呪いなんて信じない

トラブルを解決するのは確かに非日常だ。

だが、店主はそれとは一味違った刺激を欲していた。

そうぼんやりと思っているとカウンター前に誰か来た。


背丈は180cmはあるだろうか。

がっしりとして筋肉質のガタイの良い男性だ。

その顔はかなりりが深く、豪快な印象を受けた。


もみあげとくっつく黒いヒゲが似合っておりダンディズムにもあふれている。

白髪交じりで中年のようだが、とても若々しく見えた。

頭には探検家おなじみのベージュ色のハットを被っている。


「私はセポール大学の考古学専攻の教授だ。名をガロン・ガロンと言う。…ガロと呼んでくれ」


行儀よくお辞儀するとシエリアと握手を交わした。

この店に考古学関連の仕事が入ることは滅多にない。


「ここが例の…。お嬢さん1人で? 大したもんだ。本題に入らさせてもらうよ。文化保護官として私のフィールドワークの助手になってもらえないかね。盗掘の状況を把握したい。ツッタル・カルメン王のピラミッドなのだが」


扱う品物の性質上、少女は多少の知識を持っている。

助手にするには都合がいいのだ。


「ツッタル・カルメン王って…呪いで有名な…。関わった人がみんな死んじゃうっていういわく付きの…?」


探検家は腕を組んで首を左右に振った。


「そ、そんなものはくだらんオカルトだ!! そのせいで学生連中は誰も来たがらない。結局、助手が1人も居なくなってしまった。の、呪いなんてあ、あるわけが無いだろう!!」


調査助手ということで、依頼自体は思ったより簡単そうだった。

怨霊おんりょうの類に鈍感な少女にとって、この呪いは恐ろしくなかった。

身近な呪詛じゅそのほうがはるかにタチが悪い。


程よくスリリングで刺激的な体験への渇望かつぼう

シエリアは、この依頼をとても魅力的だと思った。


「あ、はい。お受けします。探検の助手ですね」


こうして店主は数日間の休暇をとって小旅行、いや、冒険に旅立つことにした。

ガロとシエリアは鉄道に半日揺られた。


そしてクランドール国の南、ヤーナへと到着した。

南部には砂漠が広がっており、ピラミッドやスフィンクスが点在する。

だが、現地に到着したシエリアは愕然がくぜんとした。


ピラミッドの周辺は完全に観光地化されており、さながら小都市だった。

少女はイメージの落差にがっかりした。

教授は歩きながらレクチャーする。


「盗掘が狙ったのは効果な副葬品だけでは無い。ミイラそのものも、薬の原料として盗まれていた。確かに怨念おんねんと騒ぎ立てられてもおかしくはないな。わ、私は信じないが」


その時代から語り継がれているのが、例のツッタル・カルメンの呪いというわけだ。

不届き者達が全員、謎の突然死を遂げる。

それを確認するとガロは顔をひきつらせて笑った。


「さ、さ、さすがにそれは与太話よたばなしが過ぎるぞ。の、呪いなんてあるなら、何度も出たり入ったりしてる私は、とと、とっくに不敬での、の、呪い殺されているだろう…ははっ」


つまるところ、彼は強がっているだけだった。


2人は照明をつけてピラミッド下層から進入した。

シエリアが持ち込んだのは闇喰やみぐいランタンだ。

暗所ならば燃料なしに点灯する。水がかかっても消えない。

極端な話、バラバラにでもならない限りは灯りとして機能する優れものだ。


「いいかね? 地図を元に、宝物やミイラが盗まれていないか確認するんだ。君の役目はルート案内と状態のメモ。マップは簡単だから、慣れればすぐ読める」


地図を手に取ると上下左右がごっちゃでどちらがどの向きかわからない。

シエリアはぐるぐる回り続けるコンパスを取り出した。


(そういう時はコレ!! 東西南北中央自在とうざいなんぼくちゅうおうじざい!! これなら感覚で方角がわかるんだ。地図とのリンクも出来るし)


マップとひも付けると自分が遺跡のどこらへんにいるかが、手に取るようにわかった。


「そこ、A-6の通路直進です。途中右折でC3と1/2通路に合流です」


そしてある石室に着いた。

ガロはそーっとひつぎを開け、指差し点検した。


「マップに情報を書き込んでくれ。石室66、ミイラ、副葬品ともに無事」


調査はその調子で順調に進んでいった。

少女は侵入者を襲うトラップなどがしかけていないかと、ちょっとだけ期待していた。

だが、それらしいものは全くない。


ピラミッドだって観光地のど真ん中である。

スリリングでエキゾチックな冒険を期待していたシエリアは肩透かしをくらった。

そして思わず小さく頬を膨らませた。


だが、仕事は仕事なので公私混同はしない。

彼女は決して手を抜いたりせず、プロの仕事を貫いた。

その様子を見てガロはいたく感心した。


遺跡調査は派手さには欠けるが、やってみると奥深い。

この仕事は楽しいとシエリアは思うようになっていた。


合計で27箇所の現存するひつぎを回った。

幸いにも盗掘にあっているものはなかった。

ガロは帽子のつばを上げながら独り言をつぶやいた。


「ツイてるな。バースデーだからか…なんてな」


さすがに上下左右とこれだけ巡ると、どっと疲れがやってきた。

教授はなんともないと言った様子だ。


「君、疲れただろう。依頼した探索はこれで終わりだ。よくやってくれた。おおっと、遺跡から出るまでが遠足だな!!」


教授はガハハと笑うと出口へ向けて歩きだした。

もう少しで太陽の明かりが見えそうになったとき、何者かが入り口を塞いだ。


「誰だ!!」


ガロがそう叫ぶと人影がピラミッドに入ってきた。

松明たいまつをもって入ってきたのは全身を包帯で巻いたミイラだった。

数人でわらわらと近寄ってくる。


「ガロン…ガロンよ…」


怪物はそう呼びかけてきた。


「ななな、なぜ、わ、私の名を知っている⁉」


ミイラは、ゆらゆらしながらにじり寄ってきた。


「我はツッタル・カルメン。王墓をちょこまかと出入りするネズミめ。小賢こざかしい。呪ってやるぞ!!」


隣に居たシエリアには気づいた。

大男は恐怖にわなわなと震えていたのだ。


「そ、そんなバカな…。の、の呪い…? 俺が…のの呪われるだって!? ウッ!!」


それを知ってか知らずか、ミイラたちはネタバラシした。

被り物を脱ぎ捨ててそれらは正体をあらわした。


「じゃーん!! ガロン先生、ハッピバースデー!!!!」


彼らはガロの教え子で、サプライズのためにやってきたのである。

誰も助手に来ない理由はこれだったのだ。

祝福されたはずの男は泡を吹いて倒れてしまった。


「あっ!! ウソだろ先生!! ビビリすぎだろ!!」


「冗談でしょ!? お医者さん!! お医者さん!!」


「外に運び出さなきゃまずいよ!!」


……この一件のあと、ガロ先生と教え子の方々がお店に謝りにきてくれました。

先生はピラミッド調査は怖くないけど、呪いには滅法めっぽう弱いそうです。


それにしても、動くミイラにバースデー・サプライズされるのも貴重な体験だなぁ……というお話でした。

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