エリキシーゼに愛をこめて
雑貨屋少女は"エリキシーゼ"というアイスクリームに目がない。
これは錬金術師における不老不死の霊薬「エリクシル」から名前をとったものである。
流石に不老不死の効果はないが、とても上質な氷菓ひょうかだ。
ブランド物であって値段は高いが。
セポールにも工場があり、地域の供給を担っていた。
この工場は時々、市民を招いた見学会を開いている。
参加したくてしょうがないシエリアは、真面目にハガキを出し続けたが、
そんなある日、運良く見学会招待の知らせが届いた。
少女は狂喜乱舞して喜び、眠れないほど興奮した。
彼女の精神状態がそうさせたのか、見学日は荒れた天候で雷が鳴っていた。
工場に着くとはじめに味を作る工程を見た。
甘くていい匂いが、あたりを包んでいる。
エリキシーゼのフレーバーの数は無限大とも言われている。
単純に種類が多いのと、マイナーチェンジがあったりでフリークでも全部把握するのは難しい。
目を輝かせてシエリアはガラスに張り付いた。
「こっちは…レモネード・サン。次に流れてくるのはレモネード・サン改、その次はレモネード・サンmk-Ⅱ!!うわぁ!あっちはレモネード・エリエリアルだ!!」
そこには精鋭たちが集まっており、少女と同じようにフレーバーに食らいついていた。
女性も参加者の半数くらい居たので、シエリアも見学しやすかった。
雑貨屋は流れてくる味のベースを見ているだけで全く退屈しなかった。
シエリアがここまでこじらせてしまったのには理由がある。
彼女は物心付く前から祖父、ボンモールと一緒にこの氷菓を食べてきた。
祖父が
それからというもの、シエリアは楽しい時も、悲しい時も、特に何もない日もエリキシーゼを食べるようになった。
ボンモールが見守っていてくれるように思えるからだ。
…というのはこじつけで、自分が好き勝手食べていることに対しての言い訳である。
怒る人もいないのに身構えているのは、祖父に
話の2割くらいは事実であるのだが。
少女にとってこの工場は面白すぎた。
下手なテーマパークに行くよりも
レーンを流れるカップや、容器に入るアイス、ちょっとレアなコーンタイプ。
付属のスプーンの製造工程も見逃せない。
会社もサービス精神旺盛で質疑応答も設けられた。
見学の男性が手を上げた。
「何℃くらいでアイスを固めているんですか?」
衛生服に身を包んだ工員が答える。
「人間がとても寒いと思う程度です。低温製菓は我が社の製品の特徴ですので」
眼鏡の女子が尋ねた。
「動力は? やっぱ電気ですか?」
「はい。そうです。電源の確保ができないとラインが止まってしまいます。アイスも溶けてしまいます。この地区の供給が滞ってしまうでしょう。ですが万が一のために非常電源もあります」
もしセポールにエリキシーゼが無くなったらたまったものではない。
想像するだけでゾッとする。思わずシエリアは身震いした。
その直後、ゴォゴォと地面を揺らす大きな雷が落ちた。
見学者達は夢中になるあまり、外が荒天だったのを忘れていた。
雷は相当近い。各々が危機感を抱いた時。
「バリバリバリ、メリメリメリ!! ドドンドーン!!」
次の瞬間、工場は真っ暗になってしまった。
すぐに工員が灯火のランタンをつけた。
「す、すいません。予備電源が上手く作動していません!! 皆さんはこちらから避難してください!!」
見学者達は工員に連れられて足早に工場を出た。
一同に怪我は無かったが、全員が後ろ髪引かれた。
工場にはまだエリキシーゼが残っていたからである。
避難した人々は悲鳴をあげた。
「あぁ…なんとかならないのか…」
「神様、どうか、どうかあの子達を助けて!!」
「うわああぁん!! (工場が)アツイ!! (工場が)アツイよ〜!!」
知らない人が聞いたら間違いなく火事場だと思うだろう。
だがら彼らにとってはそれくらいショッキングだった。
彼ら、いや、私達だ。
シエリアは困るであろうエリキシーゼのファンの総意を引き受けた。
そして、なにより自分の欲に忠実だった。
彼女は雑貨屋に駆け足で戻って、問題を解決できそうな物を漁り始めた。
「えーとえーと、あ〜と、うわああ〜!! 氷地雷なんて使ったら精密機器が壊れちゃうし!! 電源がないからって雷機雷なんか使ったらますますショートしちゃう!! どうしよ〜!!」
少女は冷蔵庫のエリキシーゼを食べて落ち着こうとした。
扉を開けると彼女は閃いた。
だが、まだ問題が残っている。焦りのあまり、シエリアはパタパタと足踏みした。
だが、氷菓ひょうかを食べると静かになった。またもや閃いた。
だいぶ経つのに工場は停電したままだ。
見学者達は未だに悲鳴をあげていた。
そんな中、息を切らして何かを抱えたシエリアがやってきた。
「皆さん、工場の中へ!!」
一同は押し込まれるようにして見学ベースへと戻った。
「工場長さん!! 電源をここに!!」
すると雑貨屋は真っ黒なカーペットのようなものを
「これ、ムカデ競争発電マットです!! うまく息を揃えれば電源になります。さぁ、ここに整列して、前の人の肩に手を。そのまま足並を揃えて足踏みしてください!!」
何がなんだかわからないまま、その場の人々は列を組んだ。
一方、シエリアは製造室を開けさせてもらい、その隙間からワタガシをちぎって投げた。
すると、それはふわふわと製造室の天井を覆った。
すぐに部屋には雪が降り始め、そして吹雪になった。
天候・ワタガシ。この菓子は雲のような働きをする。
今回は豪雪だが、雨を降らせて湿度をあげるタイプのものもある。
「アイスの冷却はOK!! あとは…」
見学ブースに戻ると、参加者たちはモタモタしていた。
正直、シエリアは目立つのはあまり好きではない。
ましてやリーダーを買って出るなどありえなかった。
だが、エリキシーゼの危機は彼女を突き動かした。
「私が先頭やります。さぁ、前の人の肩に手を置いて!!」
元気よく、朗らかな号令にその場の人々は思わず気を引き締めた。
「せーのッ!! いち、にぃ、いち、にぃ!!」
集団は息を合わせてマットを踏んだ。
すると工場に電源が供給され、ラインが動き始めた。
「まだまだ!! 気を抜かないでください!!」
その列に工員達も一斉に加わった。
こうして氷菓工場は無事に危機を乗り越え、供給を続けることができた。
ただ、予備電源が回復するまで、参加者たちは3時間ほどムカデ競走を続けたのだのだった。
……これでいつも通りにアイス活動が出来てうれしいです。
ただ、脚がパンパンで冷蔵庫までたどりつくのがしんどいです。
さて、エリキシーゼをおかずにしてにエリキシーゼを食べよっと。
いや、香りだけでもいけるなぁ…というお話でした。
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