


「キクリさんキクリをへっくしゅ!!! う〜寒ッ!!」


こんなことを連日繰り返していると、シエリアは自信が無くなってきた。


「う〜ん、ダメだな私…」


店先でボーっとしていると女の子が駄々(だだ)をこねていた。


「いやーだー!! ほしくずのおかしほーしーいー!!」


母親はそれをたしなめて引っ張っていった。


「あれはね、おとぎ話なのよ。さぁ帰るわよ!!」


なんだか、その姿がキクリと重なって見えた。

ポツリとシエリアはつぶやいた。


「キクリ先生、きっとすごく辛い思いしたんだろうなぁ。大人になるってのはそういうこと…って割り切るのは大人の考えだよね…」


その夜、雑貨屋は再び丘に寝そべった。

想い出のエリキシーゼを食べながら夜空を見上げる。

アイスで頭が冷えてきつつあった。

瞳を閉じて考えを巡らせるとキクリが思い浮かんできた。


(やーいやーい!! コイツ、嘘つき女だぜ!! そんな駄菓子屋あるわけねぇ〜だろ〜!!)


(えっ、あっ…その、うん。キクリさんって変わってるわね)


(キクリ先生って抜けてるとこあるよな〜。カンペートの話だと目がマジだぜ?)


思わずシエリアは心が押しつぶされそうになったが、願いでそれをはねのけた。


「キクリ先生を…キクリ先生を呪縛じゅばくから解き放って!!」


すると、星の群れから1つだけ、何かがこぼれ落ちてきた。

両手で包むとそれは手の中で輝いた。

そーっと手を開くと星型の金平糖こんぺいとうがそこにはあった。


数日後、キクリが店にやってきた。

シエリアは黙ったまま、星屑ほしくずの菓子の包みを渡した。

包みを開いた女性は最初はいぶかしげに見つめていた。

しかし、すぐに目を見開いた。


「ええ、間違いないわ。私が拾ったものとおんなじよ…」


しかし、彼女は何を願ったのだろうか?


「昔、私は自信のない子どもだったわ。だから、何か自慢して自己肯定じここうていできるものを切実に欲していたの。そしてこの駄菓子屋が降ってきたわ。でもね、好奇心でつい食べてしまったの。子どもよね」


彼女の後悔がひしひしと伝わってくる。

いくら幻の菓子を手にしても、食べてしまったら元も子もない。


「嫌な思いをして以来。自分の自信は自分でつけるしかないって学んだわ。だから私はとにかく勉強して力をつけた。結果的にはこれに救われた事になるのかもね。でも…」


そう言うと同時にキクリはカンペートを飲み込んでしまった。


「あッ!!」


思わず雑貨屋少女は声を上げた。


「美味しいね。これで終わり。さよなら、幼き日の願い。さよなら、私の未練。シエリアちゃん…本当にありがとうね!!」


彼女の涙はすっかり乾いていた。

それからというもの、キクリは元気を取り戻して前よりパワフルになった。


……貴重なコンペートーは無くなってしまいました。

でもキクリさんの元気さを見ていると些細ささいなことだなって。

きっと、これならおじいちゃんも納得してくれると思います。


でも、連日にわたって星空を眺めていたので首を痛めてしまいました。

あいたた…天体観測はほどほどに…というお話でした。

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